修行の日々
━━━ここへ来てから1ヶ月程経った。
あの日━━ドラゴンの迫力にビビり、師匠の実力を目の当たりにしたあの日から、俺は驚くべき成長を遂げて━━
遂げてはいなかった。
当たり前だ、1ヶ月そこいらで成果が出るのはそこら辺の主人公ぐらいである。
俺はモブなのだ。
だけどこの世界に来てから中3ぐらいまで若返り、それなりに引き締まった体が、この1ヶ月でさらにムキムキになった。
えーっとグリナスタ?だったっけ?エグリマスタ?まぁ…あのガチムチ色黒スキングラサンにはまだ少し及ばないと言ったところだ。
トレーニングメニューはこの1ヶ月は変わらず、早朝の森林ランニングを昼まで行い、拠点へ帰ったらひたすら筋トレ。二日目は1日目と同じくランニングから始まり、午後はひたすら素振り。この2日ルーティンを延々と繰り返す。夜はメアの部屋から持ってきた本を見て、この世界についての知識習得に勤しんだ。
師匠はランニングの時は常に行動を共にしているが、午後のトレーニングには2週間程で顔を出さなくなった。
どうやらランニング中は俺が魔物や竜に襲われないように露払いをしてくれているみたいだ。みたいだと言うのは姿が見えないからだ。
姿を見せて手助けするのが恥ずかしいらしい。ごめん師匠意味わからん。
森の中のランニングは中々に過酷で舗装など勿論されてなく、丸太のように太い木の根っこがそこら中から飛び出ている。そんな障害物だらけの森で襲われたら、俺なんて逃げれず瞬殺間違いなしだろう。だから師匠にはいつも感謝している。心の中でだが。
そんなこんなでなんとか1ヶ月凌いできたわけだが…
「キ、キューロ、お前、私の…その左目のだな…」
今日はなんか師匠が可愛い。モジモジモジ子さんである。
「師匠今日は可愛いですね」
「は?死ねよ糞虫」
どうやら調子が戻ったらしい。
このようにたまに狂う師匠の調子を整えてあげるのも弟子の勤めだろう。知らんけど。
「で、左目がどうかしたのか、師匠?」
「……お前、私から奪った緑煌眼の訓練は…して…いるのか?」
緑煌眼?…あーあの緑色の目か。
訓練か、訓練ねぇ…。そういやすっかり忘れていたな。そもそもどうやって発現するんだ?
「訓練はしていない。どうやって出すかもわからん…」
「この阿呆がっ!!」
ボスッ!
「ぐほぉっ!」
ボディーブローされた。痛い
「人がわざわざ気を遣って午後の修行を見ないようにしていれば、なんだその体たらくは!?よもや緑煌眼も使わず私に勝てるとでも思っているのか?それともそんなに私に殺されたいのか?わからんなら早く聞きにくればよいだろうが!!何のための師弟関係だこの糞虫がっ!」
そうか…最初に筋トレと素振りを少し見た後に師匠が顔を出さなくなったのは、俺の戦術とか勝負に関わる内容を見ないようにするためだったのか。正々堂々とやりたいのだろう。
ホントにこの子は…
「そうか、気を遣ってもらってすまない」
「…ふん。わかればいい」
「じゃあその緑煌眼とやら、使い方の指南お願いできないだろうか?」
え?なんでそんな嫌そうな顔するの?流石の弟子も困惑ですよ?
まぁ複雑な心情なんだろうな。
「ああ、嫌だが、本当に嫌だがわかった。教えてやる」
「…………助かる」
自分から聞いといて教えてやるとは?と言いたかったがグッと飲み込んだ。
こうして修行2ヶ月目から新たに緑煌眼の訓練が追加された。
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緑煌眼の訓練はかなり苦戦した。
この飾りと化している後ろの翼と同じく、何をどうすれば良いのか感覚がわからない。
普通の人間にいきなり腕が四本生えても使えないのと同じで、いきなり使える奴がいるとすれば魔王とかその辺の化け物ぐらいだと思う。
そして俺は39年間凡人だったのだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬっ!」
「声を出しても発現するわけないだろ阿呆かっ!左目に集中しろっ!緑煌眼が出るとすれば恐らく左目だ」
左目に集中ってなんだよ。そもそも目の集中とかやったことないし。
「ぬあーーーー!」
「だから声とかじゃないと言ってるだろーがぁあっ!!」
ベシィッッ!!
「ガフッ!!」
まぁ訓練はいつもこんな感じだ。
元々午後のトレーニングは筋トレか素振りだったが、その半分の時間は師匠付きっきりで緑煌眼の訓練(?)に当てている。
緑煌眼の訓練を開始してから既に半月経過していた。
そんなある日。
「私は報告のために一度国に戻る。恐らく2ヶ月は戻れない。絶対死ぬなよ」
「マジですか?」
「ああ、マジだ。任務の途中でお前を連れてここまで来てしまったからな。残してきた仲間にもかなり迷惑が掛かっている。一度報告し、精算する必要があるのだ。全部、何もかもお前のせいでな。」
否定できないが、最後の一言はいらないと思うぞ師匠。
それにしてもマジか…森林ランニングと飯の問題が出てくるな。
今まで師匠はランニング中の俺の護衛と飯、主にドラゴンの肉を獲って来てくれていた。
ドラゴン肉は今まで食べてきたどんな肉よりもジューシーでめちゃくちゃ美味い。この世界に初めて来て良かったと思うほど美味かった。
特に俺のお気に入りは翼のないタイプの地竜だ。アグー豚みたいにモチモチで油も上品なくせに、太らないらしい。
ちなみにこの拠点では俺が料理を担当している。師匠は料理がなんと言うかできるできない以前にアレだったのもあるが、俺の作ったメシをかなり気に入ったようだ。一度作ってからは少し毒気も抜けて、最近は糞虫呼ばわりする回数も減った気がする。胃袋掌握である。
まぁ前の世界も基本俺がキッチン担当だったし作るのは嫌いじゃない。美味しいならこっちも嬉しい限りだ。
おっと、そう言う話じゃないな。
師匠が2ヶ月いないと言うことは死のリスクが上がる。幸い拠点回りは竜が苦手な薬草の群生地らしく、どの竜も近寄ろうとはしてこない。
問題はそれ以外の魔物だ。
この世界の魔物はかなりキモい。
ここ、黒龍の墓場に着いた当初、師匠が拠点周辺の”掃除”をした。その時俺も同行させてもらったんだが、たまに体のどこかに人の顔のようなものが浮き出ている魔物がいて、それが何かを呟いているのだ。生物的な怖さというよりもなんと言うか…おぞましい。そんな感じだった。
うっ…思い出すと気持ち悪い。
とはいっても…師匠を倒すために修行しているのに師匠を頼るって、本末転倒なんだよな。
俺も最初よりかは強くなったはずだ。魔物にビビってる場合なんかじゃないよな。
「わかった。俺は自分でなんとか頑張るよ。師匠は気にせず言ってきてくれ」
決意を固め言った。
「…………ふん」
え、なんなの?もしかして頼られたかったのかなこの子。おじさんにはよくわからん。
そんなよくわからんアトラ師匠は背中から一枚羽を抜いて俺の前に付き出した。
「お前にこれを渡しておく。明日からはこれで素振りをしろ」
羽が一瞬淡く光ストレージが開放される。
そこに握られていたのは一本の剣だった。
無骨で飾り気も無く、刃幅は15cmぐらい。剣にしては少しだけ短い、でも短剣よりは長い。真っ黒な剣だ。
「師匠この剣は?」
「いいから持て」
持ってみる
「なっぐっ、お、おっもい~」
むちゃくちゃ重い、落としそうだ。
これで素振り?冗談だろ。
「まぁ重く感じるだろうな。お前の天力の低さなら」
「て、天力?なにか関係が?」
置いていいだろうか、正直しんどい。
「その剣は翼人の天力を奪う性質を持っていてな、天力が低いやつほど重く感じる」
「で、俺がこれで素振りをする利点は?」
「しらん」
おいぃぃぃい!なんじゃそりゃ!?
「私が…4歳の時にお祖父様から渡された剣だ」
「……?」
さすがに文句を言おうとしたが、師匠は少し懐かしそうに、寂しそうに、優しい目でその剣を見つめていた。
そして俺に目線を戻し言う
「私も昔は
まぁお前ほどじゃないがなと苦笑する。
確か、翼人は皆天力が1000以上あるってやつか?師匠がそれより低かった?
あの強さを目の当たりにした俺からするとにわかに信じがたいのだが…。
「勿論私にはその剣が振れなくてな、でも力を使ってる感じがして、それが嬉しくていつも持ち歩いてた記憶がある」
おいおい、そんなこと言われるとさらに重さが増すんだが。
「私が強くなれたのはその剣のお陰かはしらん。他にも沢山修練をしていたからな。でももしそうなら…まぁ願掛けのようなものだと思ってくれ」
「いいのか?聞く限り思い出の品みたいだが」
「勿論壊したらお前も壊す」
ニコニコ顔で言わないでください。
「善処する…」
「ではまた2ヶ月後、服とか役に立ちそうなものがあれば持ってきてやろう。なんとか生き延びろ」
アトラはそう言うと足早ならぬ羽早に空を翔ていったのだった。
「さて、ちと頑張らないとな」
俺はさっきよりもやたらと重くなった剣を手に持つ。
2ヶ月後、あのまだまだ夢見る師匠を少しは驚かせたいものだ。
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