黒龍の墓場


 この世界の大陸の一つ、南に位置する大陸”リトグローブ大陸”その北側に位置するアースシュミラ王国の南東へ行くと、亜人達が多く暮らす国”ヒューディファレン連合国”がある。


 黒龍の墓場はアースシュミラとヒューディファレンの国境の境目にある、周りを高い山脈に囲われた大森林群の別称だ。

 この大森林群はどこの国にも属さず、不干渉地帯となっているらしい。


「これは…凄いな、街で亜人を見た時も驚いたけど…これこそ紛れもなくファンタジーの世界だ」


 墓場とは名ばかりで、俺の目の前では大小様々なドラゴン達が生き生きと仁義亡き戦いを繰り広げていた。

 何故ここに来たかはあまり考えたくない。とりあえずは初めて見る非現実を堪能するとしておこう。



 ちなみにここまで来るのにあれから2日かかった。空飛んでるのに2日て。

 道中、アトラには何度も嫌がらs…精神強化訓練をやらされた。どうやらもう修行は始まっているらしい。終始風呂敷だったし全然寝れなかった。もうハゲそうだ。


「それで、師匠ここが終着点なのか?もう風呂敷には乗りたくない」


「そうだここが目標地点だ。しかし、何故お前が死にそうになっているんだ?お前を持って飛んでたのは私だぞ、糞虫?もう二度と運ぶのはごめんだ」


 まぁ確かにそうなんだけど、俺は運べともここに行けとも言ってないからな…クレームは受け付けん。

 とは言え、丸2日食事と睡眠以外はずっと俺を持って飛び続けていたのは事実だ。本場の翼人のスペックがどれ程のものかは知らないが、疲れたに違いない。


「師匠、その…色々とあったが助かった。ありがとう」

 そう思って礼を伝えたのだが、

「勘違いするなよキューロ。私はお前を必ず殺すと言ったぞ」

 真剣な顔で俺の目を見てそう言われた。


 バッサリやん。

 俺なんで逃げなかったんだよ。まぁ弟子になった理由はあるにはあるが。


「聞いたところ、リバースしかできないお前は今のままなら、いや…例え二年間修行したところで私には勝てないぞ?」


「やっぱ、そう…なのか?」

 正直このアトラという翼人の実力を俺は知らない。

 空から落ちてきて、傷を治して、起きたら胸ぐらグイの木へドンだからな。

 ろくに会話すらできてないのに、殺すけど強くしてやると言われいつの間にか弟子入り。

 実力と言うか戦っている姿を全く見てないのだ。


「俺があんたに勝つ以前に、俺はあんたの実力を知らない。」


 知らないなら聞く他ない。身体でわかるのはその後の方がいい。

 と思って聞いたのだが…


『ギャアァーーーーース!』


 話の腰を折って翼竜が一体こちらに突っ込んできた。

 それは翼を広げれば全長20メートルはあろう程の巨体、一つ一つが包丁よりも大きい鋭い牙と爪、人間などエサとしか見ていない捕食者の獰猛な目付き。

 圧倒的な存在。それが猛スピードで迫ってきている。



「なっ!?ヤバいにげ━━」

 俺は恐怖で硬直しそうな体を必死に動かして逃げようとした。が、

「ふむ、それもそうだな…まぁこの程度で私の実力を図られても困るところではあるが」


 そう言いながら迫る巨大竜に手をかざすアトラ。そして━━━


「under G thousand」


 ドッッ!バンッ!!!


 一言呟くと、竜は地面を凹ませながら大きな血溜まりだけ残し


「は?え?」


 なにが起きた?何をしたんだ?


 あまりの呆気なさとその力の凄さにボケているとアトラ、いや…師匠が俺に向き直り、澄ましたどや顔で告げる。


「私は聖アルケレトス教会国、白聖騎士が一人、アトラ・ティーレル。世界で八人しかいない天眼の持ち主だ」


「…お、おおー」『パチパチパチ』

 素直に尊敬した。この人が師匠ならきっと強くなれると純粋に思った。


 師匠は俺が素直に褒め称えたのが意外だったのか、どやったクセに顔を赤らめて「く、糞虫に褒められてもな……」なんて小声で言いながらそっぽを向いている。


 強い、強すぎる…。さっきの俺の質問は紛れもなく愚問だった。この人の強さは疑いようがない。そして気付いた、

「俺、この人に勝てるのか?」


 俺の高揚した想いは一瞬で霧散した。




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 黒龍の墓場に着いてから4日━━━




「キューロ!さっきよりもペースが落ちているぞ」

 ベチィィッ!!!



「キューロ!肘がさっきよりも下がっているぞ!!」

 ビシッッ!!!



 皆は知っているだろうか?

 翼人は皆10歳までに力の兆しがあり、例外無く皆11歳で全ての天力ルフトを修得するという。全て、と言うのは『属性の天力ルフト』『復元リバース』『空間収納ストレージ』そして『固有武器創造クリエーション』のことだ。

 ちなみに飛行は息をするのと同じらしい。


 俺の容姿、と言うか恐らく肉体年齢は現在14-15歳相当と思われる。しかし俺が使えるルフトは”やたら有能なリバース”と”気持ち程度のストレージ”の二つだけだ。どちらも攻撃の手段として用いるのは難しい。


 結果、俺は攻撃手段を得るため、今筋トレと剣の素振りをやっている。いや、やらされている。


「また糞虫呼ばわりされたいのか!!ああん!!?死ぬ気でやれ!!!でなければお前は死ぬしかない!」


 師匠はスパルタだった。


 初日。

 俺と師匠は拠点作りに取りかかった。

 まずは師匠が自身のルフト、グラヴィティを使い、山の斜面を四角く圧縮した。

 工事現場のプレハブ小屋が4つは入りそうな四角い穴だ。

 その後は俺の修行も兼ねて、斧でひたすら木を切り倒した。俺の手の皮は初日にして余すこと無くズル剥けした。


 この切った木は師匠が作った四角い穴に壁、床、天井として嵌め込んで使うらしい。



 二日目。

 俺は今までに経験してこなかった激しい筋肉痛と、掌の痛みを我慢しながら、前日に続きひたすら木を切り倒した。

 手の皮が全て剥がれて握る力が出なかったため、布で斧を手に巻き付けて固定して斧を振った。

 振る度に激痛で頭がおかしくなりそうだったがなんとか堪えた。



 三日目も引き続きひたすら木を切った。

 連日あちこちが激痛で寝れないのだが、師匠は俺に一切リバースを掛けてはくれなかった。

 木こりの仕事はその日ようやく終わった。



 そして今日…。四日目だ。

 早朝の森林ランニングから始まり、掌の激痛に堪えながら腕立て伏せを1時間、腹筋を1時間、背筋を1時間やらされた。


 普通筋トレって回数制だろ。時間制ってなんだよ。



 そして現在━━。

 俺は斧同様、やたら重い剣を手に布で巻き付けて、丸太に向かって素振りをしている。



「闇雲に振るなバカがっ!!相手を両断する気で全力で触れ!!腰を落とせ!!体全体で振るんだ!!!この糞虫がっ!!!」


 ちょっと甘くみていたかもしれない。

 想像の軽く上を行く修行内容だ。高校の部活、サッカー部だった頃も結構厳しいトレーニングだったが、今はそれの比ではない。


 心臓が破裂する、肺も破れそうだ。


 だが途中で止めるようなことは決してしてはくれない。

 師匠は本気で俺を強くしようとしてくれている。

 そう思うと無言で堪え続けるしかなかった。


 俺がこの人の弟子入りを了承したのには、ちゃんと理由がある。いや、最初は勿論面食らったのだが…


 師匠…アトラはきっと優しい人間だ。自身の誇りを傷つけられたと憤りこそすれ、誰かを簡単に殺すことのできないタイプの人間だ。

 俺のことを殺したいと思う反面、本当は死んでほしくない。と思ってると俺は思う。

 あの時の彼女の言動はそう物語っている。


 彼女は良くも悪くも真面目な人だ。


 自分の気持ちを割り切る理由を欲している。俺が強くなって返り討ちにさえすれば彼女は納得しそうな。そんな気がした。


 俺が弟子入りをすんなり受け入れた理由の一つはこれだった。


 他にも「二年間は安全が保証される」という打算もある。俺が死ねばあの緑色の目は消えるのだから、きっと彼女は俺を危険から守ってくれる。そんな甘えた打算だ。



 ただ、どうやら俺もクソ真面目な人間だったらしい…。



 自分のことは自分がよく知っている。

 嫌なことから逃げるような薄っぺらな人間だと思っていたんだけどな……。


「どうして俺は諦めようとしないんだか」


 家族に会いたいからか?

それも勿論あるかもしれない。

でもそれと同じくらい師匠の真面目な心根に応えたい。これも諦めたくない理由の一つだ。



 結婚するまでは適当に人生を過ごしていた。

 子供が生まれるまでは自分が楽しいことが一番だった。



 それなのに━━


 39歳にもなって未だに成長できるなんてな…全く。


 残してきた家族に恥じない人間でいたい。


 ━━━救いたい。


俺自身のことも、この幼い師匠アトラのことも。


二年で強くなって叩きのめしてやろう。

 

心からそう決意した。

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