光と残酷～既婚者おじさん。若返って苦難の異世界生活をする～

未知との遭遇

　━side━

　続アトラ

　私を抱き支えていた男は思った以上に石頭だった。

　これでも幼い頃はいじめっこを頭突き一つでハフってきた自信があった。のだが慢心していたのかもしれない。

　男は吹っ飛びこそしたが、既に起き上がってこちらの様子を窺っているようだ。

　私は痛すぎてちょっと動けそうにない。なんか負けたようで悔しい。

　痛みが引いてようやく正面の男へと向き直る。顔は暗くてよく見えない。

　男が口を開く

「急に上から落ちてきて、怪我をしてるみたいだったから━━━、えーっと…その、治療を？」

　あの光はリバース？…リバースは一人で瀕死の重症を治せる程万能ではない。数人がかりならともかくこの男一人であの傷を？

　怪しい…とても怪しい。傷は治してもらったが事情が事情だ。慎重に対応する必要がある。

　ふと仮面がないことに気付く、

（しまった！落下したときに外れたのか？）

　暗闇の中顔を見られたかはわからない。だが場合によってはこの男を消すことも考えなければ…。

「緑煌眼」

　会話はせず、先ずは相手の情報を探る。

　なにせ暗くて顔もよく見えない。緑煌眼は単純に視力も上がるが、暗闇でも多少の暗視の効果がある。

　ぼんやりと視界が明るくなっていく。

（…！）

　そこにいたのは研究所で見た少年だった。相変わらずオーラは弱々しい。

　こんなところに逃げ込んでいたのか。

　よく見ると全身ボロボロに見える。ピチピチの服には焦げ穴が空き、全身血まみれ、鼻が折れているのか腫れている。特に酷いのは左手か…。

　あの部屋で咲羽メアと戦っていたのは間違いなくこの少年だろう。

　なかなか出てこないと思ったが脱出の準備をしていてあの女と鉢合わせたのか。

　それにしても…オーラ量を見てもとても逃げ切れるようには見えないが…どうやって脱出を果たしたのだ？

　私ですらこの様だ、この少年には何か秘密があるのだろうか？それに…

　腹部、深く切られた場所に手を当てる。まだ痛むものの傷が塞がっている。

　急所近くを派手に切られた。それこそ内臓が溢れ落ちてもおかしくないほどに。

　それをこの短時間で塞いだのか？一人で？

　疑問は尽きないが、もし本当ならこの少年は紛れもなく命の恩人だ。誠意ある態度を取らなければな。

　それにメアと敵対していたのだからまぁ敵ではないだろう、と一先ずの結論を出した。ならばやることは一つだ。

「私の名はアトラ。アトラ・ティーレルだ。外交官の仕事でこの国を訪れた」

　アトラは変なところで真面目だった。

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　治療中に再度少年のオーラを見たが、やはり弱々しさは変わらなかった。不思議だ。何故それでリバースが発動できる？

　色々と話をしてみたいのだが少年は話しかけてこない。シャイなのだろうか？

　大抵の男は話すのが好きな生き物だと思っていたのだが…違うのだろうか。

　アトラは美女故によく話しかけられる。だからそう思っただけで他意はない。

　仕方ない…ここは私が一肌脱ごう。

「気になっているんじゃないか？何故空から落ちてきたのかとか」

「いえ、別に…」

　お互い同じ相手（メア）と戦ったのだからこの話題でいけると思ったのにダメだった。

　アトラはちょっと落ち込んだ。

　自重気味に「フフフッ」と笑ってしまったが聞こえてしまっただろうか？

　まぁいい今日はロックで飲もう。

　どうやら治療が終わったようだ。体が軽い！凄い、怪我をする前より体が動く！寝不足も解消されたみたいだ！

　そう言えばまだ少年の名前を聞いていなかったことを思い出す。

　称賛と礼を言いつつ名前を聞こうと振り返る━━━

　ドサッ

　少年は倒れていた。

「なっ！おい大丈夫か？」

　しまった、あれだけ弱いオーラだったのだ、自分の治療で無理させたのではと焦る。

「こっちで声がしたぞー！明かりを照らせ！！」

　路地裏に怒号が走る。

「くっ、まずい！…」

　アトラは切迫した時間の中で逡巡する。

（この少年はおいていくべきか、しかし…）

　仕事のことを考えると、他者を見捨ててでも逃げるべきだろう。この少年には顔も見られている。もっと回復してもらうために誠意を見せて名前も職業も正直に言ってしまった。

　始末する方がリスクは少ない。━しかし、瀕死を救ってくれた恩もある。頭突きしてしまった引け目もある。

「ああっ！もう！」

　悩んだ挙げ句アトラは少年を担ぎ、翼を広げ夜の路地裏から飛び立ったのだった。

　なんとか無事に都市から脱出したアトラ、さらに都市から距離を取り森に降りた。

　少年を静かに地面へ下ろす。

「フゥ…。ふむ、さてどうするか」

　 あれこれ考えて少年に目を向ける。

　寝かせていたはずの少年が、いつの間にか起き上がりこちらを見ていた。

　 ん？先ほどと何か雰囲気が変わったような？

　もう起きて大丈夫なのか？そう声をかけようとしたが━━

「！？」

　アトラは再び緑煌眼を発動させた。さっきまで少年から感じていた弱々しいオーラではない。見たことがない輝き、オーラだけで風が吹き荒れそうな勢いだ。

　な、なんだこれは！？本当にあの少年か！？

　顔に出そうになる驚きを必死に堪えつつ、さっきまで少年だったものに問う。

「貴様はいったい何者だ？」

　少年の形をしたものは笑いながら答える。

「あ、ちょうど良かった！君の緑煌眼、片目でいいからちょっとだけ貸してくれないかな？ちゃんと返すから、ね？」

「は？」

　ついボケた声が出てしまった。

　こいつは一体なにを言っているのだろう？緑煌眼を片目貸せ？そんなこと物理的にも魔術的にもできるわけがない！できたとしても心情的に貸すわけがないだろう。

　緑煌眼は世界で八つしかない天眼の一つだ。その中でも頭一つ抜けて性能が良いと言われている。

　私は幼少期より過酷な訓練を行い鍛練を積んできた、それこそ血反吐を吐く思いで、だ。歯を食い縛り、耐え続け、己を鍛え上げてきたのだ。

　鍛練を積んだからと言って、必ず緑煌眼が開眼するわけでは勿論ないが、これは耐え続けてきたことに対しての天からの褒美なのだと思っている。

　それを━━━

　クリエーションで”刀”『天崩刀（てんびょうとう）』を現出させる。腰を深く落とし居合いの構えをとった。

　呼吸を整え、怒りで早鐘を打つ鼓動を抑え、頭を氷のように冷やしていく。

　攻撃はしない。まだ相手へ答えていない。

　短く息を吐き、短く答えた

「断る」

　空気がヒリつく、息が止まる。凍えそうなほど寒いのに汗が頬を垂れた。

「そうか、それは仕方ないね。ごめんよ」

　一閃━━━━━━━。

　メアと対峙したときよりも速く鋭く重く。己の大切なものを守るためにアトラはそ（・）れ（・）に飛び込んだ。

　相手の命を絶つために全力で刀を振り抜き━━━━。

「大丈夫、君も今よりもっと強くなれるから。少し借りるね、無理矢理でごめんよ」

　アトラは仰向きで倒れ少年の手で頭を抑えられていた。

　なんで？どうして？わからない。何が起きたのか。

　少年はアトラの顔に手をかざしている。重くはない。でも動けない。指一本も

　少年は手をかざしながら言う

「できたらこの子を鍛えてほしいんだ。彼が成長するまで…5年……いや2年だけでいい」

　やめろ…

「そうすれば必ず君に返すから」

　お願いやめてっ…

「その間この子が死んでしまうと、残念だけど眼は一緒に消えるから…それは注意してね」

　嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない。

　お願い私から大切なものを奪わないで、持っていかないで━━━━━━━━

　ゆっくり、大切なものが体から、左目から左眼から左瞳から流れ出ていく。

　ああああああああああああああああああああああああああああああああ

　出ていく、失われていく、消えていく

　ああ━━━。出ていった。失った。消えた。

「……信じていい。君は強くなれるから」

　それだけ言い残し少年はアトラの横に倒れた。

　なんだこれは…理不尽だ。不条理だ。不合理だ。非常識だ。滅茶苦茶だ。

　確かめなくてもわかる。自身の半身が切り取られた感覚。

　積み上げてきたものの喪失感。

　左目。そこに宿るはずの私の誇り。

　左目の緑煌眼は今消えた。

　アトラの頬を涙が流れる。横を見る。

　あの殺したくなるほど憎い顔がすぐそこにあった。

　起き上がり天崩刀（てんびょうとう）を怨敵の首に当てる。

　切りたい。切りたい。切りたい。切りたい。切りたい。切りたい。切りたい。切りたい。━━切れない！！！

　切ってはいけない。本当に望みがなくなる。

　刃先を少年の首から顔まで滑らせる。なぞった部分から血が滴り落ちる。

　殺しはしない。でも痛めつける分には問題ないだろう。

　あいつは強くしろと言った。

　いいだろう。わかった。そうしよう。望みのままに。

「…強くしてやろうではないか」

　昏い瞳で少年を見下ろし、そう呟いた。