切り裂き魔女
━side━
続アトラ
アトラは貸しテナントの窓越しに第五生態研究所の監視を続けていた。
部下のユーナにはさっきまでアトラがいたホテルにいかせ室内側の監視に当たらせている。
「ふぁ…おっと欠伸が出てしまった」
慌てて噛み殺す。
監視中に欠伸など職務怠慢とも取れるが、それは仕方のないことだった。
監視中の少年が19階の一室に入ったっきり出てこない。かれこれ2時間は経つ。
「なかなか出てこないな…彼は一体なにをしているのだ?」
ユーナに聞いてもカーテンで見えないらしい。
よもや室内で爆睡してるとは知るよしもなく、全く動きがない現状に少し苛立ちながら研究所の下階通路に目を向ける。
「まぁ、道化がいるから暇潰しには困らないか、フフッ」
そういって笑ったアトラの視線の先には、セメントに固められた二人の人物がいた。
男…ガチムチ色黒スキングラサンは自分の力でセメントを内側から砕いてそろそろ出てこれそうだ。
一方、咲羽メアは長い髪の毛がヘアー泥パックのようにこびりつき固まっている。しばらくは抜け出せそうにない。
「ああはなりたくないものだな…」
アトラはそう一人呟き苦笑した。
それからしばらく見ていたが拘束具を着けた翼人十数人がやって来た。
どうやらメアの救助に狩り出されたらしい。
「なんだあの翼人達は?拘束具?皆、凶悪犯と言うことか?しかし…何故犯罪者が研究施設にいる?」
アトラは依頼を受ける際に説明されたことを思い出す。不当に逮捕され強制労働という名目で人体実験をさせられてるという話。
「もしや…」
すかさず羽のストレージから望遠カメラを取り出す。これは証拠の一つとして使えるかもしれない。それにしても…
「くそっ、王国は一体なにを考えているのだ、あれではまるで奴隷ではないか」
沸き上がる怒りを抑えつつアトラはそう言葉を溢した。
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この世界には表向き奴隷制度はない。表向きは、だが。
800年ほど前までは、世界中で奴隷制度が日常化しており定着していた。翼人種も例外ではなく、地位の高い翼人が翼人を奴隷にすることもよくあることだった。
しかし当時の技術では奴隷を完全に拘束する方法がなく、能力の高い一部奴隷が発起、他の奴隷達を煽動し大規模な戦争へと発展した。
大国が滅び、大地が減り、死人が大量に出たことで残った各大国は奴隷制度を撤廃した。それに従わなかった一部のもの達は力によって大陸の端に追いやられた。
その後彼らは小国ながらもルウェン国という国を立ち上げ、奴隷制度を続けながら大国へ復讐の機会を伺っている。
現在、彼の国は世界中で拉致、誘拐の犯罪を犯している。わかりきっているが、もちろん捕まえてきた者を奴隷にするためだ。
現在は技術も発展し、拘束具もできたせいで行方不明者の数はうなぎ登りの状態だった。
アトラは教会国の調査依頼でこの事実を把握し教会国へ報告済みだ。しかし、裏で繋がっている大国があるために手が出せないでいた。その大国こそが…
「また世界を混沌へ落としたいのか、アースシュミラ…」
アトラの先祖は元奴隷だった。奮起した主要メンバーの一人であったと言い伝えられている。
アトラにとって先祖が元奴隷だったということに特に感じることはない。だが奴隷制度そのものに対して強い嫌悪を抱いていた。
真面目とは少し違う、人としての自由を奪われることに強い怒りを感じずにはいられなかった。
「今回の件、なんとなくルウェンが絡んでる気がする」
そんな気がした。
少年が部屋に入ってから6時間後。ようやく動きがあった。外はもう夜の帳が降りつつある。
咲羽メアがセメントから解放された。
アトラは彼女を注視する。少年の入った部屋にはまだ動きはない。
「酷い格好だな、似合っているぞ咲羽メア」
そう嘲笑し見ていたのだが━━━
「おい!そこは不味い!」
寄りにも寄って、あろうことかメアは少年が潜伏している部屋へ入ろうとしている。
彼を相手の手に握られるのは情報が失われるに等しい。しかし今は内定調査中、姿を晒すような真似はできない。
アトラが悩んでる間にメアは室内に入ってしまった。
「くそっ!」
悪態を着きながら常にストレージに入れている仮面を出した。窓を開き翼を広げ、アトラは研究所へ向かって飛んだ。
緑煌眼を発動させ感知へと切り替える。室内では既に戦闘が始まっていた。
(間に合う…のか?)
少年のオーラはあまりにも微弱だった。一般の翼人に比べても見たことのないくらいに弱々しい。
しかし魔法を受けながらもまだ生きている。
「まだ、間に合う!」
自身へ言い聞かせ突っ込んだ。のだが…
「クソがー!絶対ぶっ殺す!」
そこにいたのは悪態をつくメアしかいなかった。
(まさか?あの状況で脱出したのか!?)
アトラは内心で驚きつつも自分のとった行動に激しく後悔していた。
(あーくそっ!私は一体なにをしているのだ!!)
しかし後悔したところで現状は変わらない。
真っ白なメアがゆるりと首だけ振り返りながら言う。
「それで?あなたは誰かしら?仮面の翼人さん…」
アトラはクリエーションで”
メアはゆっくりと身体をこちらへ向けた。手には先ほどまで握っていたはずの杖はなくなっており、代わりに二本の大型のナイフを手にしている。
「………。」
メアの問いにアトラは答えない。どこから身バレするかわからないからだ。
今は内定調査中。絶対に正体を明かすわけにはいかない。
暫しの沈黙が場を支配する…
先に動いたのは、メアだった。
「ツイストファイアライナー!」
ナイフの先端から魔法が飛ぶ。
(ナイフから中級魔法を!早さも威力も上級に近い!?)
アトラはそれを紙一重で避ける。横へなびいた髪の毛が焼け、焦げ臭さが鼻をつく。
回転しながら腰を落とし、すかさずメアの懐へのカウンター。飛び込み一閃━━━。
しかしその一撃は二本のナイフで受け止められる。
返す刀で逆袈裟、それも止められた。
後方へ飛び、一度距離をとる。
(この女、魔法と近距離ともに卓越している…こいつはまさか)
内定調査中とはいえアトラは聞かずにはいられなかった。
「貴様、”切り裂き魔女”か?」
━━━刃物使いの魔女。教会国の聖騎士の間でまことしやかに囁かれる噂話し。
しかし噂と侮るなかれ、アトラはこの切り裂き魔女に同僚を殺された苦い過去があった。騎士修道学校からずっとともにいた仲間だ。
「あら~そんな物騒な二つ名、名乗った覚えはないのだけれど、仮面の翼人さんは私とお知り合いかしら~?それとも誰か知り合いを殺された方かしら?」
メアはそう言いつつニヤっと嫌な笑顔を向ける。
…怒りの感情に飲まれそうだ。やはり会話は良い結果に繋がらない。
そう思ったアトラは一気に勝負を着けることを決めた。
緑煌眼、感知、予測を発動させる。さらに属性解放、グラヴィティを使い己の身体を軽くする。刀にはインパクトと同時に超重力を加えるように意識する。
メアはまだニヤニヤとしている。
「ぐっ、この狂人女が!」
アトラはメア目掛け一直線に、弾けるように突っ込んだ。
メアは反応できていない。小回りの利くナイフでもこれは避けられ━━━
「がっ、は……ぐっう、な、にが?」
交差し、切られたのはアトラの方だった。急所近くを深く切られている。
緑煌眼で見きれぬ者はない。その慢心。
敗因はこの一点に尽きるだろう。
メアのユニークスキル、『魔眼殺し』それは天眼にも通用した。アトラが緑煌眼を発動させた時点で既にメアの術中にはまっていたのだ。
(不覚、切り裂き魔女の実力がここまでとは、力量で見誤った、か…。だが…)
「ふふ、私の前で天眼を発動させたのは愚策だったわね、翼人さん?」
メアが笑いながら振り返る。その立ち位置は緑煌眼で予測した場所から大きく外れている。
アトラは振り返り、血を吐きながら答える。
「ああ、どうやらそのようだ…だが慢心は…貴様もだろう…
直後メアの右手の手首が吹き飛んだ。
「きゃあああああ!!」
激痛と動揺がメアを襲う。
アトラはその隙に破れた窓から即座に撤退した。
(不味い。この傷はかなり不味い)
敵の追跡も確認もせず、血を撒き散らせながらいけるところまで飛んだ。
(街の外までは…持たない…どこか人目の付かない場所へ…)
そこで、部下が自分の死体を誰よりも早く見つけてくれることを祈って。
アトラは暗闇の中へと落ちていく。
深く━━━暗く━━━
底のない闇の中へと落ちていく。
自分の人生、嫌なことはなかったが、何かを成せたとも思わなかった。
ただ従い、力を授かり、流されていただけだ。
そんなこと、言われずとも自覚している。自分は弱い。
意思を強くもち、強大な力へ立ち向かう勇気があれど、人一人の限界は決まっている。
もっと慎重に立ち回るべきだった、人の意見も取り入れるべきだった。自身に疑問を持つべきだった。
全ては慢心。━━━いや、傲慢だったのかもしれない。
落ちる。堕ちる。墜ちる。
ドサッ!
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暖かい。全てがほぐれていく。
これは…きっと、知っている。
自分の中の大切な暖かさだ。
子供の頃の懐かしい思い出、失っていた記憶が戻ってくる。
戻る━━
母の優しい子守唄が聞こえる。
優しい声に安心する。
戻ってくる━━━
父の朗らかな笑顔が見える。
その声に甘えたくなる。
なぜ忘れていたのか…ずっとずっと知っていた。あらゆるものが自分へ戻ってくる。戻る。戻る━━
そうだ━━━私は愛されていたのだ。
ならば、私は死んではいけない。
愛された者として死ぬわけにはいかない━━━━━。
懐かしい記憶とともに目を開ける。
そこには誰かがいた。
どうやら男のようだが暗くてよく見えない。
まじまじと見ると男と目があった。抱き支えられていると気づくと体から火が出るほど恥じらいを感じる。
「誰だ貴様はーーー!!!」
恥ずかしさを振り払うつもりで叫んだが、気が付くと私は頭突きをしていた。
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