アトラ・ティーレル


━side━

 アトラ




 聖アルケレトス教会国

 それは主神を万物神アルケーと定め、神の使途である教皇が納める国だ。

 この国の多くは翼人種が大半であり、聖騎士が国を護っている。


 ティーレル家は”聖アルケレトス教会国”で代々続く聖騎士の名家だ。

 その分家にあたる家系、聖騎士の父、そして内務官の母の間に生まれたのがアトラだった。


 幼い頃より聖騎士を目指し、厳しい父の下で鍛練を積み4つのルフト『属性の天力ルフト』『収納ストレージ』『復元リバース』『固有武器創造クリエーション』を僅か7歳で修得するという才覚を見せる。


 幼くしてこれらを修得できたのは大半がアトラの努力ではあったが、ただ『クリエーション』で発現した武器は、反り返った細剣で傍目から見て貧弱そうに見えた。

 一族の中ではそれを影で揶揄する者もいたが、その細剣で岩を切って見せそれ以降は誰も文句を言うものはいなくなった。


 そしてアトラは属性の天力ルフトにも恵まれる。

 属性の天力ルフトはティーレル家初代当主と同じく『重力グラヴィティ』の属性。

 これを僅か9歳で発現させ、さらに12歳の頃、世界で8人しかいないとされる”天眼”の一つ『緑煌眼りっこうがん』を発現させた。



 それまでは一族の中だけで担がれる存在だったが、整った容姿も一役買い、その才能と美貌はあらゆるところに知れ渡った、そして教会国もアトラの才能に目をつける。

 聖騎士修道学校卒業後、教会国はアトラに白聖騎士の称号を与えた。

 白聖騎士とは聖騎士の中でも実力と才能があり騎士の中でも最たる存在。あらゆる権力にも縛られない”国の護り手”という職務に従事するもの達へ与えられる称号である。

 これは才在るものを権力から保護するための称号でもあった。


 権力に縛られない彼らは教会国に仕えるというより、教会国からの依頼といった形で仕事をする。その為、依頼の時以外は各々別の仕事をしている。


 そして今回アトラは、教会国からの依頼でアースシュミラ王国の”翼人取り扱い”に関する内定調査を行っていた。

 教会国から一時的に外交官の地位を出してもらい、表向きは外交活動の一環として王国の各機関を視察。

 その間裏では工作員として各機関の翼人取り扱いを調べることになっている。



 世界地図で見ると東の大陸にアルケレトス教会国と他国があり、アースシュミラ王国は海を挟んで中央南側に位置する大陸だ。


 両国はこれまでに数度、海上の島を巡るちょっとした軍事衝突を起こしていた。しかし、20年近く前に和解が成立、国交正常化へと舵を切った。

 他国に比べ貿易も盛んで、翼人種への差別も少ない。表向きは比較的よき隣人国であった。


 しかし、近年アースシュミラ王国内にて翼人を不当に逮捕拘束し、強制従軍、または強制労働の一環で生態実験を行っているという噂が流れた。

 これがもし事実ならば種族の尊厳を踏みにじられ、不可侵の協定が破られたことになる。

 そこでアトラに白羽の矢が立ったのだ。


 アトラは白聖騎士の中でもその才能を惜しみなく発揮し、数々の依頼をこなしていた。


 そして今回も意気揚々とアースシュミラ王国へ乗り込んだ。のだが…





 問題は第五生態研究所の調査中に発生した。




 ━━━その日、アトラは第五生態研究所調査を行うため、比較的近いホテルの室内から研究所を監視していた。

 アトラに双眼鏡や望遠鏡といった道具は不要だ。何故なら『緑煌眼』が使えるからだ。


 緑煌眼は8つの天眼の中でも特に特異な眼で、”眼”自身が成長するという能力を有している。

 現在アトラが使用できる緑煌眼の能力は、『千里眼』『感知眼』『予測眼』この3つだ。

 アトラはその内の一つ『千里眼』で研究所を観察していた。


「ふむ、しばらく動きらしい動きはなかったが、あの片翼の女の子…昨日から出てくる様子がないな」


 研究所の監視は開始してまだ3日ほどしか経っていないが、既に昨日施設内に連れて行かれる翼人の女の子を確認している。

 あの女の子は片翼を失っていた。仮に翼を再生するには、神殿のあるアルケレトス教会国まで連れて行かないと治らないだろう。

 もしかしたら、魔法科学が発達した王国の医療技術なら治療可能なのかもしれない。

 できればそうであってほしいな…。と一人呟く。


 今日は朝から少し動きがあった。

 最上階。会議室だろうか、あの片翼の女の子と……あれは…

「室長の咲羽か…」


 緑煌眼の能力をもう一段階引き上げ『感知眼』を発動させ、女の子とメアの体から出るオーラを観察する。

 女の子のオーラはとても弱々しい。まだ幼いのもそうだろうが、片翼がないのが大きな理由だろう。

 ━━━対してメアは

「どうやら確定だな」

 ぼそりとそう呟く。


 メアのオーラは黒く重く禍々しく、嵐のように吹き荒れている。狂気を孕んだオーラ、数多くの命を私欲のために奪い取ってきた動かぬ証拠だった。

 ━━とは言っても、見えるのがアトラだけなため世論への証拠にはならない。

 あの女の子のことも心配だ、今夜一度侵入して早急に証拠を集めたほうが良さそうだ。


 そう思っていたのだが…


「揉めているのか?」

 女の子は泣きながら部屋を飛び出して行った。

 アトラのいる位置からでは研究所の通路側が確認できない。すぐに反対側で監視していた仲間に連絡をする。


「こちらα、対象が移動した。β、最上階、片翼の女の子。探してくれ」

「━━β、了解」


 すぐに返事がきた。優秀な部下だ、すぐ見つけるだろう。


「━━こちらβ、片翼の少女は通路にて別の職員と会話してる様です。━━━室長の咲羽も来ました」

「わかった、そちらの状況を随時連絡してくれ」


 あちらへ行って自身で成り行きを確認したいが、また室内に入られると監視するものが居なくなる。ここを動くわけには行かない。


 もどかしさを感じつつも待つこと数分━━


「こ、こちらβ、少年が、なにか能力を使い建物を破壊、職員と咲羽メアを落としました。」


 ??


「…えっとその少年はどこから出てきたのだ?」

「段ボールの中です」


 ??

 段ボール…何かのゲームだろうか?


「β、とりあえず私もそちらに行く…詳しい事情はそこで聞こう、纏めといてくれ」

「べβ、了解━━」


 荷物はそのままに急いで部下の下へ向かった。



□■□■□■□■□■□■□■□



 部下、ユーナがいる建物内へ入る。ここは商業ビルでテナントの一室を借り上げ監視に使っている。


 アトラが室内を訪れた時には状況がさらに動いていた。


「ユーナ待たせた。何があったか教えてくれ」

「アトラ様…すみません」

 しゅん、と小さくなったユーナの肩へ手を置きゆっくりで良いからと声をかける。


「はい…。まずは緑煌眼で見ていただいた方が良いかと思います。あの少年が出てきて状況が色々動いてますので、見逃がしてしまうと追えなくなるかもしれません」

 ユーナはとりあえず見ろという。アトラは素直にその言葉に従った。


研究所の上階から見ていく。目当ての少年は直ぐに見つかった。


 あれは…年の頃は15歳といったところか。全身焼け焦げてボロボロだ。それに、なんだあのオーラは?翼人?だがほとんどオーラの光が見えないほど弱い。


「見たままですまない。ユーナ説明を頼めるか?」

「はい、私は他の階を監視していましたので、あの少年がいつからそこに潜んでいたかはわかりませんが、咲羽が少女に近づいたタイミングで少女を庇うように前に出てきました。恐らく肉親か、仲間ではないかと」

「ふむ、でその少女はどこに?」


 身体を引きずりながら移動する少年を見つつ、続きを促す。


「その後少し会話をしていたようですが、決裂したのか職員が少年と少女を取り押さえようと身構えた瞬間に」


 ユーナは一息つく


「少年が建物の床に手を当て、咲羽と職員がいた天井と床が一瞬で塵に変わり抜けました…」


「一瞬で、か?」

「はい、一瞬で、です」


 翼人なら土のルフト所持者でも似たことは可能だろう。だが地面の土と違い

 異物が多く固められたコンクリートを一瞬で塵にするとなると教会国にそこまでの実力者はいない。


「何者だ…?」

「わかりません。先ほども申し上げましたように少女の家族、仲間の線で調べるつもりですが、なにせ少女自身データが少なく…」

 ユーナの顔は暗い。


「わかった。それで続きは」

「はい、能力使用後、二人で逃亡するのかと思ったのですが、恐らく少年の身体に高圧の電流が流れ、倒れました。双眼鏡で確認した限りではどうやら少年の首に凶悪犯罪者用の拘束具が嵌められていたようです。」


「凶悪犯罪者用の?」

 あの少年は犯罪者なのだろうか?女の子を庇って助けているし、聞いてる感じそれはない気がする。


「はい、その線でも当たってみます。尚、少女ですが、少年の状態を確認した直後に逃亡しています。」


「あ、そうなの……うん。」

 アトラはちょっと少年に同情した。


「少女については付近で待機していたγに追跡と保護、聴取を任せました。よろしかったでしょうか?」


「━━コホン、ああそれで構わない、仕事が早くて助かる」

 こいつ仕事できるけどドライだなーと思いつつも返事を返した。


「━━それで、少年はどうやって危機を脱したんだ?」

 ふと疑問を口にする。

 凶悪犯罪者用の拘束具には特殊な鉱物が含まれる金属でできているためストレージには入れれない。さらに無理にはずそうとすれば爆発する仕様だ。

 少年は今移動している。それは首輪を外せたからに他ならない。ではどうやって?

 アトラはつい少年から目を離しユーナを見た。


 見られたユーナは少し俯きながら答える。

「その……よくわかりませんでした」


「わからない、とは?」


「電光でハッキリとは見えなくて、ただ首輪に手を当てた瞬間に首輪は消えました。それは確かです」


「ふむ…」

 緑煌眼で見ていたら何かわかったのだろうか…いや、タラレバはよそう。

 手を当てていた…何かの能力か、属性は土ではないのか?聞いたことはないが分解の能力なのだろうか?

 わからないことが多い。できれば一度あの少年に会ってみたいが…


「どうしたものかな…」


 アトラはそう言葉を漏らしたのだった。


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