鬼の目にも…

 


 ━━━━━━ガチャ。


 部屋の扉が開く。



(っつ!しまった!時間をかけすぎたか?)


 慌ててドアの方へ視線を向ける。


 するとそこには…

 長い髪の毛を逆立て、全身が真っ白な怪物が立っていた。

 目を大きく見開き、ぎらりとこちらを凝視している。


 今まで薄暗い室内で作業していたこと、また室内は暗く通路からの逆光も眩しいため、顔も表情もハッキリと見えない。

 だが大きく見開かれた目はハッキリとわかった。


 場の空気が凍りつく。

 全身の毛穴が開き、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。


 …あれは…なんだ…?

 細身だがこちらに放つ圧が半端ない。

 ここは生物研究所だ、あらゆる研究結果を終結して作り出された化け物なのかもしれない…。


(ここにきて新手か…不味いな、今の俺じゃ対抗する手立てがない)

 恐怖しつつも次の行動のため相手をじっと観察する。


 よく見ると、化け物は身動ぎひとつもせず、目を大きく見開いたまま泣いていた。暗くてよく見えないが、きっとあれは涙だろう。

 不可解な状況にさらに恐怖を覚える。



 膠着する空気の中で、先にアクションを起こしたのは怪物だった。


「……なんで…」


「え?」


「……なんで…あたしの服……着てるの…?」


 怪物。━━こと、全身にセメントが付着し、白くガチガチになった服を着ているメアは涙をながしながら瞬きもせずに続ける。

 「あ、ヤバ」と思ったがもう遅すぎた。


「なんで…私のドーナツ…食べてるの?」


 朝から何も口にしていないのだ。腹が減るのは自然の摂理、仕方ない。手近なもので済ませようと冷蔵庫から一つだけ貰った。すまん

 因みに俺はいま口にドーナツを咥えている。ズボンを履くにはこのスタイルになるのは必然だ、決してふざけてはいない。


 メアはさらに問いかける

「…なんで…クローゼット……開けたの…?なんで…中…見たの…?」


「………」

 反論する理由は沢山あるのだが、女性がこんな時は、”男はただ黙って話を聞く生き物になる”に徹するに限る。

 そのことをそれなりの人生経験で学んできて知っている。俺の実年齢は39だ。


「なんで……私の…私のポーション……飲んだの?」


 目が、漸く眩しさに慣れてきた。


 メアは端麗な顔を歪めポロポロと大粒の涙を流している…


 俺はメアの地雷を綺麗にぶち抜き、見事にフラグを回収したらしい。

 まぁ傍目から見ても世の女性の敵だな。


 考えてみてほしい。

 自分を散々な目に合わせた嫌いなやつが、自室を物色し、大事なおやつを食べ、大切な思い出を壊し、自分の着ていた服を着て、隠していた秘密を暴かれる。

 これは…あまりに酷だろう。どっちが悪者かわからない。


 居たたまれない…。いや、原因は全部俺なんだけど、一番の元凶はそっちだよ?

 こっちにばっかり責任押し付けられてもな…

 などと、浮気した男の言い訳みたいな愚痴をグッと飲み込む。今一番傷付いてる相手に言う言葉ではない。



 メアはスッと指を指し、言う。

「あっちにどいて…」


 泣き腫らした目で俺を睨む。でもなく、急に真顔になったメアが、自身のプライベートエリアから離れろと指示してきた。


「…。」


 大人しく従う。


 プライベートエリアを離れ窓際に移動する。移動し終え再度メアを見ると…


 メアはこちらに棒状の何かを向けていた。そして━━


「死ね」


 火魔法らしきものが手に持った棒に宿っていく。


 咄嗟に左手を前に出した。だが手を前に出したところで、これからくる攻撃を喰らえば恐らく普通に死ぬ。


 メアは魔法を発動する。

「ツイストファイアライナー!」


 だからすかさず俺も唱えた

「リバース!!」


 豪速で捻れながら向かってくる火魔法が、前に出した左手と激しく衝突した。


「ぬ、ぐぅ…」


 リバースは火魔法をただの魔力になるまで復元していく。が、追い付かない。

「ぐ、あっつっーー」

 メアの怨念が威力をあげているのか、火魔法の勢いは衰えない。

 今にも手がはち切れて飛んでいきそうだ。


 このままじゃ押しきられる。死ぬ━━


 いや、ダメだ、まだ終われない。

 もっと!もっと早く!もっともっともっともっともっともっともっとぉー戻れぇぇーー!!


「リバーーース!!!」


 馬鹿の一つ覚えと罵られようとも、自分にはこれしか使えるものがないのだから、自分のありったけを一つの復元能力だけに集中させる。



 ヂヂヂっ━━



 突然、フッ、っと火魔法の抵抗が失くなった。

 部屋は煙が立ち込め、肉の焼けた臭いが漂う。この臭いを嗅ぐのは、今日で2度目だ。


 左手を見るとまだ現存していた。が、案の定焼けただれている。しかしそれよりも気になったのは━━


「はぁ、はぁ、はぁ…こ、れは、はぁ、まりょ、くなの、か?」

 息も絶え絶えで、左手の中で光る光球に意識が向く。メアの火魔法がリバースで復元され、魔力の塊になって左手の中に収まっていた。


「これ、なら、あ、れも…」


 無事な右手でポケットを探り、朝拾った小さな羊皮紙を取り出す。

 その直後━━。


「早く死ね」


 顔面にメアのジャンピングニーが食い込んだ。


 初日とは比べ物にならないほどの強烈な一撃。その勢いのままに身体が宙を舞う。

 それでも羊皮紙から手を離さなかったのは、案外今日一番のファインプレーだったかもしれない。


 舞った体は勢いを落とさず背後の窓ガラスを突き破り、19階から投げ出される。

 落ちれば死ぬ。


 そんな状況であったが、俺はまだ落ち着いていた。


 鼻はめちゃくちゃ痛かった。折れたやもしれん。でもこれでやっとここから逃げれる。

 既に建物から出てはいるから脱出成功だがこのままでは行き先はあの世だ。


 違う、そんなことではない。

 フワリとした状態のうちに素早く羊皮紙を広げた。この後すぐに急降下がくる。羊皮紙に左手に残った魔力の塊を押し当てそして唱える。



「転移!」




 ━━少年の姿は闇夜にかき消えた。




 それを見たメアは叫ぶ



「クソがーーー!!絶対ぶっ殺す!」


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