廃棄翼人



 ━━━散々痛め付けられた日の翌日。


 次の日も同じようにボコボコにされた。それが9日間続いた。

 いつもボコボコにされた後は翼人の能力発現の訓練をやらされたが、結果は何度やっても変わらず、結局俺にはリバースとストレージしか使えなかった。


 毎日ボコスカ殴られ蹴られ続け、最初は痛かったし悲観することもよくあったが、6日目ぐらいからは大して痛くなくなってきた。

 人としての感覚が麻痺してきたのかとも思ったが、どうやら違うらしい。

 アザも少なくなった気がする。


 いつも殴ってくるグリナスタは相変わらず楽しそうには見えない。最近は俺が打たれ強くなったせいで疲労すら見てとれる。

 これがもし嫌々していることなら同情すらしたくなる。まぁ絶対しないが。


 そんなことを考えれるくらいには余裕になってきた9日目━━━━



 その日、俺の目の前に立つグリナスタの手にはゴツゴツした金属の槌が握られていた。


「そ、それなにに使うんだ?」

 わかってはいたが一応聞いてみる。


「………」

 おいおいなんか言えよハゲ!


 無言で近寄ってくるグリナスタ。顔はちっとも楽しくなさそうだが、それでもそれを使うのだろう。


 俺はさすがにヤバいと思い逃げた。

 のだが…


「おいおい逃げちゃダメだよ」

 スウェイの魔法らしきものが足を貫いた。


「ぐっあぁ…」

 そのまま呻いて転びそうになる。


 メシャッ!!

「ぎっっ!!!」

 そこへグリナスタの一撃が振るわれ、ろくに叫ぶことさえできず、俺の身体は嫌な音をたてながら吹っ飛ばされた。


 その日はポーション10本分。それを繰り返された。




━━━10日目。

 今日は何故か研究所の補修作業をやらされていた。


 あ、あれ~?どゆこと?


 転移してから昨日まで激しい毎日だったこともあり、ここへきての急展開に逆に不安になる。

(考えてもわからんし、とりあえず痛い思いしないなら甘んじて受けよう。)

 と、思考を切り替えた。



 今までは自室と拷問部屋(俺がそう思ってる)、講義をした部屋にしか行ったことがなかった。全て同じフロアにあり、窓もなかったのである程度予想はしていたのだが…


(やっぱりあそこは地下だったんだな)

現在俺は窓のある通路を歩いていた。

 

拷問を行うような場所だ。外に叫び声が漏れるのは、やはりよろしくないのだろう。故に今までずっと地下だった。



 (世界が変わっても、人から見られたくないものはやっぱり地下に押し込むものなんだな)


 今日は異世界にきて初めて外を見た。

「すごい…思っていた以上にデカイ街だ…」


 外に広がるのは正に都市そのものだった。前の世界よりも発展しているように見える。


 背の高い建造物、整理された区画、広い道路、行き交う車両と人々。


 よく見ると車にはタイヤが付いていない。


「浮いてるのか?」


 まるでSFだ。


 魔法と言う、前の世界にはなかった法則を上手く社会に取り入れているのだろうか?


 王国って言ってたからなんかもっとファンタジーなんだと勝手に想像していた。見慣れた光景に近くてがっかりでもあり、少しホッとした。


「やっぱり異世界に来た感じがしないな…」


 1人そう感想を漏らした。






 エレベーターで移動したのだが、ここは20階、最上階のフロアのようだ。


「次はあっちだ」

 同伴するのはもちろん。エグ…グリナスタだ。


(こわっ!やっぱりこわいよ!よりによって何でこの人やねん!ゆっくり景色も楽しめんわ!)


 グリナスタの容姿は簡単に言えば、ガチムチスキン色黒グラサンである。

 よく高級クラブの用心棒とかやってそうな感じの人だ。


(威圧感ぱねぇよ!振り向き様に殴ったりしないよね?)


 俺はビビりっぱなしだ。

 初日から昨日までの9日間散々いたぶられてきたのだ。

 そんなガチムチが行動を共にしているのに、平常心を保てと言う方が酷だ。察してほしい。

ともあれ今日はグリナスタ付き添いのもと能力を使う許可が出ている。


「…リ、リバース」

 床のタイルのヒビがペキペキと音をたてながら修復されていく。

 ヒビは完全になくなり、心なしか周りよりも輝きが増した気がする。


 いつ見ても不思議な力だ。


 メアから話は聞いていたし、この数日間、恥ずかしい呪文を言わされながら色々試したが、使えた能力はこのリバース一つだけだった。


(例外なく能力4つ使えるんじゃないのかよ…)

 少しがっかりだが、一つとは言え魔法はもちろん特殊能力などない世界から来たのだから、やっぱりちょっと嬉しい。


(これでも既婚子持ちのアラフォーなんだけどな。やっぱり俺も男の子だったわけだ)

 グリナスタのことも忘れ意味不明な悦に入りながら、廊下の角を曲がった直後。


 俺は正面から来た何かに吹っ飛ばされた。


「ごほぉあ!!」

 盛大に10メートルほど吹っ飛ばされ、廊下の奥に積み上がっていた段ボールの山に突っ込んで止まった。


「あたた、一体なんだ?」

 

 段ボール箱の中には巻かれた羊皮紙が沢山入っていた。そのお陰か幸い怪我はしてないが、治りきっていないアザに響いてあちこち痛い。


 ふと手元に転がっている羊皮紙の中で一番小さなものを手に取ってみる、巻かれたラベルの文字を読んだ。

「……」

 少し考えた後、俺はサッと胸元へ羊皮紙を隠した。


 段ボール箱に埋もれながら、事故現場に目を向けると。そこには…


「知らないっ!聞いてないよこんなことっ!お家に返してっ!!」


 泣き叫び、何かを言っている翼人の少女とグリナスタが対峙していた。



「あれは…。もしかしてこの前言ってた廃棄翼人か…な??」


 少女は軍服のようなジャケットを羽織っている。よく見ると片翼は半分しかなく、包帯が巻かれてはいるのだが、出血が酷いのか血が滲み滴り落ちている。


 それにしても、

「若すぎないか…?」


 年の頃9-10歳ほど。少しあどけなさが残る、程度ではない。あどけなさしかない小さな少女だ。

 軍人と確定したわけではない。さすがにあの見た目では違うだろうと思ったのだが…。


「あ、いたいた~!んもうっ、まだ話し終わってないわよー!軍人なら命令を守ってもらわないと困るわ。契約書もあるのよ」

 血相を変えたメアがやってきて、信じたくなかった答えを言ってしまった。


「━つっ!ほっといてよ!私帰るから!」

 少女は残っている片方の翼を大きく広げ、臨戦態勢をとる。


 メアは面倒臭そうに溜め息を付き、グリナスタを見て一言。

「死なない程度なら治せるから、この子大人しくさせてちょうだい」と軽く良い放った。


「…はい」

 言われたグリナスタは少し動揺しているように見えるが、ジリジリと少女に詰め寄っていく。


 自分以外の翼人を初めて見たし、もちろん翼が大きく変形するのも初めて見た。きっと翼人として学ぶことも多いだろう。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 あり得ない。あんな年端も行かない子供が軍人?


 軍人とは国を守り、敵を攻め、人を殺す仕事だ。


 それをあの女の子にやらせてるのか?

 この国の軍がどう言うものかはわからない、翼人の扱いもわからない、状況もわからない。だけど。



 何度も言うが俺は本来なら39歳、既婚者で子持ち。娘は今年5歳の年長組だ。

 自分の子供よりは大きいが、まだまだ子供だ。子を持つ親として絶句し、驚愕し、怒りを抱いた。

 あの小さな少女を守らねばと強く思った。


 だからこれは仕方のない行動だろう。


 跳ねるように飛び起き、グリナスタから庇うように少女の前に立った。


「あらら~、どういうつもりかしら?」

 メアが面白いものでも見つけたような顔で、ニヤニヤと見つめながら聞いてきた。


「頭のおかしい下衆に、いちいち説明してもわからんだろ」

 そう吐き捨てる。

 メアの顔からニヤケが消え、今度は氷のような冷たい眼差しを向けてきた。



 背後の少女をチラリと見やると、警戒はしているものの目を合わせて頷いてくれた。

 震えている。きっと心細かったんだろう。


「大丈夫。君の味方だ」

 俺は安心させるためにそう言って笑って見せた。


 さて、どうしようか


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