予想と裏側

「っぐっ。いてぇ…」

 自室でシャワーを浴びながらヒリつくアザを避けるように体を洗っていた。

「ポーション無くなるまでやるかよ普通…ってか治ってねぇ」


 今日の出来事に文句を言いつつ、今朝まとめた状況把握に追加の項目をメモする。

 メモする、とは言っても紙もペンもないので頭の中のメモ帳にだが。


「あいつら。俺の心を折りにきてるよな…」

 あの拷問官、グリナスタは単純にいたぶることが好き、とかではなさそうだ。なんと言うか、言われてやってますって風に感じたな。


 今日の痛め付けを振り返りながら俺は考えをまとめていく。


 最初は暴力好きなのだと、そう思った。

 しかし、殴られ、蹴られ続けながらもグリナスタの顔を見て、違和感を持った。あれはただ目的をもって仕事をこなす人間の顔だ。

 全くもって自慢できないが、前の世界でも似た人間を何人か見たことがある。


 最初こそ感情のこもった一発をもらったが、それ以降グリナスタはただ機械のようにひたすら無言で殴る蹴るに努めていた。

 相手を見下し、暴力を楽しむ奴のそれではない。

「いや、どうだろうか。顔に出さないで愉悦にひたる変人もいるかもしれない。」


 だが根拠付ける理由はまだある。


 初日の拷問の際、その場にポーションは置かれていなかった。目をえぐった後、メアの指示でスウェイがポーションを取りに行ったのだが、戻ってくるのにおおよそ10分程かかっていたのだ。

 またメアは「保管庫から何個かポーション持ってきて」的なことを言った気がする。

 つまりポーションは普段保管庫に入れられそれなりの貴重品として管理されている。


 それが今回は4


 「もしかしたら今回の痛め付けは、前もって仕組まれていた可能性がある?」

そんな違和感が拭えない。



 あと、これは気のせいかもしれないが…。


 スウェイ。あのイケメンは今回の痛め付けが始まってから終始あの場にいた。

 メアが出ていった後、部屋の隅からじーっ、とこちらを観察していた。

 大体、上司を呼びに来てるのに自分だけ居残って観戦するって言うのが違和感でしかない。


 そうなると、グリナスタの魔眼疑惑も少し怪しくなってくる。

 スウェイが心を読み、何らかの手段でグリナスタへ伝えていた可能性があるためだ。「たまにスウェイのことをチラチラ見ていたしな」

 それに初日の拷問の時もメアやスウェイの顔色を窺っていた。


「いやいやいや、そもそもそんなことする意味は?」


 一つの可能性が高まる一方、反して俺は否定し慎重に考えを固める。


 いや…意味はある。


 心を読めるやつが二人もいる。この認識は大きい。


 現にあの時グリナスタが心を読めると思い込んだ。詰んだと思ったし、逃亡しようと企てても、どちらか一人でもいれば、見透かされ無駄に終わると思っていた。


 連中は、というかこの研究所は翼人にかなりの執着を持っている。


「そういや確か軍から廃棄翼人がどうとかって言ってたな…」


 俺以外にも、恐らくこの研究所に他にも翼人はいるのだろう。その中でも異世界から来た自分は異質な存在だ。

 絶対逃がしたくないし、この先も色々試したい。でも自分達に従順な実験動物モルモットであってほしい。




「………完全に俺の心を折るための芝居。…ありえるかもしれんな」




 俺はおおよその結論を出した。




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「どうかしら彼は?私達と仲良くやっていけそう?」

 メアは軍から払い下げられた廃棄翼人の書類に目を通しながらスウェイに問う。


「どうでしょうか…まだ目は死んでいないように見えましたが…」


 問われたスウェイは顎に手を当て少し考えるように答えた。




 スウェイの目は少年の見立て通り看破系の魔眼だった。

 しかし、何でも看破すると言った万能なものではなく、できることは名前と称号などのパーソナルデータ。あとは今の感情を感じ取ったり、嘘なのか、本当なのかがなんとなくわかる程度のものだ。

 極々たまに相手の心の声が見える『読心』が発動することもあるが、かなり希なことである。

 だが相手の心情を読み取るのには、便利なことに変わりなかった。


 今日の任務はいたぶられる少年の感情を観察することだ。

 心が折れ『絶望、諦め』の感情になればよし。『反抗、憎しみ』ならグリナスタへ指示をだし更にいたぶる。

 大体はこれで従順になる。


 行幸だったのは初手で少年の心が読めたことだろう。極々希にしか発動しない読心が良い仕事をした。


 これを使わない手はない。


 少年の心の声が聞こえたスウェイは、すかさずグリナスタへ念話を送った。


『ククッ!お前の名前エグリマスタらしいぞ、目をえぐられたからかな?センスいいね彼』


 堪えたつもりだったが、ツボにハマり笑いが漏れてしまう。

 因みにこの念話は一方通行のためグリナスタからの返答はない。

 しかし、それが面白くなかったのかグリナスタはムッ、と一瞬スウェイを睨み、

 再び少年を睨んだ。


「グリナスタだ」


 羞恥か怒りか、その感情は少年へ叩きつけられた。




 少年の感情は殴られる度に焦燥し、恐怖し、絶望へと色を変えていく。体力と精神が限界まできたら、ポーションで回復させてまた絶望へ叩き落とす。


 これを4回繰り返した。


 最後のポーションを適当に振りかけ、行動に支障がでない程度に回復させた。


 スウェイは少年を魔眼で観察する。


 少年は感情の色を失っていた。


『無』だ。なにも感じていない。


 心が壊れてしまったのか?と、やりすぎを心配したが目は光を灯したままだ。


「へぇ…素人だと思ってたけど。感情の逃がし方がうまいのかな?生意気だね」


 第五はこれまでも同じようなことをしてきた。中には今回の少年の様に、自分の感情をコントロールできる翼人種は何人かいた。


 総じて”工作員”や”軍人”と言った普通ではない連中ばかりではあったが…。



 だが不思議だ。彼は異世界から来たと言っていた。心を見た限り嘘ではなかったし、パーソナルデータの称号も”異世界から来た翼人”と見えた。


 確かに翼人で間違いない。

 初日の魔道具での検査結果もそう判断している。

 だが…天力ルフト値が10。これは今まで見てきた翼人の中でもあり得ない数値だ。と言うか初めて目にした数値だ。

 どんな翼人でも能力値は1000以上ある。彼を翼人として認めて良いものか迷うレベルではないのか?


 ましてや翼を広げることもできない。つまり飛べない。


 更には、今日いたぶった後に復元リバース収納ストレージ固有武器創造クリエーションをそれぞれやらせてみた時のこと。


 まず収納ストレージ。普通の翼人なら5メートル四方のものを羽の枚数分収納できるのだが、少年の収納ストレージは精々50センチ四方の小物が羽1枚分しか収納できなかった。


 次に固有武器創造クリエーション。翼人は10歳前後に発現の兆しがあり、11歳になれば誰もが発現に至ると言われている。

 だが、少年が「クリエーション」と唱えてもうんともすんとも言わなかった。

 あと、なぜそんなに恥ずかしそうにしているのかがわからない。


 この時点ではこの少年は遠からず室長との解剖室デートが待っているだろうな。と、思っていたのだが。



 復元リバースだけは完璧だった。

 生物も、物も、有機物も、無機物も、全てに対して、壊したもの繋ぎ目の痕も残さず、完璧に修復して見せた。

 いや、修復と言うには完璧過ぎる。最早復元や巻き戻しと言ってもいい。

 汚れた床も壁も建物も、新築同様に復元して見せたのだから。

 これには称賛を送った。


 それにしても謎だ。なぜ復元リバースだけここまで完成されているのか?意味がわかりませんね。






「━━━で、結論はどうなの?スウェイ君の見立ては?」


 メアの言葉で我に返る。


 どうやら回想に深入りしすぎたようだ。


「失礼しました。少し考えておりました」

 スウェイは平謝りしつつ報告する。


「私の見立てでは、今のところ彼は室長がお考えの実験には向いていないと思われます。使える能力もあり得ない低さですし、肉体もあまりに貧弱です。また軍に卸すのであれば、今後の訓練にもよりますが精々良くて衛生兵程度しか務まらないかと…」


 復元リバースは素晴らしい結果だったが、良い部分はそれだけ。他の翼人でもまぁ補える範囲だ。

 それ以上に他がダメダメすぎる。

 感想を簡潔にまとめて言う。


「まぁ私もざっと結果見たけど…この子、期待外れすぎて、解剖する気も失せちゃったわー、時間損しちゃった」

 確かに他の翼人に比べて、異質ではあるんだけどね。悪い意味で、といいながらメアは少年のデータが載った書類を机に投げた。


「異世界の文明も気になるところではありますが、いかがいたしますか?」


「そうねぇ、新しい子も入ってくるし、私忙しいから興味ない子に時間割いてられないのよね。とりあえず雑用させながら聞いといてくれる?手が空いたら解剖するひらくわ」

 どうやら少年は僅かばかりの猶予をもらったようだ。


「かしこまりました。明日からは訓練と雑務に当たらせます」


 メアはもう話を聞いていない。


 軍から払い下げられた廃棄翼人の書類を読み漁っている。興味は既にそちらに移っていた。


 当初は珍しい玩具が来たと、講義までする熱の入れようだったが今はこの冷めっぷりである。


 メアは強い翼人にしか興味を持たないのだ。




 少年の予想は大よそ正解ではあったが、裏側で”期待はずれ”のレッテルを貼られていることは知るよしもなかった。

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