脱出①
感情に任せ、女の子を庇うように飛び出した。
目の前には幾度も俺をボコボコにしてきた相手、ガチムチのグリナスタ。
メアはというと数メートル後ろで、構えることもなく顎に手を当て思案顔で突っ立っている。
(さて、どうするかな。グリナスタは…まぁ近接戦闘、得意なんだろうな)
初日から昨日まで、本気で暴力を振るっているような感じではなかった。それでも俺はボコボコにされたのだが…。もし本気だったのなら原型など残らなかったかもしれない。
ではメアはどうだろうか?
距離を取っている。自分では捕縛できないと理解して、グリナスタに任せる構えなのか?ただの余裕なのか?それとも…
(ふむ…、わからん)
とりあえず話し合いが出きるならその方が良い。それからのことはその時考えよう。自分は恐らくこの女の子よりも弱い自覚がある。
「メア。一つ聞いてもいいか?」
グリナスタを注視しながらメアに問う。
「ふふ、昨日まであんなに怯えてた子がずいぶんと態度がでかくなったものね」
この後が楽しみだわ。と冷たく笑った
「それで?なにかしら?」
どうやら話をする気はあるらしい。
グリナスタもメアの様子を窺って構えを少し緩めている。
「この子は何故この研究所に来たんだ?」
自ら来たとは思えないが、経緯が全くわからない。予想できるのは”廃棄翼人”はこの子で、原因は片翼しかないことが理由だろうか。だとして、ここに送られた訳は?
もし治療のためとかなら、自分はただの早とちりのアホだ。
だけどもし…
「もちろん実験に協力してもらうためよ?軍人は契約として王国に命を捧げているわ。たとえ実験で死んだとしても、王国のためになるのだから名誉なことよ」
メアは含みもなく端的に答えた。
背後で少女の「イヤだ…」と、か細い呟きが聞こえる。
怒りを飲み込みつつ言葉を返す。
「そうか…。治療とかはしないのか?」
望みは薄いが一応聞いた。
「質問は一つじゃないの?まぁいいわ、言ってなかったけど、翼の治療はできないわね。ポーションやヒール、例えリバースでもほぼ無理よ」
引っ掛かりのある言い方だ
「ほぼってのは?」
「っはぁ~ホント面倒臭いわね…。
いい?翼にはストレージの能力があるの。しかも羽一枚一枚に。教えたでしょ?」
「ああ、聞いた」
「そんなエネルギーの塊を治療?復元?欠損した部位が残っているならともかく、喪失しているのよ、現状ではムリね。それにその子にそんな時間もお金もかける意味がないわ」
なるほど、ちゃんと理由はあるのか。しかし現状か…翼人が何人かいれば可能ってことなのかもしれない。
「何人かでリバースをすれば治療できないのか?」
疑問をそのまま口にする。
「異世界人が知った風なことを……。話は終わりよ。グリナスタ!」
「くっ!」
グリナスタが突進する構えをとる。
素早さがどの程度のものかは知らないが1、2歩で詰めれる距離だ。
昨日の槌を持ってないだけマシだが接近戦で抗う術はない。
素早くしゃがみ、床に手を付く。
(イメージは…床と天井…)
頭をフル回転させイメージを巡らせる。
スウェイは俺のリバースを称賛していた。ここまでの復元力は見たことがないと…その時調子に乗って復元しすぎて、ガラスのコップを石英に戻してしまった。
(それならこういうこともできるはずだ!)
「リバース!」
ビギギッ!!
建物全体が僅かに揺れる。
ドンッ!ガラガラ!!
グリナスタとメアが立っていた場所の床と天井が一瞬で塵となり崩れた。
「なっ!きゃっ!!」
「ぬぅぅ!」
二人の驚きと悲鳴らしき声が一瞬聞こえたが、もう姿は見えない。
リバースでやったこと…それは床と天井のコンクリートを固める前のセメントと砂になるまで復元しただけだ。
距離が足りるかが心配ではあったが問題なく発動できた。
それに━━。
「侮ったのはそっちだからな」
(10階下まで崩れるイメージでリバースしたけど、どこまで落ちただろうか)
人が集まる前に早めに移動しなければ、と女の子の方に向き直ると
「ス、スゴイ…リバースでこんなこと…。普通ありえないよ」
女の子はやや引いていた。
どうやら俺のリバースは本場の翼人でも引くレベルらしい。
「あ、ああ老朽化してたんじゃないかな。アハハ…」
ともあれだ。
急いでここを離れよう。と言おうとしたのだが、
ビリビリビリっ!!
「~~~っ!!」
首輪から激しく電流が流れる。
ビリビリビリっ!!
声が出せない。
身体中に激痛が走り動かせない。遂には倒れビクビクと痙攣する。
「~~~っあがぁ!」
女の子は突然倒れた俺に驚き、手を伸ばそうとしたのだが…首輪に気付きその手を止めた。
「そんな…その首輪、もしかして犯罪者だったの?」
一歩後ずさる。
自分のことを助けてくれはしたが、この人と一緒に逃げようとは考えられなかった。
なぜなら…付けている首輪、それは凶悪犯罪者用のものだ。まだ幼く、たとえ短い軍人期間ではあったものの、座学で教えられた記憶がある。
だから…
女の子は少年に背を向け1人で走り、逃げた。
「~~ま…っ~~」
待って、そう言いたかった。
だけどもういい。あの子が逃げれるのならそれでいい。
自分のことも助けて欲しいとは思ったが、小さい子供になにをすがってるんだと自分にカツをいれる。
ビリビリビリっ!!
電流はまだ切れない勢いも落ちない。
だが…
「~~ぬっぐっ」
痙攣しながらもなんとか手で触れる。
ダメだ…リバースを唱えられない。
首輪もできると思ってはいたが、爆発する可能性がある以上さっきまでは迂闊に手を出すのはやめていた。
ここまできたら死んでダメもとでも、と思ったのだがまず声が出せない。集中もできない。
残るは…
激痛と痙攣しながらも、なんとか自分の背中から一枚の羽を抜いた。そして首輪に当てる。
ここへ来て三日目━━。
講義の時にメアはアドバイスをしていた。
「んでね、そのストレージなんだけど何でも入れれるって訳じゃないのよ」
メアは語る。
「収納できない代表的なものは生物、他の翼人の羽、あと特殊な鉱物ってところね」
最後が若干アバウトな気もするがこの世界の鉱物なんて聞いてもわからないため聞き流す。
「ちなみにその首輪、その特殊な鉱物が使われてるからストレージには入れれないわよ~残念ね」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ビリビリビリっ
(俺にはもうこれしか方法がないんだよ!)
他に残された道はない。リバースが他の翼人と比べて異常だったのだからストレージも可能性はある。物は試しだ。
ストレージはリバースと違い念じるだけで発動する。
(ストレージっ!!)
バチッ!!!
一瞬激しく電撃が弾け、首に刺すような痛みが走る。
そして
「っくっはぁ~!痛ぇー!まじで死ぬかと思った!」
首にそこそこ深い火傷を負いこそしたが、なんとか首輪を収納することに成功したのだった。
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