状況の整理
少年━━━もとい俺は目を覚ます。
目覚めは最悪な気分だった。
きっと
結局あのあとも翼人について色々と話を聞かされたがあまり頭に入ってこなかった。
「はぁ…」
溜息をついたところで現実が変わらないことぐらい知っている。
出るもんは出るんだよ。
誰にとではなく、弱々しく言い訳する。
「まさか異世界に来てたなんてな…」
ここにきて今日で4日目、目の前にはそろそろ見慣れ始めてきた白い天井がある。
扉には鍵が掛かっているが、自室内は自由に歩き回れる。
しかしベッドから起き上がる気にはなれない。室内に娯楽はないのだ。
最初にこの部屋で目覚めた日。
思い出して身震いする。
拷問を受けた結果、俺は簡単に口を開いた。見事なモブウォークだ、笑いたければ笑え。
まぁ考えてもみてほしい。平穏な日常から突然目に針を刺される現実に、いったいどれだけの日本人が耐えられるだろうか。
物語の主人公と一緒にしないで頂きたい。
とは言え、この時点でまだ異世界にきたことに気付いていなかった、だから拷問官と話が噛み合わず、怪しまれた結果。
片目をえぐられた。
絶叫を上げ悶絶し、これからの人生に絶望しかけた。
そこにあの頭のおかしい女、メアが「欠損は実験に支障がでちゃうわ~」と笑いながら口を挟み、眼が光ってるイケメンも「言ってることに嘘はないようです」と言ったお陰で人生初の『ヒール』と『ポーション』の恩恵を受けることとなった。
いや、拷問官が目を抉るとき、明らかにお前の指示待ってたからな。愉快犯かよ。
メアはともかく眼が光ってるイケメンには感謝。
目玉も綺麗に元に戻り、一先ず胸を撫で下ろした。
「はぁぁぁ…」
思い出して憂鬱になりまた溜息が漏れた。
ふと、手が首もとに伸び、その硬い感触に触れる。
「これも、やっぱりまだあるよなぁ…」
初日の膝蹴りの時、メアにはめられた金属の首輪。これは拘束具だと説明を受けた。
無駄に高性能のこの首輪はメア曰く、職員の指示に従わなかった場合。許可なく『能力』を使った場合。許可なく行動可能エリアを出た場合。あと私の気分が憂鬱だった場合、高圧電流が流れる仕組みよ。
らしい。
「最後の一つは完全自分の趣味だろ…。とんだサディストだ」
美人は信用できんなと愚痴を溢す。
更には、
たぶん電流ぐらいじゃ死にはしないけど、その気になれば爆発させることもできるから変なこと考えちゃダメよ?
と、目の笑ってない素敵な笑顔で告げられた。
つまりこの世界は気軽に拷問も処刑もやっていいわけだ。
「とんでもない所に来てしまったやもしれん…」
ともあれ、考える時間ができたのは数少ない幸いかもしれない。
経緯を辿りつつ置かれた状況を把握するため考える。
「まず、事故を起こした後に異世界きたってことだよな。」
これは根本的な原因だろう。
メアが言うには俺はこの国アースシュミラ王国の砂浜で呑気に寝ていたところを保護、じゃなく捕獲されたとのことだ。
「たぶん転移したってことだよな…ってことはやっぱりあっちの世界で死んだのか?」
異世界モノ定番、死んでからの転生転移。事実、死んでてもおかしくない状況ではあった。だが簡単に決めつけることができない。
いくらお決まりと言っても結局は妄想、想像の話だ。現実を小説頼りに決めつけて判断するのは違うだろう。
何より、もし死んでいたとしたら、あちらの世界へもう帰れないのではないのか?家族と二度と会えないのではないか?
それは認めたくない。認めれば心が折れる。
「うーん現時点ではヒントもなにも無いしな、異世界転移の原因はひとまず保留だな。異世界にきた事実だけ確定」
悩むより先に進もうと、わかった事実のみ頭のメモ帳に書き記していく。
「次に…」
気付かない振りをしていた事実に、渋々目を向ける。
知っているはずなのにわからない。あちらの世界から、唯一持ってこれるもの。
それは―――。
「俺は誰だ?」
自分の名前がわからない。
これには正直困った。
尋問された際も「名前は?」と聞かれたが、答えようにも思い出せない。
「あ、あれ?あれー?」と思い出そうとしている間にも、相手はどんどん不機嫌になっていく。
結果は言わずもがな、目を抉られた。
眼が光ってるイケメンにも「名前がない」って言われたし、ってかその時に異世界人って言われて名前どころじゃなかった。
あの光る目、あれは魔眼ってやつなのかもしれない。たぶん。
おっと話が逸れた。
名前がわからないとは言っても経験や思い出がなくなった訳じゃない。
記憶喪失とは違う、単純に名前が思い出せないだけだ。
大層な名前ではなかった気もするが、異世界に来て名前を忘れることに何の意味があるかもわからない。
うーむ。と数間悩んだ後、まぁ思い出せないなら仕方ないし、別に今わかんなくても困らないかな。と棚上げした。
ちょっと棚上げしすぎかもな。
━━━━━━どこかで糸が切れるような、そんな音が聞こえた気がした。
□■□■□■□■□■□■□■□
次の問題は昨日のメアの講義だ。
「翼人ってなんだよ…。」
ここが異世界である以上、人間以外の存在がいることは事実なんだろう。
まだ人間しか見てないから知らんけど。
だが講義と銘打ってまでわざわざ嘘を吹き込んだところで、彼女には何のメリットもないはずだ。まぁ講義した意味もわからんけど。
と言うことは、やっぱり自分が翼人という種族なのも事実ということになる。
「…」
この世界にきてから実はずっと背中に違和感はあった。が、確認する余裕がなかった。さもすれば途中から忘れていた。
恐る恐る、背中に手を伸ばす。
肩甲骨辺りまで手を伸ばし、指先に触れるものがあった。
そこにある感触は、鳥の羽のそれだった。
「あぁ…まじでホントにあるじゃん…」
事実を確認してどう感想を漏らせばいいのか言葉につまる。
これが所謂『チート的な異世界特典』だったとして喜ばしいことなのだろうか?
現に、ほぼこれの所為で捕獲されモルモットにされかけているのだ。
このままでは”サディスティック異世界ライフ”的な話が始まる気がする。
メアは言っていた。
翼人は空を飛び固有の能力『属性の┃
現状を打破するにはこれら能力を駆使する他ない。
異世界に自分を助けてくれる知り合いは一人も居ないのだから。
しかし、試そうにもこの首輪がある。『許可なく能力を使用した場合』電流が、最悪頭が吹っ飛ぶ可能性がある。
すでに先手を打たれている状況に俺は頭を抱えるほかなかった。
「いや、手詰まりだわこれ」
最後に、
「この世界は、一体何なんだ?
なんと言うかあまりにも…」
あまりにも地球の文明に近い。そう感じた。
ヒールやポーションなど確かにファンタジーなモノはあった。
しかし、あちらの世界で見慣れた物が多すぎる。だから当初目覚めた時に病院の一室だと勘違いしたし、初めは過激なドッキリかと思ったぐらいだ。
だが色々身をもって経験した後だ、異世界であることはもう信じざるを得ない。
「俺以外にも先にこの世界へ来たやつがいるのだろうか?もしかしたらここは遥か遠い未来の地球だったり…」
個人的には前者であってほしいが考えたところで現時点ではなにもわかりようがなかった。
「これも…棚上げか」
大部分の問題を棚上げし、状況の整理を終えたのだった。
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とりあえず、現状できることは、流れに身を委ねるしかないことはわかった。
不本意ではあるが今はモルモットライフに身を投じる他ない。隙あらば、というスタイルでいこう。きっとどこかでチャンスが巡ってくる。と、信じたい。
根拠はないが、この時はなんとかなる気がした。悲観するよりかはきっといいはずだ。
状況整理を終え、ようやくベッドから起き上がる。
ぺしっ!っと両頬を叩きドアを睨む。
「最終目標は家に帰る。」
帰れるかはわからない。でも帰れないとも限らない。問題は山積み。まだなにも成せていない。
だけど生きている。
自分を待っている家族がいるのだ、まだまだ諦めるわけにはいかないだろう。
目標は高いぐらいがちょうどいい。
俺は両足に力を込め立ち上がった。
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