講義『この世界に生きるものたち』

―side―

咲羽さくばメア


 私はアースシュミラ王国の第五生態研究所所属の研究員、咲羽メア。

 大学卒業後、配属されてから僅か5年で研究管理室室長まで登り詰めたのは私の実力と言っても過言じゃないわね、ふふっ。


 私が8つのとき、軍人の父と、私と同じく研究員だった母は、王国の調査帰りに乗っていた輸送機が、翼人に襲撃されて墜落して死んだわ。

 撃墜された航空機は輸送機3機、護衛機6機、死者134名。生存者はたった3人だけ。


 いつも仕事で忙しく普段から家に帰って来なかった両親だったし、特に悲しくはなかった。むしろ施設に入ったお陰で遊び相手が増えて嬉しかった記憶すらあるわ。

 翼人に対しても憎しみは沸かなかった、でも護衛機を含む航空機団をたった一人で撃墜できるその力に強く興味が沸いたわ。魅力に引かれたといってもいいわね。

 だから翼人の強さについて調べ、研究に没頭したの。彼らは調べれば調べるほど不思議で私を飽きさせない素敵な存在よ。


  大学では翼人よくじんの生態に関する論文を幾つか発表したけど、学生だったしね。研究できる規模がショボくて正直つまらなかったわ。


  一度、身元不明の翼人遺体を解剖をさせてもらえないか国に掛け合ってみたんだけど、即刻却下されちゃった。周りからも道徳だの倫理だの神罰が落ちるだの、ごちゃごちゃいわれてウザかったわ。学生って無駄な時間多いと思わない?


  この世界は説明のつかない事があまりに多い。多すぎるのよ。特に翼人はわからないことだらけ。

 解明して再現して実用化することができれば国どころか世界を豊かにすることも夢ではないのに…。なんでこんなにもバカばっかりなの?って思ったわ。

 

  だから第五から勧誘を受けた時は面食らったわね。うちで翼人の研究をしてくれだって、既に国主導で研究は行われていたの。そりゃそうだわ。

学生だからダメだったのよほんと無駄だったわ。


身の上話しをし終え、ふぅ~と一息つく。


今日は先日捕獲したモルモットちゃんとお勉強。

別に色々教える必要もないんだけど、まぁなにもわからないのも可哀想よね。

それに今後他の部署の連中とも絡みがあるだろうし、今のうちに知っといた方が混乱しなくて済むでしょ。


 赤く縁取った眼鏡を軽く持ち上げながら告げる。


「それじゃあ、ざっと講義を始めるわね。ちゃんと聞きなさい」


「…」


 私は講義を開始した。


「生態研究所はアースシュミラ王国お抱えの6つの生態研究機関の集まりよ。私が所属している第五もここに属しているわ。ちなみに生態研究以外の研究機関もあるのだけど、ま、あまり関係ないから省くわ」

相手は何も反応がないが聞いてはいるようだ。


「…」



「第一は”人種”ね、つまり人間が主な研究対象。魔力の発生原理と魔力性質変化の原理とか、魔法魔力研究所(魔研)や装備開発研究所、軍部と連携して研究してるわ。

 ここは軍部が絡んで機密が多すぎるから私でもあまり知らないわね」



「…」



「 第二、第三は”魔物”。魔物はとにかく数が多い。現在王国だけでも1万種弱の魔物が確認されているけど、新種はまだまだいるって話しよ。

 人を襲う危険な存在だしなんかいちいちキモい存在なんだけど、魔物は体内に魔石を保有していて、強い魔物ほど魔力量の多い魔石を持っているの。

 魔石から出る魔力は生活に欠かせないもので、王国だけじゃなく世界中で必要とされるエネルギー資源。現在のところ魔物が絶滅する心配はないけど、魔石以外から魔力を生み出す方法を模索している国もあるみたい。

 第二第三の連中は、人工的に安全な魔物を量産して魔石を取り出す研究とかもやってるらしいわ」

これに比べたら学生の時の遺体解剖なんて全然ぬるいレベルよ。笑えるわ。

まぁ今は遺体じゃなくても解剖できる立場だけどね。ふふ



「…」



「第四は”亜人”と”魔人”見た目は人種と近くて二足歩行なんだけど、ケモミミだったり角が生えてたり毛深かったり肌の色が違ってたり…まぁ色々かな。たまに人と比べてもわかんない人もいたりするわね。

 見た目以外だと保有魔力量が人種より少し多いって聞くけど、結構個人差があるわ」


うちとしてはこっちと共同研究したいのだけど、一緒に特設チーム作らないかしら?今度定例会議で提案してみるのも悪くないわね。



「…」



 それにしても無反応ね。別にいいんだけれど、ここからは心して聞いてほしいわ。むしろこの話だけしっかり聞いてくれれば私も満足なのだから。


再度眼鏡を持ち上げる。


「そして第五。ここでは”翼人”を研究しているの。私の生涯を掛けた研究がここに詰まっているわ!」


思わず声が上ずってしまった。けどこれは仕方のないことよ。この素晴らしい研究を教えるのは私の使命。しかと聞きなさい。


「彼らは名前の通り翼を持つ人種ね。外見的特徴は翼がある以外人種と全然かわらないわ。翼は小さくすることができて服の中へ隠せば人種と言われてもだれも気付かない。

 もちろんただの飾りじゃなくて、翼には飛行能力が備わっていているのよ、空中戦闘もお手のもの。しかも鳥みたいに翼を羽ばたかせる必要もない、翼自体が空中浮遊能力を有しているわ。翼はせいぜい制動補助で使ってる感じかしら。あと浮遊以外にも翼にはもう一つ固有の能力があるけれど、まぁそれは後で言うとして…」

 一気にしゃべったせいか少し苦しい。息を整える。


「コホン。そんな飛べることしか取り柄が無さそうな彼らだけど、人や魔人、魔物が使う魔力とは違って『天力ルフト』を使うと言われているわ。

 まず前提として天力ルフトは魔力って言うより能力って表現した方がいいかしら。

 そしてこの天力ルフト、実は魔力と比べて限られた力しか使えないからそんなに便利じゃなかったりもするわ。

 どういうことかって言うとね。風の天力ルフトを持って生まれた翼人は一生風の能力しか使えないの。他の属性は使えないってことね。

 普通、人や魔物は体内の魔力を放出する際に魔力の練り方とイメージで属性を変えることができるわ。やろうと思えば火・水・風・土の基本属性はもちろん他の特殊属性も時間を掛けて頑張ればなんとかって感じにね、まぁ相性があるから必ずって訳じゃないけど」


 指を3本立て、小さい火の玉と水の玉、石の玉をそれぞれの指先から出して見せた。


「魔法は頑張れば他属性が使える、対して天力は生まれ持った属性しか使えないってことよ。」



「…」



「じゃあ翼人ってなにが凄いの?って感じなんだけど、さっき能力は4つって言ったでしょ。さっき教えたのは『属性の天力ルフト』ね。これがまず一つ。

翼人は他に『収納ストレージ』と『復元リバース』、『固有武器創造クリエーション』の能力が使えるわ」


 私は自分のことのようにフフンと得意気に鼻をならした。


「翼人の翼には固有の能力があるって言ったでしょ、その能力こそが『ストレージ』よ。

 翼人は翼の羽一枚一枚に物を収納することができるわ、収納できる大きさは個人差があるけど、羽1枚につき約自動車一台分ほど収納可能よ、それが羽の枚数だけなんだから一人で引っ越し業者ができちゃうレベルね。

 魔法にも空間収納は存在するし、魔道具もあるにはあるけれど、魔力コスパが悪すぎて長時間収納するにはかなりのコストが掛かるの。しかも収納できる大きさは最大でも3立法メートルほどなんだから、翼人の空間収納がどれだけ有用なものかわかると思うわ」

 一息つく。


「次に復元の能力リバースね。魔法にも怪我を癒す『ヒール』があるにはあるけど、翼人のソレと比べるとまるでお遊戯レベルね。

魔法の『ヒール』と違って、彼らが使う『リバース』は怪我だけじゃなくて病気にも効果があるの。それどころかと言った非常識な能力なのよ」

 まぁ死んだ生き物は生き返らせないし、自分自身に使用できないし、個人差で得意不得意があるらしいけれどね。と付け加えた。


「そして最後の3つめが『クリエーション(固有武器創造)』ね。

 翼人の能力の中でも、コレが一番異質かもしれないわ」


そう、彼ら翼人は魔法とは違う力を使う。ただここまでなら人の魔法も翼人のルフトもできることはそんなに変わらない。

魔法を使えば空も飛べる。物を空間に収納できる。傷も癒せる。

決定的に違うとすれば『クリエーション』これなのだ。


「彼ら翼人は、なにもないところから物質を創造することができるわ。物質と言っても武器限定だけど、魔力を魔法に変換するのとは訳が違うのよ。」

 ”無から有は作り出せない”

 魔法のある世界であったとしても、その法則は変わらない。水魔法や土魔法といった物質系の魔法も、大気中の水分や周囲に地面があることが基本的な条件となっている。

 魔力を直接物質変換することもできなくもないが、使用する魔力の量に対して生成できるのはごく少量のため実用してる者は極少数だ。案外この少数が曲者だったりもする。


「昔の研究者は『ストレージ』同様、武器を空間に収納しているだけではないか、と仮説を立てたけど、軟禁して育てた翼人がある日『クリエーション』で武器を発現したことであっさり否定されたわ。

 それから長い年月、幾度も実験と観察を繰り返して出た研究結果は――――」


 そこまで話して一度言葉を切る。描けていた眼鏡を外し、立ち上がると今まで講義を受けていた者の前までゆっくり歩みを進める。


 そして、その者の顔を暗い瞳で覗き込みながら言った。


「なんだと思う?




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