翻弄される男

 気が付くと、そこは所謂”知らない天井”だった。


(ああ…これがあのいわゆる…)


 などと感慨に耽っていたが、違う違うと意識を現状把握に切り替える。


 少し首を起こし周囲を見回す。どうやら8畳ほどの個室のベッドに寝かせられているらしい。

 白い壁と白い天井。ストレッチャーが通れそうな少し大きいドアが一つ。そして何故か窓がない。

(ここたぶん病院?だよな?普通に考えて…。手術とかしたのかな…)

 と、ふと気付く。


「…」


 どこも痛くない。

 と言うか身体には何の異常もなかった。手も足もあるべき所にあるし、動く。


「……」


 そんなはずはない。


 覚えている。正面衝突した相手の表情まではっきりと。

 なんとか回避しようと右にハンドルを切った。でも間に合わなかった。

 フロントガラスが一瞬で砕け、まるで脆い蚊が指でプチっと潰れる如く。鉄塊が自身の左半身を潰していく感覚。

 あれは絶対夢なわけがない。


 魂に刻まれた生々しい感覚を思いだし身震いした。


(んっちょっ、ちょっとまてまてまて!なんでやねん!えっえっ?ななななんで?)


「トイレどこやっ!?」


 混乱と尿意に襲われテンパってとりあえず関西弁でトイレを探した。


 幸いトイレは部屋の中にあった。数歩でいける距離だ。服は、どうやら病院とかで着る浴衣みたいな服を着ている。


 トイレに近づきトイレ横の洗面台の鏡を見てまた驚いた。


「なんっでやねぇんっ!!」


 ツッコミを入れた。


 別に関西出身ではないが、アラフォーで、それなりに老けた俺は言わずにはいられなかった。


「おまっ!何歳やねん!」


 鏡の中に10代半ばの驚く顔の少年を見たからだ。




□■□■□■□■□■□■□■□

□■□■□■□■□■□■□■□




 見慣れた現代社会の洋式トイレに座り考える。


(どゆこと?どゆこと?)


 考える。とは言っても理知的なものではない。現状を受け入れるための時間が圧倒的に足りない。


 事故はあったのか、無かったのか。死んで生き返ったのか、死んでなかったのか。体は潰れたのか、潰れてなかったのか、実は最先端医療で身体再生したのか?ってかいま何歳?もしかして過去に来たのか?じゃあ最先端医療はって未来?はぁ?んん?


 トイレにて出すものは出したが、なかなか考えが纏まらない。


 数多くの異世界ファンタジー小説を聞き流してきたとはいえ、さすがにここが異世界という訳はないだろう。そう思う理由は幾つもある。


 8畳の個室の中だけでもコンクリートの壁、ベッド、蛍光灯、トイレ、ドア等。見慣れた現代技術のソレである点。

 ファンタジーのファの字も見当たらない。

 やはり異世界モノの代表的な設定と言えば通常、中世、木造、魔道具、けもみみ、だろう。

 中には現代社会ファンタジー物の小説もあるにはあるが、見たものをを素直に受け入れるとすればまずあり得ない。





 ――コンコンコン


 ん、誰だろう看護士か医者だろうか?


「あ!今トイレしてます!」


 水を流し、はだけた身だしなみを整え声をかける。


「すみません。もう入って大丈夫ですよ!」


 そう言うとスライド式のドアがするすると開かれた。


 

□■□■□■□■□■□■□■□



 入って来たのは金髪の白衣を着た女性だ。

 年の頃は20代後半から30に手が届きそうな感じではあるが顔立ちは整っており少し艶のある女だ。白衣の上からでもわかるほどプロポーションがいい。金髪熟女好きにはたまらないだろう。

 俺にそんな属性はないが少しドキドキした。


(美人な女医さんだ。医者なのに金髪て、まるでドラマ見てるみたいだな)

 能天気にそんなことを考えた。


 ―――病院のような場所。先生みたいな人。

 先ほどまでの纏まらない考えは一度端に寄せて、事情を知ってそうなこの女性から話を聞いた方が良いだろう。

 それに相手から質問されれば一つ一つ整理して考えることができる。

 この女医さんのような人は俺にとって渡りに船のような存在かもしれない。



 だから女の行動に対して、俺の反応が遅れたのは仕方のないことだ。


 女は無表情で俺の顔をまじまじと見て、次の瞬間視界から消えた。


 仰け反って驚こうとしたが、頭が固定されていて動かない。女が髪の毛を両手で鷲掴みしている。そしてそのまま…。


 顔面にジャンピングニーを叩き込まれた。

「っつあ!」

 突然の激痛に身もだえ膝を着く。女は手を放すと素早い動きで背後に回り込み、首に金属質な輪っかなようなものを手際よく取り付けた。


「~っはぁ~危ない危ない。もう起きてるだなんて。危うくモルモットが脱走するところだったわ」

 女を見上げるとそう言いながら胸を撫で下ろしている。


 俺は血の滴る鼻を押さえながら、訳わからん!と思いつつも、かなり不味い状況と言うことだけはハッキリと理解した。

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