③
雑居ビルの二階にあるカードショップ、さして広くもないその店内は、人でいっぱいになっていた。
どうやら大会の定員はすでに埋まってしまっているらしかったが、わたしは大会受付カウンターまでチダを引っ張っていって、自分の予約枠を譲る旨を受付係の店員に伝えた。
「えーっと、お名前は?」と店員は大会参加にあたっての必要事項を確認する。
「チダです」
「はい、チダさんですね……うん? チダ?」
店員は顔を上げて、チダの顔をまじまじと見た。
「チダって、あの?」
受付を終えると、わたしとチダはデュエルスペースの端っこに辛うじて残っていた空席に腰を下ろした。
「きみは出なくていいのか?」とチダは怪訝そうにする。「きみ自身が大会参加するために予約していたんだろう」
「いいんだよ。きょうは見学する。重要なのは、チダ、きみの大会参加のほうだからな」
「そうかい。まったく、きみもたいがい変なやつだよな……」
チダはふと、天井を見上げた。そして店内もぐるりと見渡す。
立ち並ぶショーケース、ストレージの棚、キャラスリーブのラック、そしてカードゲームプレイヤーでごった返し楽し気なはしゃぎ声に満ちたデュエルスペース。
「……なんだか、初めて来た店だけど懐かしい感じがするな」
やがて時間になると、大会参加者たちには、新セットのパックが6パック配られた。
パック開封という要素によってランダム性が増すはずのリミテッド戦において、むしろ実力が結果に反映されるといわれる理由のひとつが、デッキ構築の点にある。プレイヤーは、限られた時間の中で、いま初めて目の前に与えられた選択肢の中から、より強いデッキを組み上げなくてはならない。カードゲームという構造に対するより深い理解、より高度な視座が要求されるのだ。
チダが組み上げたのは、2色でまとめたクラシカルな飛行戦略デッキのようだった。飛行戦略とは、防御的な戦力で相手の攻勢を阻んで地上の戦線を膠着させ、その一方で飛行能力を持つ駒によって地上をよそに相手のライフを削っていく戦略だ。カードの一枚一枚が役割を持ち、デッキ全体で戦うことになるだろう。
見たところ、堅実に小さくまとめて組み上げてはいるようだが──その反面、どうしても派手さに欠けるところが、そのデッキの印象として感じられた。
「色は足さないでいいのかい?」と、そのデッキパワーに不安を覚えたわたしは思わず口をはさんだ。色を足すことで、多少安定性は下がるが、その分だけ足した色の強いカードを使うことができる。
「おれが思うに、それは美しさに欠けるな」とチダは平然と答える。
この大会は、参加者32人の完全5回戦、すなわち5回勝てば優勝だ。大会参加者でないわたしは壁際に退き、そこで邪魔にならないように試合を見守ることになる。
卓に座ったチダは、デッキのシャッフルとカットを終え、カードを7枚引き、そして試合が始まった──
わたしは、なんといえばいいのだろう。つまり、もう二度と見られないと思われていたチダの魔術が、数年の時を経て、いまこの場所で、蘇ったのだ。
ひとたび彼が扱えば、あの凡庸な紙束に思えたデッキは、鋭い刃のように輝き始めた。カードの一枚一枚がそれぞれの役割をはたし、それらの諸機能は動的に結合し、戦略を推し進めていく。
堅実だが小さくまとまっている、なんていう印象は、とんでもない錯誤だった。それは精密に組み立てられ、勝利のための必要十分条件を無駄なく満たしているのだ。
決勝戦においても、チダの指し手は圧巻だった。
対戦相手は、決勝に残るだけあって、レア・カードが満載の強力なデッキだった。(リミテッド戦は実力が出る競技と言われる反面、それ一枚で勝負を決定づけるようなレア・カードが運よくパック開封でもたらされた場合、それだけで勝ててしまうこともあるゲームでもある)
けれどチダは、物怖じしない。いつの間にか、彼の目には狡知の光が灯っていた。それは、あの頃と全く変わらない光だった。
チダは的確に、対処すべきカードを対処し、通すべきカードを通していく。──対戦相手のどのカードが、対処すべきで、どのカードが対処するべきでないカードだなんて、いったい誰が分かるのだろうか? 対戦相手の手札はこちらからはうかがい知れないし、自分の山札の順番だって全部ランダムだ。
わたしや、いつの間にか増えている他の観戦者たちは、決勝戦を横から見ていてチダの指し手を不思議に思うことが多々あった。──それは悪手じゃないか? 普通に考えれば、あのカードは強いから対応すべきだし、あのカードは弱いから通すべきでは? ──しかし、ゲームが進むごとにチダの有利に傾いていく盤面を目の当たりにしてから、われわれは自らの浅はかさにようやく気付かされるはめになる。
そして、チダはこの大会での優勝を成し遂げた。
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