11
オリバーはロベルトとベティを見送ってから森に行った。久々の土や草の匂いに懐かしくなり、懐かしいと感じるほど離れていたのだなと実感した。故郷ではあるが、帰りたいと思ったことは然程なかった。ロベルトに扱かれる毎日に必死だったからだとオリバーは思う。振り返って考えれば、充実した日々ではあった。
銃声が聞こえたのは、少し経ってからだった。オリバーは訝り、木々の隙間から町の方向を見た。幹の間に浮かぶ建物の影がオリバーにははっきり見える。特に変わりない様相に思ったがあまりいい予感はせず、散策を止めて町へと引き返した。
その後、また銃声が響いた。先程とは違う音だとオリバーは気付いた。そして一度目の銃声は、ロベルトが愛用するローンウルフの音によく似ていたとも、気付いた。
オリバーは走り、ロベルトとベティが話をしているはずの公園へ向かった。そう時間が経たないうちに辿り着いたが、二人の姿はなかった。硝煙と血の臭いが残っており、地面には滴り落ちた血の染みが点々と続いていた。
血痕を追って走った。ロベルトか、ベティか、どちらかが負傷したのだと思ったが、オリバーはロベルトが怪我をする場面を見たことがなく、血を辿りながらも半信半疑ではあった。
でも、すぐに考え直した。銃声がいくつも聞こえ、オリバーは遠く離れた二階建ての住居からライフルが覗いていると気がついた。放たれた銃弾が、見慣れた正確さで撃ち返される瞬間も、見た。
「ロベルト?」
オリバーは血痕を見下ろし、一旦足を止めた。半ば混乱していた。ベティはどこなのか、なぜロベルトが狙い撃たれているのか、道の上に点々と続く血はロベルトのものなのか。
この町は、一体なんなのか。
スマートフォンが鳴った。オリバーははっとして、縋る思いで電話に出た。
「グレイソン? ロベルトが危ない、かもしれない」
相手の言葉を待たずに言った。数秒無言になられてオリバーは焦ったが、
『あー、もしもし、オリバー?』
グレイソンが応答した。
『どうした、何? ロベルトは?』
「ロベルトとは今離れてて、……ロベルトは話を聞けそうな、おれの知り合いのベティって子と二人で話に行った、筈なんだけど、いなくなった」
『あー……それで?』
「町の人間がロベルトを狙って撃ったのは、見えた。あと、血の痕が続いてて、おれはそれを追ってた。ロベルトのかはわからないけど、多分、そうだと思う」
グレイソンはめんどくせー、と嘆いてから、近くにいるらしい誰かに話し掛けた。オリバーには会話内容までは聞こえなかった。
血の痕を再び追い掛けようとしたところで、
『オリバー? ロベルトに連絡は取れる?』
女性が電話口に現れた。
「と、れる。……誰だ……?」
『味方だよ、とりあえずロベルトの話だけど、ベティに殺されかけてるね』
「えっ?」
『助けたいんならあたしの言うことを聞いてくれ』
「わかった、どうすればいい?」
オリバーの即答に、相手は満足気な息を吐いた。
『じゃあオリバー、ロベルトに連絡して、ボーリング場まで来いって言って』
「うん。他は?」
『それだけでいいよ。……あーあと』
「うん」
『ベティは撃ち殺すけど、いい?』
オリバーは止まった。ベティの顔を思い出し、町で唯一相手になってくれたことを過ぎらせてから、足元を見た。続いている血痕は生々しく、新しく、見慣れなかった。
ロベルトを助けなければと強く思った。
「撃っていい、ロベルトを助けて欲しい」
オリバーはそう言ってから電話を切り、即座にロベルトへと掛けた。少しのコールの後にロベルトは出た。息が僅かに上がっていた。ボーリング場まで来て欲しいと告げ、オリバーも同じ方向へと走り始めた。
通話を終えてから、再びグレイソンのスマートフォンに掛けた。
今度はグレイソンが出た。
「グレイソン、さっきの女の人は?」
『後でかわるから自分で聞けよ、そもそも俺が得た情報を話すためにかけたんだ。いいかちゃんと覚えろよオリバー、まずお前の故郷は殺し屋の養成施設みたいなもんで、お前やベティは殺し屋の才能があるって判断されてあの町で育てられてたわけ』
「……、……うん、それで」
『お前、けっこう冷静だよな。まーいいや、とにかくその養成施設の監視をするためにあるのが、俺とエミリアが今いるこの、組織が管理してる刑務所。表向きっつーか、ちゃんと刑務所もやってるけどな。殺し屋の育成機関の顔もある、それが実態。お前はどう思う、オリバー・マッデン』
「それは……いいことなのか、悪いことなのか、おれにはわからない」
『俺からすれば好きにしろよって感じだな。エミリアは半泣きだから、まー、良いこととは思ってねえんだろう。……っと、ちょっと待て……』
グレイソンは向こう側で何かを話してから、
『オリバー、お前はボーリング場前まで行くなってよ』
軽く言った。オリバーはボーリング場近くの森の中で立ち止まり、木々の間から建物の様子を見た。人が二人いた。ナイフを手にしたベティと、傷だらけのロベルトだった。
動かしかけた足をどうにか留めた。オリバーは息を吐き、山の方向へと視線を転じる。刑務所は山頂で静かに建っていた。
再びロベルトとベティを見る。どうするのか問おうとしたところで、向こう側で話しているグレイソンの声が聞こえて来た。
『……いや俺はスポッターは……あ? 空間把握能力なら、エミリアのほうが明らかに優れてんだって……ほら、双眼鏡……目算距離と風向きと……あと角度か…………オリバー?』
「ん、なに」
『撃てるってよ、お前から見て、どう』
オリバーは距離を取って向き合う二人を視界におさめた。恐らく刑務所から撃つのだと把握し、距離をはかり、ロベルトとベティは攻撃のタイミングを見計らっていると見てから口を開く。
「ロベルトは多分急所を撃たない。おれならそれを見越して、足か腕かを犠牲にして、撃たれながら突っ込んでいくと思う。だからその時に当たるように調整するといい、かな。……狙撃手に、かわってくれ」
『あいよ。……ほら、お呼びだぜ、コーデリア師匠』
コーデリア、とオリバーは呟いた。電話に出た狙撃手は、
『目算距離と風向きと風の強さはエミリアが見たから、二人が動く直前を教えて。君ならわかるだろ。筋肉の動き、視線の動き、呼吸のタイミング、全部見て、あたしに伝えな』
淡々と指示した。オリバーは了承して二人を見た。一触即発の空気がほんの僅かに揺らぎ、ベティの体に力が入った瞬間に、合図した。電話越しに重い銃声が聞こえた。
ロベルトに向かって行ったベティは倒れ伏し、ロベルトは驚いた顔で山を見た。
『クリア。ご苦労さん、エミリア、オリバー』
「あの、……コーデリア……って」
『うん、ロベルトの師匠のコーデリア。……あの子にかわってくれるかな?』
オリバーは森から出て、ロベルトに声を掛けた。見たこともないくらいにぼろぼろのロベルトは、コーデリアと一言二言話してから、オリバーに凭れ掛かって深い溜め息を吐き出した。
「ロベルト、大丈夫か……?」
「大丈夫だよ、……でもさすがに、疲れたな」
オリバーはちょっと迷ってから、ロベルトの体に手を回してしっかり支えた。その様子を双眼鏡で見ていたコーデリアは笑い声を上げた。
それから、話した。
自分がいなくなった日に何があったのかと、なぜ行方不明扱いのままここにいるのかを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます