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『ロベルトがどこまで知ってるかはわからないけど、すごく簡単に言うなら、あたしは監視されながら組織に協力してる』
コーデリアはまずそう話し、深い溜め息をついた。
『ノア……ノア・スミスとあたしは、組織が殺し屋の育成機関を作ってるって話を聞いて、深く探ろうとしたんだ。まあ、無理だったけど』
「ノアは殺されてたね」
『そう。あたしも殺されかけたんだけど、返り討ちにしながら逃げたわけ。そのうち捕まったけど……殺されなかったのは、多分あたしが超長距離狙撃が出来るから。この刑務所から観測出来るポイントに育成機関を作ったものの、まともに観測出来なくて、マッデン夫妻のような事例を作っちゃったわけだしね。だから常に監視する立場が必要なんだ。今君たちのいるボーリング場がちょうど開けた場所だから、そこまで呼び寄せればさっきみたいに狙撃できるし』
ロベルトはベティの遺体に目を向ける。それからマッデン夫妻宅にあった写真を思い出しし、あれは罠のようなものだったのだろうと推測する。
組織の暗部を探る人間がいるのであれば、比較的情報が引き出しやすいマッデン夫妻宅に来ると踏んで、ボーリング場まで呼び寄せられるように意味深に置かれていたに違いない。
考え込むロベルトに、コーデリアは更に話す。写真の件も推測通りのことを言い、ダイナーに来るドラッグディーラーは組織の人間で、殺し屋の才能があるかないかを確認し、なければ処分の意味でドラッグを与えていると告げた。
「中々悪趣味だ、僕は嫌いじゃない趣向だけど」
『君はほんと、人間が嫌いだねえ!』
「意地汚いからね。……それよりもコーデリア、そんなところ、逃げようと思えばいつだって逃げ切れるんじゃないのかい?」
コーデリアは一瞬止まってから、
『色々と調べてここまで辿り着くならロベルトだろうなと思ってね』
静かな声で呟いた。
『君が来るだろうから、その時はこうやって助けようと思ってた。……それに、殺し屋育成の計画はほぼ失敗みたいなもんなんだ。君が殺したダイナーの主人とあたしが殺したダイナーの娘は、実質的にあの町の権力者になっちゃっててね。組織に扱い切れなくなってたんだ。あたしもここにいるからには加担したようなもんだしさ、逃げ出すにも尻拭いを終えてからだな』
「……ノアのためにも?」
『まーそうだね、カインにもよろしく言っておいてよ。育成計画は方針はともかく、やりたかったこと自体はあたしとノアの理念と大きくズレていないわけだし。組織内部を精鋭で固めて、殺し屋の使い潰し自体を減らしたほうがいいって理念とね』
「そうかい。……僕のところに戻るつもりはないってことは、よくわかったよ」
コーデリアは大きな笑い声を上げた。ロベルトは不意をつかれ、何を笑っているのかと訝ったが、
『あたしがいない間に可愛い犬を飼ってるじゃないか。育成機関唯一の成功例だよ、君が大事に育ててやりな。組織への意趣返しにもなるだろうしね』
そう返されて、隣を見た。満身創痍の自分を支えているオリバーが、不思議そうに顔を上げた。
「……? ロベルト、どうかしたのか? コーデリアさん、帰って来るのか?」
「いや……」
ロベルトはオリバーの頭をぐしゃりと撫で、後で話すよ、と存外優しい口調で言った。コーデリアはやり取りを聞き終わってから口を開いた。
『ま、そんなわけだよ。諸々済んだら挨拶には顔を出すから、ちょっと待ってて。あーあと、厄介者くんとドライバーちゃんは無事に下山させるから、そこも気にしなくていい』
「そっちは心配してないよ。グレイソンが勝手に頑張るだろう」
『はは! 頼られてるねえ!』
「使い捨てようとしても、死なないからね」
会話が途切れた。ロベルトはまだ何か話したいような、探していた期間について聞かせたいような、多少の心残りを感じはしたが、諸々済んだら挨拶には来るという言葉を信じることにした。
またいつか、必ず。ロベルトの方から口にした。コーデリアは含み笑いを残して電話を切った。
スマートフォンを懐に片付けてから、ロベルトはオリバーに体重をかけて寄り掛かった。
「ロベルト、重い、」
「そこそこな怪我をしてるんだ、運んでくれるかい」
「え」
「グレイソン達と分かれたモーテルまで頼むよ。……故郷にまだ何か見たいものがあるなら、寄ってもいいけど」
「それは、……ない。親のこととか、町のこととか、おれが運んでる間に、全部教えて」
ロベルトは頷き、オリバーの背中に自ら背負われた。オリバーは思いのほかふらつかずにロベルトを支え、モーテルに向かって歩き出した。
町から遠ざかりながら、二人は連なる山脈を見た。コーデリアは見ているかなとロベルトは口に出し、オリバーはわからないけど手を振っておけばどうかと提案した。
ロベルトは笑った。背中に体重を預け、早く帰りたいな、と呟いた。
「……珍しいこと、言うんだな」
「そりゃあね、僕だってこんな日もある」
「ロベルトがここまで負傷するのって、今までにあったのか?」
「ブラックミストって言われ始める前はそれなりに……あ、オリバー」
「うん?」
「君もそろそろ、あだ名ができるかもね」
森に入った。オリバーは辺りを見回し、ロベルトと初めて会った場所に近いな、と思う。
それから、あだ名、と心の中で呟いてみた。
オリバーには一つしか思い浮かばなかった。
「おれ、
オリバーの言葉に、ロベルトは意外そうな顔をする。
「君はもう一人でも充分相手を殺せるだろう、それでも?」
「うん、……一人で殺せるかもしれないけど、おれはずっとロベルトの犬だから」
ロベルトは苦笑気味の息を吐き、じゃあ帰ったら特訓だね、と穏やかに言った。今度はオリバーが苦笑して、ロベルトは一声笑った後に、コーデリアから聞いたことを話し始めた。
オリバーは黙って聞いた。故郷の本当の姿や、ベティについての話を聞いてから、両親が刑務所に入っていると教えられて、頷いた。
まともに自分が始まったのはロベルトについていってからだとオリバーは思う。両親や故郷の姿を夢に見ることはもうないだろうと、続けて思う。
良いことか悪いことかはわからなかったが、肩の荷が下りた心地にはなっている。
二人はやがて森を抜け、遮るもののない開けた大地に出た。
遠くにそびえるモーテルの姿がオリバーには見えている。エミリアの車が既にあり、車の外には不安そうな顔をしているエミリアと、腕組みをしながら暇そうに待っているグレイソンがいる。
一度だけ、振り返って町を見ようかと思った。しかし立ち止まった瞬間、ロベルトがどうかしたのかと声を掛けたため、首を振って前を向き直した。
オリバーの仲間は過去ではなく現在にいる。
だからもう振り返らず、ロベルトをしっかりと背負い直して、歩き続けた。
(アンダードッグ・終)
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