9

 ロベルトはライフルを一旦肩へとかけ直し、邪魔にならないよう背中側へと回した。その直後に繰り出された蹴りは懐から出した自動式拳銃で受け止める。

 あまり使わない、使う場面のない近接戦闘用だ。ベティの足を脇で挟んで固定し、銃口を脹脛に当てて発砲するが、避けられる。ベティは地面に両手をつき、空中で足を振って体勢を戻した。その動きはオリバーを彷彿とさせた。

 辺りを見渡した。公園の柵を飛び越え森へ向かおうとするが、オリバーがいると考えた瞬間に躊躇った。逡巡は見逃されず、ロベルトはナイフに頬と黒髪を数本、切り裂かれた。続けて放たれた上段蹴りもまともに受けた。咳き込んで膝をつきかけるが、堪えて一発撃ってから、身を翻して町の方向へ走り出す。

 ロベルトの動きは鈍かった。自身でも自覚していた。発砲するが足や肩しか狙えなかった。ベティの姿を目に収めると、彼女を殺せる動きと射線を探し出すと、オリバーのことがちらついた。

 町で唯一味方だったベティを殺すことに躊躇する自分に、ロベルトはひどく失望した。

「町、危ないですよ」

 ロベルトを追いながらベティが言った。裏付けを取るように、ロベルトを狙った銃弾が飛んで来た。拳銃を素早く向け、窓から覗く住民の額は撃ち抜いたが、あまり遠いと届かない。ロベルトは無意識に舌打ちを落とす。手早くリロードを済ませ、影を選んで町の中を走った。

 広場を避けて裏道に入る。追い付いたベティのナイフを拳銃で弾き、鳩尾を殴るが同じタイミングで横腹に蹴りが入った。しかしよろけたのはベティだ。ロベルトは額に照準を合わせるが、引き金にかけた指は動かなかった。

 ベティは小さく笑った。オリバーのこと大事なんですね。その問いに答えられない間に、後ろから頭を殴られた。

 ダイナーの店主、ベティの父親だった。使い込んだフライパンは戦闘に向くと思えなかったが、ロベルトの視界はぐらついた。倒れ伏すわけにはいかず、路地の壁に手をついて堪えた後に、二人同時に背中を蹴られた。

 咳き込むと、血が数滴落ちた。どうするか考える前に、ポケットに押し込んだスマートフォンが鳴った。

 振り下ろされたナイフを間一髪で転がり避けてから、距離を取ってスマートフォンを取り出した。

 ロベルトはベティと父親を同時に視界へと収めた。二人は音を気にしてか、最期の会話と気遣いを見せてか、黙ってロベルトを眺めていた。

 その様子を睨みながら、通話を押した。

「オリバー?」

『ロベルト、今どこ』

「すまないけど、今取り込み中なんだ」

 話すと鼻の奥が思いのほか痛んだ。生温い液体が伝い、腕で拭うと赤黒い血が付着した。

「……すぐかけ直すよ、ちょっと待ってて」

 ロベルトはそれだけ言って電話を切りかけるが、

『ボーリング場、今すぐ来てくれ。頼む』

 その前にオリバーが言った。ロベルトは悩まず身を翻し、ボーリング場に向けて走り出した。

 ターナー親子は当然追い掛けてくる。ロベルトは息をつき、スマートフォンをポケットへと入れ直して、ボーリング場に続く隘路に滑り込んだ。

 オリバーに何があったかはわからないが、この町でオリバーに好意的だったのは、自分を追い掛けているベティだけだ。なら、他の住民に襲撃された可能性はある。分かれたのは失策だった。

 ロベルトは痛む体に眉を寄せつつ、急に立ち止まって振り返る。唐突な動きに驚いた二人を交互に確認してから、父親の方へと定めて拳銃を向けた。一発目はベティがナイフで弾いたが想定内だった。撃った直後に距離を詰め、ベティの腹部に蹴りを叩き込んでから、父親の胸倉を掴んで引き寄せた。

 ベティの動きは手練れの殺し屋だったが、父親は違う。武器もフライパンと備えがなく、体格に任せた大振りばかりだ。

 それに、こっちなら殺せる。

 ロベルトの目に冷徹さが戻った。もがく父親の顎の下に銃口を押し付け即座に撃った。血と肉が破片になって散り、膝をついていたベティが叫んだ。父親は仰向けに、ゆっくりと倒れた。ロベルトは心臓部にも一発撃ち込んだ。大きく跳ね上がった体は顎と胸から血を垂れ流し、小刻みな痙攣を繰り返した。

 ベティに向けても撃ったが、ギリギリで避けられ、銃弾は太腿を掠めただけになった。ロベルトは悩まずにまた走り出す。ボーリング場まではもうすぐだった。多少入り組んだ、木の連なる道を抜けると、広大な山脈がまず見えた。

「オリバー、どこだ!」

 ボーリング場周りにオリバーの姿はなかった。ロベルトは舌打ちし、先にベティを動けなくしようと、振り向いた。遅れて隘路を抜けたベティは怒りに燃えていた。ロベルトが銃を構える前に詰め寄って、体ごと押し付けるようにナイフを突き出した。

「……、ベティ、君は強いね」

 ロベルトはギリギリで手首を掴み、切っ先が服に当たるところで止めさせていた。

「ありがとう、でももう、見逃す気はないです」

「そうかい。僕も、オリバーを探さないと」

「私だって、オリバーのこと、大事にしてたのに」

「彼が僕を選んでついてきたのは事実だよ、ベティ・ターナー」

 ナイフを突き出す力が強まった。ロベルトは目を細め、銃口を下腹部に押し付けた。ベティは身を捻り、射線から退いた。それを予測していたロベルトはベティが立った位置へと的確に照準を合わせた。

 二人は同時に動きを止めた。ロベルトもベティも、息が上がっていた。照準は致命傷になる部位には向けられなかった。足を狙って引き金を引くタイミングを、見つめ合いながらはかっていた。

 止まっていなかった鼻血がゆっくりと伝った。はじめに斬られた脇腹も、まだ血が滲んでいる。鈍器に殴られた頭も痛かった。ロベルトは、息をついてから、撃った。ベティは避けなかった。脹脛に穴を空けながら走り、痛みで動きの鈍ったロベルトに、思い切りナイフを突き出した。

 しかし届く前に、ベティの動きが止まった。音はなかった。ベティは力を失い、父親のようにゆっくりとその場に倒れた。近寄って確認したが、もう死んでいた。頭には穴が空いていた。

 ロベルトは、ベティの脳天を銃弾が貫通する瞬間を見た。弾が飛んで来た方向には山脈が無言で連なっていた。

「ロベルト」

 呼ばれて振り向くと、木々の合間からオリバーが現れた。

「おれが、撃ってくれって、言った」

 オリバーは呆然とするロベルトに向けてスマートフォンを差し出した。血にまみれた手で受け取り、耳に当てると、ひどく懐かしい笑い声がまず届いた。

『女に手心を加えるタイプだっけ? 月日が経てば変わるもんだねえ』

 コーデリアだった。そうじゃないよと返す前に、ロベルトは脱力して座り込んだ。慌てて体を支えに来たオリバーに寄り掛かりながら、深い山の方向を見た。

「……コーデリア、今どこに?」

『君が見てるところだよ』

 山の真上にある刑務所の姿を思い描きつつ、ロベルトは深い溜め息をついた。全身の傷が妙に痛く、散々な目に遭ったよと、師匠と相方に向けてぼやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る