8
軽食を済ませたオリバーとロベルトは、ダイナーの外でベティを待った。グレイソンからの連絡があるかと、ロベルトは何度かスマートフォンを覗いたが、通知は特に現れなかった。エミリアは生きてるかなあ。ロベルトの不穏な呟きに、オリバーはつい溜め息をついた。
「グレイソンがいるなら、大丈夫だろ」
「まあ、どうにかするとは思うよ」
ロベルトはスマートフォンをポケットに押し込み、肩にかけたままのローンウルフを前へと持ってくる。ダイナー前の道を通る住民が明らかに視線を向けてくるため、威嚇しようと思っての行動だ。
この町は何かがあるなと、ロベルトは思う。マッデン夫妻だけのことではない。犬を加工していた牧場や、ボーリング場に溜まるジャンキー、ドラッグを売りに来るディーラーと、片田舎の小さな町に要素が集まり過ぎている。
考え込むロベルトにオリバーが話し掛けようとした瞬間、
「すみません、お待たせしました」
ダイナーの扉が開き、ベティが現れた。彼女は二人分の視線を受けて微笑んでから、ロベルトと目を合わせた。
「話しやすいところに、移動しますか?」
「ああ、そうだね。とは言っても飲食店はここくらいじゃないのかい」
「町の外れに、小さな公園があるんです。オリバーは知ってるよね」
「うん、おれの家、近かったし」
ベティは頷いてから、
「あの……出来ればロベルトさんと、二人で話したいのですが」
申し訳なさそうに言った。オリバーは面食らったが、ロベルトは少し考えた後に頷いた。
「僕と話したいというより、オリバーに外してほしい、ってことかな?」
「……はい、そうです」
「いいよ、そうしようか」
え、と声を上げたオリバーに、ロベルトはスマートフォンを差し出した。
「グレイソンから連絡があったら、すぐに公園に来てくれるかい」
「いや、自分で持ってれば」
「それは仕事用。プライベート用もちゃんと持ってるよ、グレイソンには教えていない番号の方をね。話が終わったらこっちから連絡する、適当に辺りをぶらついてて」
「……、森にいてもいいか?」
「好きにすればいい、君の庭だろ」
オリバーは頷き、差し出されたままのスマートフォンを受け取った。少し悩んだ後に、ジーンズの後ろポケットへと押し込んだ。
「連絡、待ってるから」
「いい子でね、オリバー。……じゃあ、案内よろしく、ベティ」
ベティはロベルトに案内しますといい、先に立って歩き始めた。ロベルトは黙ってついていき、オリバーは二人の後ろ姿を消えるまで見つめていた。ベティはエプロン姿のままだったなと思ってから、ダイナーの看板を見上げた。潰れていないことが不思議に思うほど黒ずんで汚れた看板だった。
案内された公園は、公園とは名ばかりの荒れ地だった。雑草があちこちに生えており、すべり台は錆びている。砂場だけが辛うじて生きていた。幼児用の黄色いバケツが、砂の上に横倒しで転がっていた。
公園の中で、ロベルトはベティに向き直った。
「オリバーを外させたということは、君はマッデン夫妻について何か知っているんだね?」
彼女はオリバーの行方を探した唯一の人間だと、ロベルトは知っている。元々オリバーを気にかけていたし、仄かな恋慕もあったのだろうと想像が出来た。なら、今でもオリバーを慮りはする。ロベルトはじっと返事を待った。
ベティは視線を地面へと落としていたが、やがて頷いた。続けて、あの人達は私の父親みたいには出来ませんでした、と呟いた。ロベルトが首を傾けると、ようやく顔を上げた。
「オリバーは……多分、一番、才能があったんです」
「それは、異様に高い視力の話かな?」
「そうです。……でもマッデンさん達は、オリバーのことを放り出しました。元々、お金だけが欲しかったんだと思います。実際にずっとドラッグばかりやっていて……けれどオリバーを連れて行ったのが貴方だったから、色々保留になりました」
「……、ベティ、話が見えないよ。つまり?」
「重要指名手配書に載っていたマッデン夫妻の暗殺任務が保留され続けていたのは、コーデリア・ライトの弟子であるブラックミスト氏がオリバーを連れて行ったから、という話です」
ロベルトは一瞬、本当に一瞬だけ固まった。その一瞬にベティは動いた。懐から出したダガーナイフを振る動作は早かった。
鮮血が荒れた公園の地面に落ちた。
「……、驚いた、殺し屋の動きだね」
ロベルトは切り裂かれた脇腹を押さえながら言った。出血は然程ない。即座に距離を空けたために致命傷ではなかったが、久々の負傷ではあった。
ベティはダガーナイフを片手に握ったまま、どこか悲しげに佇んでいた。
「ロベルトさん。今後この町には近付かずに帰ってもらえれば、私はそれで構いませんし、追いません」
「……どうしようかな、そう言われると逆らいたくなる性格でね」
「貴方が死ぬと、オリバーは悲しむと思うから……帰って下さい、お願いします」
「ベティ。この町は何なんだい。君は何故組織の手配書や、コーデリアのこと、僕のことまで知っているんだ」
「……、わかりませんか?」
「予想は立てたけど、答え合わせが好きなんだ」
ベティは息をつき、ロベルトは微かに笑った。
次の瞬間に振り下ろされたダガーナイフは、ライフルの側面で受け止めた。
「ロベルトさん、接近戦は得意ですか」
「オリバーと居るようになってからやらないな」
ロベルトは銃身を振ってナイフを腕ごと退けさせる。身を翻したベティの回し蹴りを避け、一発撃つが、銃弾は地面にめり込んだ。ベティは後ろに飛び退き、体勢を整えていた。ロベルトは思わず、笑った。
殺し屋、それもかなり腕の立つ人間の動きだった。
なら当たっているかなと、ロベルトは心の中で呟く。この町は殺し屋を育成する機関のようなところだという想像は、ベティのお陰で事実になった。
それには組織が関わっているし、コーデリアが消えた理由も関わっている。
ロベルトはそこまでを思考してから息をつく。
ベティがオリバーを外させたのは近接の備えが少ないスナイパーを一人にするためだともわかり、浅はかだったなと思った。
銀色のダガーナイフが、また閃いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます