7
ロベルトは電話を切り、隣まで来ていたオリバーに横目を送る。
「エミリアはついていくことにしたみたいだよ」
「そっか……そのほうが、いいとは思う」
「まあ、グレイソンの傍にいるほうが安全だろうね」
頷いてから、ロベルトはヨシュアを見下ろした。青ざめたまま二人を見上げていたジャンキーは、もう何も知らない、と先回りで言った。嘘ではないだろうとロベルトは判断し、ボーリング場へと興味を変えた。
「もう少し、中を調べようか」
「うん、わかった」
先に歩いていったロベルトについていこうとしたオリバーを、ヨシュアが呼び止めた。
「何?」
「いや、お前、……あのやばそうな長髪と何やってんの、絶対関わっちゃいけねえやつだろ逃げたほうがいいんじゃないのか」
必死な顔の古い知り合いに向け、オリバーは首を振った。
「あいつ、人間の中でおれが一番、好きなんだと思う。だから大丈夫」
オリバーはロベルトの後を追った。残されたヨシュアは、ぽかんとして見送るしかできることがなかった。
ボーリング場の中に戻った二人は、手分けしてあちこちを探し回った。オリバーはレーンの奥でいくつかの注射器を見つけ、自分の家にあったものと同じ型だとロベルトに伝えた。ドラッグをやった形跡は他にもあった。レーンごとに使用者が決まっているようで、付近に散乱するゴミに多少の違いがあった。
ロベルトは悩んだが、ダイナーを見るべきかもしれないと言い、ボーリング場全体を見渡した。
「ここで写真が撮られていた理由は、はっきりしないね。何かしらが隠れているかもと思ったけれど、推理小説のようにはいかないな」
「うーん……でも写真があったのは事実だし、もう少し探してみるか?」
「……いや、グレイソン達に賭けようか。僕らはダイナーに行ってみよう、君もベティには会っておきたいだろう」
「元気かは、知りたいけど……こんな町、抜け出してて欲しい」
「なら、それを確かめに行こう」
ロベルトはオリバーを促して、ボーリング場の外へ出た。ヨシュアの姿はもうなかった。
二人は来た道を戻っていきながら、情報の整理をし合った。
まず、マッデン夫妻は家におらず、警察に連れて行かれた。山の上の刑務所にいるかは不明。マッデン宅で見つけた写真の男女についても今はまだわからず、写真の背景は潰れたボーリング場で、ヨシュアをはじめとしたジャンキーの溜り場になっている。
そこまでを話してから、ロベルトは考えるように顎を手で覆う。
「カインの寄越したデータの話もおさらいするけれど、オリバー、僕が君を拾った日の任務は物凄く簡単な狙撃だった」
「うん、……おれと会ったのは、その仕事の後だったっていうのも、わかってる」
「犬を肉扱いしていた、クソみたいな牧場のせいで動けなくてね。……でもカインのデータを見るに、そもそも僕の任務の依頼主が君の親だった……という事実が、組織に揉み消されていた」
ロベルトは露骨に険しい表情を浮かべる。
「任務内容も書き換えられた可能性が高い。そこまでのデータ復元は出来なかったけれど、カインがそう言った」
「元々の任務内容は、」
「多分、君に関することだよ、オリバー」
そうだろうなと、オリバーは思った。特にショックでもないと伝える前に、二人は町のダイナー前へと辿り着く。オープンの札がかかっていた。ロベルトは時間を確認し、ギリギリランチタイムだね、と言いながら扉を開けた。
店内に客はいなかった。薄暗く、食べ残しの皿がいくつか放置されていた。奥から出てきた初老の男は二人を見て嫌な顔をした。その後ろから顔を出したのは、疲れた雰囲気の若い女性だった。彼女は目を見開いた後、二人に駆け寄った。
「オリバー?」
オリバーは頷き、
「久し振り、ベティ」
唯一良くしてくれていた相手を見下ろした。じわりと涙の膜が広がる瞳を見つめて、まだいたんだな、と言いかけて止めた。無責任だとオリバーは思った。
ベティはカウンターに案内しかけたが、ロベルトが奥のテーブルを指した。二人が席に落ち着いてから注文を聞いて、普通のお肉だから、と冗談混じりに付け加えた。ロベルトはコーヒーを頼み、オリバーはホットドッグを選んだ。
注文品を持ってきたベティを、ロベルトはオリバーの隣に座らせた。
「初めまして、ベティ。僕はロベルト・ブラック。色々聞きたいことがあるんだけれど時間は取れるかい」
ベティは閉口した。困った顔でオリバーを見て、ロベルトへと戻した。
「えっと……ベティ・ターナーです、初めまして、ロベルトさん。それからオリバー、元気そうで良かったわ……」
「あ、うん、ベティも」
「聞きたいことって言うのは、オリバーのお父さんたちのこと?」
オリバーは頷きかけるが、
「多分、それだけじゃない」
ロベルトへと視線を向けながら言った。ロベルトは口元に笑みを浮かべた。
「ここでは話しにくいんだ。ベティ、君の仕事が一段落つくまで待ってるから、話をさせてもらえるかい」
ベティはオリバーとロベルトを見比べてから、了承した。その後にオリバーだけを見た。
「オリバー、前に言ってた……その、すぐ撃ってくる人って、この人?」
「え、うん、ロベルトがそう」
「そっか……」
納得したように頷きながら立ち上がったベティは、手の空く時間帯を二人に告げた。
オリバーは店内の奥へ消えて行くベティを見送ってからホットドッグを齧り始めたが、テーブルの下で足を蹴られてウインナーを落としそうになった。
「なんだよ」
「知らないところで僕の悪口を言ってたのかい?」
「悪口じゃない、おれに飯を食わせてるのは誰か聞かれて、すぐ撃ってくるやつって答えた」
「悪口の意味を知らないみたいだね、オリバー。また躾直しかな」
「本当のことだろ……」
再び足を蹴られ、オリバーは謝った。なんだか理不尽だなとも思ったが、黙ってホットドッグを咀嚼した。
その二人の様子を、ベティは影から眺めていた。再びそっと奥に引っ込み、店主である父親の傍へと歩いて行った。父親は娘を見下ろし、できるか、と短く聞いた。
「うん、大丈夫だよ、パパ」
父親は何度か首を縦に揺らし、腕を差し出した。ベティはその手に握られていたダガーナイフを受け取った。
大丈夫だよパパ。言い聞かせるように繰り返しながら、エプロンの内側へと忍ばせた。
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