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「ここ、昔はボーリング場だったらしい」
「確かにそれらしいレーンはあったね、やけにレーン数が少ないけど」
「田舎町だからだと思う」
「オリバー、君はここが運営している姿を見たことはないのかい」
「ない。森を彷徨いてて、たまたま見つけただけ。あ、撃ってくる」
オリバーは身を翻して柱の陰に隠れた。飛んで来た銃弾は、ロベルトのいる柱にめり込んだ。続けてもう二発銃声が響いたが、どちらも大した場所には当たらなかった。
「明らかに素人の狙撃なんだよねえ」
ロベルトは呟き、どうするか、と思いながらオリバーに横目を送る。彼ならば銃弾を避けつつ、狙撃手の元まで辿り着くだろう。自分に同じ芸当は難しいが、銃弾を防ぎながらの接近は可能だ。当然、今いる距離からの狙撃も。
ネックに感じているのは、呟きの通りのことだった。
殺し屋や殺して構わない犯罪者ではなく、何かしらを警戒する一般人であるのならば、殺すわけにはいかない。
「オリバー」
「うん」
「弾を避けながら、狙撃相手のいるところまで向かってくれるかい」
「うん、……ロベルトは?」
「僕も行くよ、相手は殺さないようにね」
オリバーは無言で頷き、柱の陰から躍り出た。その瞬間に飛んで来た銃弾は、オリバーが避ける前にロベルトが狙撃して、弾いた。
一瞬の間があり、焦ったような乱射が行われた。オリバーはことごとく避け、ロベルトは自分に向かって来る銃弾だけを撃ち落とした。二人が狙撃ポイントである、本来ならばボーリングのピンが並んでいた位置までやって来たところで、引き攣った悲鳴が聞こえた。
「ロベルト」
「君はそこにいて」
オリバーを待たせ、ロベルトはレーンの中を覗き込んだ。
腹這いになった一人の男が両方の掌を見せていた。
「す、すみません、見逃してください」
男の狼狽えた様子にロベルトは首をひねった。
「先に撃ってきた癖に傲慢だね、せめて君を見逃す価値を教えて欲しいな」
穏やかに話し掛けるロベルトに対し、男はさっと青ざめる。すみません、銃持ってたから警察かと、許してください。そう震えながら言い訳を始めた姿を眺めたあとに、ロベルトは一旦レーンから出てくるように伝える。
姿を現した男に対し、
「ヨシュア?」
オリバーが言った。男は目を見開いた。
「なんで……、いや、もしかしておまえ、オリバーか……?」
「うん。久し振り、なにしてたんだ?」
「なにって……」
急に歯切れが悪くなるヨシュアの額にロベルトが銃口を突き付けた。悲鳴を上げた様子にやはりただの一般人かとロベルトは思い、ローンウルフを下ろしかけたが、その前にヨシュアは突然崩折れた。
曝け出された腕を見て、ロベルトとオリバーは納得した。
ヨシュアの腕には何度も注射を打った跡があり、青黒く変色していた。
ロベルト達はふらついているヨシュアを連れて、一旦外へ出た。外の空気を吸って幾分か顔色の良くなったヨシュアは、廃墟のボーリング場で隠れてドラッグをやっているのだと白状した。だからロベルト達を、警察や自警団の類だと思い、発砲した。
ロベルトは木に寄り掛かって項垂れているヨシュアから視線を外し、自分の隣にいるオリバーを見る。
「このジャンキーは君の友人?」
「いや、おれのこと殴ってた上級生」
「なるほど、撃ち殺そうか」
また悲鳴を上げるヨシュアに向けてロベルトは楽しげに笑みを浮かべる。
「ジョークだよ、ヨシュアくん。それよりもあのボーリング場のことを教えてくれないかな?」
「え、や、ただのボーリング場跡、ですけど」
「じゃあ、君の使っているドラッグはどこから仕入れているんだい?」
ヨシュアは躊躇うが、ロベルトのライフルに焦点を合わせながら、結局話した。町に唯一あるダイナーにディーラーが訪れる。友人のふりをして接触し、そこから買っている。ダイナーの人間はディーラーが来ていることを知らないはずだ。でも自分も、そのディーラーが何者で、どこから来ているのかは、わからない。オリバーの両親のことを知っていたから、買っているのは自分だけではない。
ここまで話したヨシュアに、ロベルトはストップをかける。
「オリバーの両親、マッデン夫妻のことはわかる?」
「どこにいるか、って、話ですか……?」
「そう。家にはいなかったけど、死んでいない筈でね。知らないかい」
「あ……えっと」
ヨシュアはちらりとオリバーを見てから、
「……警察に連れていかれました」
申し訳なさそうに言った。
ロベルトは眉を寄せたが、オリバーは呆れたような顔をした。
「あいつらが逮捕されるの、遅い気がする」
「いやその、……オリバー、俺もそうは思ってて」
「うん、わかるよ。町のやつ、みんな、迷惑してただろ」
「あーうん、まあそれは本当でさ、だから助かったっつうか……ほら、あそこの山の上のムショに連れてかれたらしいよ」
ロベルトは即座にスマホを出した。素早い動きにヨシュアはまた叫んだが、オリバーはそうか、と呟いた。
『もしもーし、ブラックシープくんでーす。何か用〜?』
「今どこ?」
『……、ムショから帰る途中。マジでどうした』
声と口調を改めたグレイソンは身振りでエミリアに車を止めさせる。
『加勢要請ならエミリア嬢に飛ばしてもらってもすぐには無理だ、刑務所に引き返せってんなら出来る』
「頼みたい」
『いいぜ。エミリア、引き返してくれ』
電話の向こうで返事が聞こえた。ロベルトは山の方向を見やり、遠いな、と確認するように漏らした。
「グレイソン。オリバーの両親が収監されているかを調べて」
『はぁ?』
「それから、中で何を見てきたか教えて」
グレイソンは二秒ほど黙ってから、内部構造や囚人との面会、殺し屋が収監されるフロアなど、一連の流れを説明した。ロベルトはじっと聞いた後に、微妙だな、と所感を述べた。
『あー、やっぱそうだよな。……ほらお前に渡した重要書類あったろ、あそこに載ってたマッデン夫妻の情報も微妙っちゃ微妙だったじゃん』
「処罰理由は明確に書いてなかったね」
『そー、だからなんつーか……俺の勘だけで話すけど、あのムショに収監はされてねえと思うぜ。ただ……』
「組織提携の刑務所なんだから、情報は抜ける筈だよ。得意だろ、グレイソン。変装とか潜入とか暗殺とかさ」
『まあねえ……』
グレイソンは隣に視線を向けた。もちろん、ロベルトにもわかっていた。片側だけの話を聞いていたオリバーも理解した。
『エミリアさん。車を山の奥に放置してその中で待ってるか、俺に変装施されて泣きながらついてくるかどっちにする?』
エミリアの素っ頓狂な悲鳴はオリバーにも届いた。
頑張れ、と祈るしかなかった。
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