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 囚人との面会はつつがなく進んだ。グレイソンは罪状や以前の職業を聞き、囚人は報奨金の着服と殺し屋組織の事務職だと答え、エミリアはとりあえず黙っていた。

 三十分ほどで話は終わり、二人はアンナに連れられて牢を後にした。エミリアは扉が締まり切る前、電気が落とされる直前に振り向いて囚人を見た。感情どころか生気自体が削ぎ落とされた顔の囚人と目が合い、言葉に出来ない不甲斐なさが込み上げた。

「次は殺し屋が収容されているフロアを観に行きましょう」

 朗らかなアンナの声にエミリアは戸惑うが、

「お、待ってました!」

 手を叩いて喜ぶグレイソンを見て何も言わなかった。


 アンナに案内され、三つ上の階へと移動した。収容エリアを見る前にそのフロアの事務室へと二人は連れて行かれ、紙を一枚手渡された。内容は、どの部屋に誰が収容されているかが書かれた簡易図だ。エミリアに詳細はわからなかったが、グレイソンはふっと息をついて笑った。

「うちのババア、ちゃんと収容されてんだな」

 グレイソンはオリビア・ギャリーという文字列を人差し指で弾き、他の部屋もチェックした。半分ほどは聞き齧った名前だった。もう半分に覚えはなかったが、二十年ほど収容されっぱなしの殺し屋もいるとアンナに付け加えられ、頷いた。

「こいつらの誰かはさっきの奴みたいに話せるんです?」

 グレイソンが何気なく聞くと、アンナは頭を振った。

「ミスター、貴方なら万が一襲われてもやり返せるでしょうが、念には念を入れて我々もほぼ接触しないようにしております」

「ふぅん? 食事食わせに行くくらい?」

「そうですね。その時も、戦闘能力の高いスタッフが行います。一度だけあるんですよ、拘束を無理矢理ほどいた囚人が暴れ回ったことが」

「盛り上がりそうなカーニバルだな、次あった時は呼んでくれよ!」

「ふふ、畏まりましたと言いたいのですが、到着までに私が殺してしまうかもしれませんので」

 アンナとグレイソンはそこで笑った。エミリアはとにかく早く帰りたいと思った。

「さあ、行きましょう。収容エリアに設置している管理室から、各部屋の様子も監視カメラ映像で覗けます」

 歩き出したアンナに、二人は従って着いていく。収容エリアを貫く廊下は薄暗く、左右に続く扉は分厚く重い。扉近くに囚人名は書いていなかった。万が一脱走した誰かが、名前を見て有用な殺し屋を解放しないようにだと、アンナが説明した。

 監視カメラ映像はそれなりに鮮明だった。暗所用の赤外線カメラであるため白黒だったが、拘束されて身動ぎひとつしない囚人を映すには充分だ。モニターは六分割されており、十秒ごとに切り替わる。グレイソンは暫く眺めていたが、どれが誰かはわからなかった。頭を覆うように取り付けられた拘束具により顔の判別はまるでつかない。

 同時に、これならババアは脱獄なんて出来ないだろうと納得する。グレイソンはモニターから目を離し、アンナから刑務所のパンフレットを貰っているエミリアにそろそろ行くかと声を掛ける。顔を上げたエミリアは、もう良いんですか、と躊躇いつつ聞き返す。

「おー、どんな感じで収容されてるかはわかったしな。多分他のフロア観に行っても同じだろ、食事を用意する厨房は見なくても知れてるし……まー、視察って言っても形だけの話だよ。帰って特訓でもしようぜ」

「特訓?」

「俺の弟子だろ? 忘れんなって!」

 エミリアはその設定を完全に忘れていた。しどろもどろになりながら頷き、出口までお見送りしますと言ったアンナに促され、グレイソンと共に刑務所から出た。外は晴れていて、風が強い。エミリアは出口に立って見送っているアンナを振り返り見て、ありがとうございましたと頭を下げてから、ふと気付いた。

「あちらの建物は?」

 敷地内にはもう一つ建物があった。刑務所より幅は小さいが、五階建てで、各階には規則的な窓が続いていた。先を歩いていたグレイソンが振り返り、エミリアの視線を追った。アンナはそちらを見なかった。

「あれは、我々スタッフの寮です」

 アンナの説明に、グレイソンは感心したように口笛を一吹きする。

「そりゃそうか、こんなとこまで通勤しに来るのは手間だしな」

「そういうことです。ご覧になりますか?」

「あーいや、かなりプライベートだろうし、そこまではいいや」

 グレイソンが引き下がると、アンナは一礼して一歩下がった。二人は見送られながら車に戻り、エンジンをかけ、刑務所をゆっくり後にした。

 ちらとバックミラーを覗いたエミリアは、アンナがずっと同じ場所に立っていると気付いた。

 見送るというよりは監視みたいだと感じ、横目でグレイソンを見る。彼は前を向いたまま口を開いた。

「多分、重要なところは見せなかったな、あれ」

「……、そう思われますか?」

「思う。……思うけど、なんつーか……種類の違う銃のパーツ渡されて、これで組めって言われたような感じする。つまり、なんもわかんねえ」

 エミリアは苦笑出来なかった。山道を降りながら囚人との面会や白黒の赤外線カメラ映像を思い返してから、なぜこの刑務所はこの地に、オリバーの故郷である土地の山にあるのだろうかと疑問を浮かべた。

 そして、オリバーとロベルトの方は上手くいっているだろうかと、ほんの少し不安を覚えた。

 二人は今、オリバーの案内で訪れた建物の中にいた。

 入るなり狙撃され、様子見をしながら応戦している最中だった。

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