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一応とでも言うように設けられた山道を一台の車が走っていく。運転席でステアリングを握るエミリアは、もう一時間ほど経ったなと車の時計を確認した。十二時を過ぎた頃で、空腹を感じた。隣から、見計らったようにサンドイッチが差し出された。
「ありがとうございます。……、全然着かないですね……」
受け取りつつぼやけば、助手席でグレイソンが笑い声を上げた。
「山頂だからな〜、でも話は通してあるから正門から入れるぜ!」
「組織提携の刑務所なんでしたっけ?」
「そーそー、うちが管理してるし殺さなかった極悪犯をブチ込むための場所」
エミリアはサンドイッチを齧り、咀嚼してから、不思議に思って首を捻る。
「でも、入っているのはほとんど殺し屋さんだとも仰ってましたよね?」
ザッツライト! とグレイソンが元気よく返事をする。エミリアは少し身を引きつつ、
「極悪犯になった殺し屋さん用の、刑務所です……?」
問い掛けてみると、立てた親指が突き出された。
「まーぶっちゃけ俺は殺しちまえば? って思ってんだけど」
「そ、そうですか」
「でもなー、自分の母親ブチ込んでみて思ったけど、必要なとこなのかもしんねえな……」
「……えーと……あの……そうですね、私ももし肉親が入っているのなら、会いに来られる方が」
「あーいや、殺して楽にするよりブチ込んで長く苦しませる方がいいと思って」
エミリアは口を閉じた。グレイソンにしろロベルトにしろ、殺し屋の感覚が未だにまるで掴めないと、内心で汗をかいた。
エミリアが担当する殺し屋の中で、オリバーだけがまともだ。彼は自分側の人間、人の命を自分の手で奪うことにはどうしても抵抗があるのだろうと、前回の二人での仕事で深く感じた。でもそんなオリバーだって、名目は殺し屋だ。根本的に自分とは違うのかもしれないとエミリアは思う。違ったからと言って仕事は辞めないし、オリバーやロベルト、隣で口笛を吹き始めたグレイソンのことを気味悪く思うわけでもない。単純に怖いだけだ。明日には仕事で殺され、二度と挨拶出来ないところへ行ってしまうかもしれないと、感じるだけだ。
前方に、横長の白い建物が見えた。勾配が多少なだらかになり、エミリアはギアを一段階上げる。正門はあっち、とグレイソンが指示した。言われるまま車を進めていくと、厳重な塀に囲まれた刑務所の全容が現れた。
「なあ、エミリア・ミラー女史」
「え、は、はい?」
「刑務所内の視察って名目で来てんだよ、俺」
「あっ、お母様との面会じゃないんですか」
「しねえよあんなババア。まーそんで、エミリアさんだけを車に残していくとさあ、ロベルト側からの依頼を反故にしかねないわけ」
「えっと、組織を追われた殺し屋さん達が、組織に雇われたままの私を逆恨みして襲ってくるかもしれない……という?」
それ、と言いながらグレイソンは歯を見せて笑う。
「悪いんだけど俺から離れないで欲しいわけ。だからエミリアさんも俺と一緒に刑務所内に来てくれる?」
「かしこまりました、そのくらいなら全然」
「ドライバー同伴は許可降りなかったから、俺の弟子の殺し屋ってことにした」
「……、わ、わかりまし」
「これ渡しとくよ」
グレイソンが何かをエミリアの膝へと置いた。重さに引きながら、視線を落とす。黒光りするミドルサイズのハンドガンには、弾が限界まで詰められている。
「う……撃ったことないです……」
「万が一なんかあったら俺が殺すから心配すんなよ!」
エミリアは歯切れ悪く了解し、辿り着いた正門前で車を一旦止めた。寄ってきた門番には車を降りたグレイソンが説明に行き、エミリアはその間にハンドガンを持ち上げ、悩み、懐へ収めることにした。
刑務所内は管理されており、綺麗だった。案内役と言って傍についた年配の女性はにこやかで、エミリアはなんとなくほっとするがグレイソンは目を見開いた。引退したと言われていた、手練れの殺し屋だった。そんなことは知らないエミリアは、女性ことアンナ・フローレスの説明に聞き入り、手渡された刑務所マップを熱心に見つめていた。
「では、内部をご案内致します」
歩き出したアンナについていきながら、グレイソンは周囲を見回した。今は管理側、スタッフが使用するエリアにいて、内装は極シンプルだ。刑務所というよりは、研究所や管理局の雰囲気がある。すれ違うスタッフはスーツや看守服を着用しているが、殺し屋ばかりだとグレイソンにはわかった。
「俺も引退後はここで雇ってもらえねえかなー」
グレイソンの呟きに、アンナがニッコリと笑った。
「ブラックシープ氏なら喜んで雇いますよ」
「お、マジです? じゃあ候補に入れといてくださいよ」
「その時が来たら、是非ご相談ください」
アンナは笑ったまま、廊下の突き当りにある扉前で立ち止まる。
「こちらから先が囚人管理のエリアです」
暗証番号を入れ、スタッフ用のパスで解錠し、先に立って歩き出す。明らかに嫌がるエミリアを見下ろし、グレイソンはちょっと笑った。大丈夫だと意味を込めて肩を叩き、エミリアが真ん中になるよう、先に行かせた。
「な、なんだか、私が想像していた刑務所と違います……」
エミリアは周りを見渡しながらぽろりと漏らした。グレイソンも、概ね同じ感想ではあった。
囚人である殺し屋達が入る牢は重い扉に閉ざされて、廊下から内部が一切見えない。
刑務所ではなく、閉鎖病棟のようだとグレイソンは思う。
「同室にすると殺し合いますし、扉を蹴破る囚人もおりますし、そもそも罰を与える施設ですので部屋の中は真っ暗闇です」
アンナは説明しつつ、一つの扉前で立ち止まる。部屋番号と囚人名の書かれたプレートが扉横に取り付けられており、グレイソンは氏名を確認するが特に知っている相手ではなかった。
先程と同じようにアンナが扉の解錠にかかる。一歩下がったエミリアの背中を支えつつ、グレイソンはアンナに大丈夫なのかと話し掛ける。
元殺し屋の管理人は穏やかに笑ったまま二人を交互に見た。
「こちらの囚人は協力的で、もうじき刑期を終えて出所します。今回の視察についても話をし、面会に了承も得ておりますので、ご安心を」
「あー、いや、囚人の牢? に、フツーに入るのは危ないんじゃ?」
「あら、問題ありませんよ」
ガチャリ、と扉が開かれる。出かけた悲鳴を飲み込んだエミリアは、無意識にグレイソンのコートを掴んでいた。
中はアンナの言った通りに真っ暗だった。彼女が手元の端末で操作すると、部屋の電気がぼんやりとつき、グレイソンはつい眉を寄せた。
囚人は中にいた。壁に立ったまま拘束されていて、全身に拘束具がつけられていた。食事は流動食が一回、部屋の電気はその時にしか点かず、排泄は繋がった管越しで、娯楽もなにもない暗闇の中で延々と立ち尽くしている。囚人は皆そのような状態だとアンナが話し、口元の拘束具を取られた囚人本人もそうだと掠れた声で言った。
エミリアは絶句し、完全に引いていた。グレイソンは、あーこれは死んだ方がマシな収監方法だなと、納得せざるを得なかった。
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