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オリバーの故郷はまだ辛うじて潰れていなかったが、人口は以前よりも減っていた。オリバーには、見ただけでわかった。建物の数が減っており、道を歩く住人は少なく、一様に暗い顔だ。一軒だけあったダイナーはまだ同じ場所にあり、営業も行っているが、今はクローズの札が下がっていた。定休日のようだと、オリバーが言った。ロベルトは頷いてから、ふと隣を見た。
「君は、ダイナーの娘と懇意だったよね」
「ベティのことか? 一番気にかけてくれたのは、ベティだと思うけど」
ピントのずれた答えに、ロベルトはやれやれと肩を竦める。
「諸々調べて帰ったら、女性の扱いを教えるよ」
「な、なんだそれ、別にいい」
「君は以前、オリビア……グレイソンの母親を気にしていたっけ」
「してねえよ!」
「何にせよオリバー、ベティは君を異性として好きだったと思うよ。今言っても仕方ない話かもしれないけれどね」
ロベルトは話を切り、道行く住人へと目を向ける。かち合った視線はすぐに逸らされた。ロベルトは微かに笑みを浮かべ、ダイナーの方向を見つめているオリバーの背中を叩いた。
「そっちは後だ。君の家への挨拶が先だよ」
「……、わかってる」
オリバーは一歩前に出て、こっち、と言いながら、道とも言えないような荒れた路地を進む。ロベルトは後ろをついて歩きつつ、肩からかけたライフルをすぐに撃てるよう持ち直した。
町の人間ではないオリバーとロベルトは警戒されている。つまりは、自分達も警戒すべきだ。
オリバーの知り合いを撃ち殺すことになろうが死ぬわけにはいかないと、ロベルトは胸の内で呟いた。
やがて辿り着いたオリバーの家は廃墟同然だった。人の気配はなく、窓ガラスは割れ落ちており、家の周りには雑草が無尽蔵に生えていた。
「……中、誰もいないんじゃねえか……?」
「どうだろうね。まあ、見れば良いだけだよ」
ロベルトはオリバーの横を擦り抜けて歩き、外れかけている玄関から踏み入った。遅れて、オリバーも家に入る。中は家周りと同じく荒れていた。人の住める様子ではない。マッデン夫妻は別の場所に移ったのかと、ロベルトはタイミングの悪さに溜め息をついた。
隣に立ち止まったオリバーの表情をちらりと確認する。困惑しているがショックは浮かんでいない。
その様子に無意識に安堵しつつ、家の中を見渡した。棚を見つけると歩み寄って中を探った。いないのであれば、家探しには好都合だ。手紙や書類といったものは特別見当たらなかったが、写真が一葉、引き出しの一番奥に押し込まれていた。
男と女と赤ん坊という取り合わせの写真だ。オリバーの両親ではなかったが、家にあったからには関連する人物だろうとロベルトは思う。近づいて来たオリバーに見せ、何なら確認させようと手渡しかけるが、やめた。
オリバーが眉を寄せ、
「こんな住人は、いなかった」
と、困惑を乗せたまま言い放ったからだ。
「いない? じゃあ、出入り業者や旅人……外から来た客としての見覚えは?」
「……ない……と、思うけど」
「でもこの家にあるんだから、何か関わりはあるはずなんだけどね。他にも資料がないか探してみようか」
「いや……待て、この写真の背景の場所なら、わかるかもしれない」
ロベルトは今度こそ写真を手渡した。オリバーはじっと写真を見つめてから、少し距離があるから先に家の中を探そうと言った。ロベルトに反論はなく、二人は一時間ほど中にいた。あまり良い手掛かりは見つからなかったが、転がっている注射器や封の空いた個包装のビニール、焦げたアルミホイルやスプーンなどは散見された。
「親、いつも何かしら、やってたよ。おれはあんまり、親と話した記憶、ない。……世界で一番おれと話してるのは、ロベルトだと思う」
オリバーの独り言じみた呟きにロベルトは苦笑して、労うように肩を抱いた。そして考えた。ぼんやりとだがずっと疑問に思っていた事柄の輪郭が、掴める段階に来ていると確信した。
「オリバー」
「ん」
「君の両親、多分だけれど、君の本当の親じゃないよ」
オリバーはばっと顔を上げてロベルトを凝視した。ロベルトは目を細め、肩から手を離し、マッデン宅から抜け出した。
「ロベルト。もっとちゃんと、説明しろよ」
追い掛けて来た飼い犬を振り向き見て、写真の場所へ行こうと告げてから、ロベルトは緩く首を振った。
オリバーはロベルトの背中で揺れる長髪をなんとはなしに目で追ってから、隣に並んだ。肩を並べて、歩き始めた。昼が近付き外は明るい。
写真の場所は町の外れで、以前は牧場があった地帯の手前、オリバーの家とは真逆の位置にある廃工場だ。オリバーはそう話してから、次はそっちが話せと視線で促した。
ロベルトは人差し指を曲げ、険しい顔になっているオリバーの額を強めに弾いた。
「いっ、てえ!」
「もっと可愛い顔をしていてくれ、僕の飼い犬なんだから」
「わかんねえよ、なんだよそれ」
「今の不貞腐れた顔で構わないよ、そのまま聞くんだ。……君の親がかなり上位の殺害対象になっている理由だけど、やっと仮説がまとまってね。違和感はあったんだ。まず、単純に君の両親と君は似ていない。でもそんなものは感想の域を出ない薄弱さだ、僕が気にしたのは次の事項。何故僕が君を連れ帰ったあと、探しもせずにこの町に住み続けているのかという部分だ」
路地を抜け、町の裏通りに出る。そのまま突っ切って二人の滞在する小屋とは逆方向の森へと入り、オリバーは獣道を選んで指差して、ロベルトは了承の意味で笑みを浮かべた。
「ダイナーの娘さんの話だけれど、さっき振ったのは、彼女だけが君を探した痕跡を残していたからなんだ」
「そうなのか?」
「うん、必要ないから話していなかった。君を連れ帰られると困るしね」
「……、ベティに頼まれても、おれ、ロベルトのところに残るけど」
「それは今だからという結果論でもあるだろう」
オリバーは言葉に詰まり、結局黙った。ロベルトは先を歩く背中を見つめながらまた口を開く。
「君の親はろくに働いてなかったんだろう?」
「うん、大体、酒飲んでるかクスリやってるかだった」
「その金はどこから出ていたんだい」
「え、……どこ……だろ」
「僕はねオリバー」
ロベルトは一瞬躊躇った。
「例えば……君を引き取ったときに受け取る資金、その類の金の浪費だったんじゃないかと、思うんだ」
肩越しに振り向いたオリバーと目が合ってから、静かな声で口にした。
ロベルトの推論はある程度は当たっていた。マッデン夫妻はオリバーと血縁関係がなく、使い込んだ金は所謂養育費のようなものだった。
しかし養育費そのものではない。
オリバーもロベルトもまだ知らないまま、写真に映っていた無骨な建物に辿り着く。開けた場所に建っているその建物からは横に広がる山脈が見えた。
グレイソンとエミリアが、山頂に建つ刑務所へと向かっている最中だ。
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