3

 オリバーの故郷はまだ辛うじて潰れていなかったが、人口は以前よりも減っていた。オリバーには、見ただけでわかった。建物の数が減っており、道を歩く住人は少なく、一様に暗い顔だ。一軒だけあったダイナーはまだ同じ場所にあり、営業も行っているが、今はクローズの札が下がっていた。定休日のようだと、オリバーが言った。ロベルトは頷いてから、ふと隣を見た。

「君は、ダイナーの娘と懇意だったよね」

「ベティのことか? 一番気にかけてくれたのは、ベティだと思うけど」

 ピントのずれた答えに、ロベルトはやれやれと肩を竦める。

「諸々調べて帰ったら、女性の扱いを教えるよ」

「な、なんだそれ、別にいい」

「君は以前、オリビア……グレイソンの母親を気にしていたっけ」

「してねえよ!」

「何にせよオリバー、ベティは君を異性として好きだったと思うよ。今言っても仕方ない話かもしれないけれどね」

 ロベルトは話を切り、道行く住人へと目を向ける。かち合った視線はすぐに逸らされた。ロベルトは微かに笑みを浮かべ、ダイナーの方向を見つめているオリバーの背中を叩いた。

「そっちは後だ。君の家への挨拶が先だよ」

「……、わかってる」

 オリバーは一歩前に出て、こっち、と言いながら、道とも言えないような荒れた路地を進む。ロベルトは後ろをついて歩きつつ、肩からかけたライフルをすぐに撃てるよう持ち直した。

 町の人間ではないオリバーとロベルトは警戒されている。つまりは、自分達も警戒すべきだ。

 オリバーの知り合いを撃ち殺すことになろうが死ぬわけにはいかないと、ロベルトは胸の内で呟いた。


 やがて辿り着いたオリバーの家は廃墟同然だった。人の気配はなく、窓ガラスは割れ落ちており、家の周りには雑草が無尽蔵に生えていた。

「……中、誰もいないんじゃねえか……?」

「どうだろうね。まあ、見れば良いだけだよ」

 ロベルトはオリバーの横を擦り抜けて歩き、外れかけている玄関から踏み入った。遅れて、オリバーも家に入る。中は家周りと同じく荒れていた。人の住める様子ではない。マッデン夫妻は別の場所に移ったのかと、ロベルトはタイミングの悪さに溜め息をついた。

 隣に立ち止まったオリバーの表情をちらりと確認する。困惑しているがショックは浮かんでいない。

 その様子に無意識に安堵しつつ、家の中を見渡した。棚を見つけると歩み寄って中を探った。いないのであれば、家探しには好都合だ。手紙や書類といったものは特別見当たらなかったが、写真が一葉、引き出しの一番奥に押し込まれていた。

 男と女と赤ん坊という取り合わせの写真だ。オリバーの両親ではなかったが、家にあったからには関連する人物だろうとロベルトは思う。近づいて来たオリバーに見せ、何なら確認させようと手渡しかけるが、やめた。

 オリバーが眉を寄せ、

「こんな住人は、いなかった」

 と、困惑を乗せたまま言い放ったからだ。

「いない? じゃあ、出入り業者や旅人……外から来た客としての見覚えは?」

「……ない……と、思うけど」

「でもこの家にあるんだから、何か関わりはあるはずなんだけどね。他にも資料がないか探してみようか」

「いや……待て、この写真の背景の場所なら、わかるかもしれない」

 ロベルトは今度こそ写真を手渡した。オリバーはじっと写真を見つめてから、少し距離があるから先に家の中を探そうと言った。ロベルトに反論はなく、二人は一時間ほど中にいた。あまり良い手掛かりは見つからなかったが、転がっている注射器や封の空いた個包装のビニール、焦げたアルミホイルやスプーンなどは散見された。

「親、いつも何かしら、やってたよ。おれはあんまり、親と話した記憶、ない。……世界で一番おれと話してるのは、ロベルトだと思う」

 オリバーの独り言じみた呟きにロベルトは苦笑して、労うように肩を抱いた。そして考えた。ぼんやりとだがずっと疑問に思っていた事柄の輪郭が、掴める段階に来ていると確信した。

「オリバー」

「ん」

「君の両親、多分だけれど、君の本当の親じゃないよ」

 オリバーはばっと顔を上げてロベルトを凝視した。ロベルトは目を細め、肩から手を離し、マッデン宅から抜け出した。

「ロベルト。もっとちゃんと、説明しろよ」

 追い掛けて来た飼い犬を振り向き見て、写真の場所へ行こうと告げてから、ロベルトは緩く首を振った。

 オリバーはロベルトの背中で揺れる長髪をなんとはなしに目で追ってから、隣に並んだ。肩を並べて、歩き始めた。昼が近付き外は明るい。

 写真の場所は町の外れで、以前は牧場があった地帯の手前、オリバーの家とは真逆の位置にある廃工場だ。オリバーはそう話してから、次はそっちが話せと視線で促した。

 ロベルトは人差し指を曲げ、険しい顔になっているオリバーの額を強めに弾いた。

「いっ、てえ!」

「もっと可愛い顔をしていてくれ、僕の飼い犬なんだから」

「わかんねえよ、なんだよそれ」

「今の不貞腐れた顔で構わないよ、そのまま聞くんだ。……君の親がかなり上位の殺害対象になっている理由だけど、やっと仮説がまとまってね。違和感はあったんだ。まず、単純に君の両親と君は似ていない。でもそんなものは感想の域を出ない薄弱さだ、僕が気にしたのは次の事項。何故僕が君を連れ帰ったあと、探しもせずにこの町に住み続けているのかという部分だ」

 路地を抜け、町の裏通りに出る。そのまま突っ切って二人の滞在する小屋とは逆方向の森へと入り、オリバーは獣道を選んで指差して、ロベルトは了承の意味で笑みを浮かべた。

「ダイナーの娘さんの話だけれど、さっき振ったのは、彼女だけが君を探した痕跡を残していたからなんだ」

「そうなのか?」

「うん、必要ないから話していなかった。君を連れ帰られると困るしね」

「……、ベティに頼まれても、おれ、ロベルトのところに残るけど」

「それは今だからという結果論でもあるだろう」

 オリバーは言葉に詰まり、結局黙った。ロベルトは先を歩く背中を見つめながらまた口を開く。

「君の親はろくに働いてなかったんだろう?」

「うん、大体、酒飲んでるかクスリやってるかだった」

「その金はどこから出ていたんだい」

「え、……どこ……だろ」

「僕はねオリバー」

 ロベルトは一瞬躊躇った。

「例えば……君を引き取ったときに受け取る資金、その類の金の浪費だったんじゃないかと、思うんだ」

 肩越しに振り向いたオリバーと目が合ってから、静かな声で口にした。


 ロベルトの推論はある程度は当たっていた。マッデン夫妻はオリバーと血縁関係がなく、使い込んだ金は所謂養育費のようなものだった。

 しかし養育費そのものではない。

 オリバーもロベルトもまだ知らないまま、写真に映っていた無骨な建物に辿り着く。開けた場所に建っているその建物からは横に広がる山脈が見えた。

 グレイソンとエミリアが、山頂に建つ刑務所へと向かっている最中だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る