6

「任務お疲れさまだったね、帰ろうか」

 オリバーに向けて朗らかに話すロベルトに対し、

「私は戻るぞ」

 カインは声を掛けて踵を返すが、

「あ、待って、そこの人」

 オリバーが呼び止めた。エミリアは困り、とりあえずアレスの隣にしゃがみ込み、帰りたい……と思いながら黙っていた。

 オリバーは立ち止まったカインに向き直る。改めて眺めても、やはり見覚えのない男だ。折り目正しいスーツと後ろへ撫でつけた茶髪のオールバックが生真面目な印象を齎している。オリバーは、なんとなく苦手に感じた。一方でカインはほんの僅かに目元を和らげた。

「何か用かな、マッデン氏」

 丁寧な口調にオリバーは不意をつかれつつ、

「いや、あの、……標的、持って帰って来たんだけど、置いていっていい?」

 トランクを指差し聞いた。カインはちょっと驚いた。

「持って帰って来た?」

「あ、うん」

「殺さなかったのかい、オリバー」

 割り込んできたロベルトに対し、オリバーは頷いた。ロベルトは何度か頷き、車に向かって歩き始める。慌てて立ち上がったエミリアが、車のトランクを即座に開けた。中に詰め込まれたままの標的は、散々繰り返された激しい運転により、完全に気絶したままだった。

 ロベルトは標的を引き摺り出し、適当な位置に転がした。横掛にしていたライフルを構え、額に銃口を突き付けるが、思案の後に撃たずに下ろした。

「カイン」

「今度はなんだ」

「処遇は任せるよ」

 カインは肩を竦め、わかった、と短く応じた。刑務所を逃げ出したとされていた標的だが、本当のところは以前に切られた元社員だ。オリバー達の能力の見極めに使われただけの、流れの殺し屋だった。道中で襲い掛かってきた殺し屋達もだ。

 この一連はロベルトが主導していたが、カインも噛んではいた。そのため、後始末をする義理はある。

 オリバーが殺さず連れ帰ってきたこと自体は予想外だった。

「じゃあ、今度こそ帰ろうかオリバー。エミリア、送ってくれるかい」

「へっ、あっ、はい!」

 エミリアはただちに運転席へと滑り込む。いつもの車ではないが、ロベルトは特別何も言わず後部座席へ乗り込んだ。

 オリバーは車に向かう前に、再びカインを見た。カインは首を傾け、オリバーを見つめ返す。少年だと思っていたが、背丈はロベルトと変わらない。人を真っ直ぐに見る瞳が印象的だとカインは評する。

「行かないのか」

「行く、けど」

「何か言いたいことが?」

「うん、あの……おれじゃないスポッター、初めてまともに、見たから」

 何のことだとカインは訝るが、双眼鏡を覗いていたことを思い出し、そういうわけではないと先に言う。

「だが、スポッターをしていたことは、あるよ」

「昔の話?」

「ああ、私の父親が生きていたときの話だ」

 オリバーは返事に困り、聞いてごめん、と素直に謝った。カインは首を振り、車に行くよう促した。大人しく車に乗り込んだ姿を見てから、転がったままの標的を担ぎ上げ、本社ビルの中へと消えて行った。

 ロベルトの隣にオリバーが落ち着いてから、車は発進した。アレスは助手席で丸くなっている。オリバーは息をつき、大変な一日だったと振り返る。隣に横目を送ると、視線は瞬時に合わさった。

「カインと何を話してたんだい」

「別に……」

「僕からは話があるよ」

「うん、なに」

「オリバー、君のいた町を見に行こう」

 オリバーは口を閉じた。ロベルトは穏やかに微笑み、帰ってから詳しく話すよ、と一方的に話題を切った。

 二人は黙り続けた。車はその間に、いつも通りの道をいつも通りに走っていった。



(スケアクロウ・終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る