アンダードッグ

1

 オリバーの故郷に向かう日は直ぐに訪れた。晴れていて、いい日差しの旅行日和だ。旅行気分ではないけどなと、オリバーは思った。ロベルトはいつも通り、穏やかに笑っていた。

「オリバー、改めての話なんだけれど」

「うん、何」

「僕が君を拾った日も、僕自体は一応仕事と……その時も、師匠に関する手掛かりがあると踏んでの来訪だった。今更戻る必要もないと思っていたけど、あそこにはやっぱり何かあるみたいだね。そしてそれは恐らく、君の親が関わっている」

「おれの親……って言われても、まだ生きてんのかな」

「生きてるよ。彼らは未だあそこにいると、僕は思う。ついでに、最重要殺害リストに君の両親の名前が載ってるんだ。ただしかなり前のもの、君がまだあの町にいた頃のデータだ」

「えっ? ……いや、どういうこと?」

「そのままの意味だよ。ねえエミリア」

「ひえっ、振らないでください!」

 エミリアはステアリングを握る手に力を込める。本日も労働で、今回は泊まりだよと朗らかに告げられ断りかけたが、報酬が倍額であると付け足されて、結局車を走らせている。

 溜め息を我慢しているエミリアに対してロベルトはやはり笑う。オリバーはその様子を尻目にしながら、眉を寄せたまま口元を手で覆う。ロベルトを諌めるような余裕がない。考えることが、多すぎた。

 先日、エミリアと共に行った任務がロベルトの仕込みだった話は、本人から直接聞いていた。その時にオリバーの住んでいた町へ戻り、調査をし直す必要があるとの旨を話され、ロベルトのずっと探している師匠に関する話だと言われて頷いた。

 同時に、自分の親に関することでもあると知った。ヤクばかりやっていた会話もままならないクズの親が、本当に何かに関わっていたのかどうか。オリバーには想像もつかなかったが、カインの寄越したデータによれば、事実だった。

「あの……ロベルトさん」

 エミリアが恐る恐る声を掛ける。オリバーは思案を止め、ロベルトは顔を上げた。

「なんだい、エミリア」

「お聞きしたいことが……」

「もちろん、なんでも聞いて」

「じゃあ、その……」

 エミリアは息を吸い込み、

「この方は、どちら様で……?」

 助手席に視線を向けつつ聞いた。バックミラーを覗いたオリバーには、ひらひらと手を振るナイフ使いの姿が見えた。じっと黙っていたのが不思議なくらい、普段はよく喋る男だ。

「君に紹介したことなかったね、そういえば」

「あ、はい、はじめましてです」

「そうか、じゃあ自分で挨拶して」

 エミリアは固まるが、ロベルトの視線は別方向を見る。

 視線を受け、

「俺はグレイソン・ギャリー! 護衛を任されてさ、よろしくなエミリア!」

 グレイソンは明るく挨拶した。エミリアは若干引きつつ、明朗な立ち振る舞いには多少安堵しつつ、よろしくお願いします、と頭を下げた。

「でも護衛って、オリバーさんもロベルトさんも、相当お強いと思うのですが」

「あの二人はほっといても死なねえよ、俺が護衛すんのは二人のドライバー。つまりあんた」

「あっ、そうな、ん、……、え?」

 エミリアはぱっとバックミラーを確認する。相変わらず不気味に微笑んでいるロベルトがいた。オリバーは、口元に手を当てたまま黙っていた。

 説明を求めたエミリアは、悩みに悩んで結局隣に視線をやった。

「グレイソンさん、その、どういう」

「ロベルトとオリバーは二人で町の中を調べるんだと。で、町は異様に排他的な田舎だから、車とドライバーは入れねえわけ。エミリアさんはちょっと離れたとこで待つ羽目になるし、どのくらい時間がかかる調査なのか不明瞭な挙げ句にあんたらって組織が切った殺し屋に狙われたりすんだろ? それの護衛だってよ、断っても良かったけど、まー俺もちょっとした用事があるんでついでに来た」

 至極わかりやすく、丁寧な説明だった。エミリアはそう感じた。ほぼ何も教えてくれないロベルトや、どうしても口数の少ないオリバーと比べれば、当然でもあった。

 ありがとうございます、と改めて頭を下げる。ステアリングを握り、まだまだ続く道程へと意識を向け直してから、

「グレイソンさんもお強いんですね」

 何気なく言った。グレイソンは笑いながら頷いた。

「昔はよくロベルトと殺し合ったんだよな! あいつ容赦ねえから銃痕できちまったよ、見る?」

「僕も切り傷が痕になってるよ。塞がるように切らないからだね、下手クソ」

「昔より上手いぜ、試す?」

「口の前に手を動かせよ」

「ロベルトもグレイソンもやめろって……」

 銃とナイフを向け合い始める二人と、仲裁のために思案を止めたオリバーの様子をバックミラー越しに見ながら、エミリアは半泣きになった。帰りたい。そしてグレイソンもやはり何かがおかしい。そう納得して、出来る限り気配を消しながら運転を続行した。

 早く着きますようにと祈り、夜になる頃にはあと数十分の距離にまで近付いた。

 エミリアはほっとしたが、その頃には別の不安が込み上げていた。

 いい思い出の少ない故郷へと向かうオリバーが黙り込む姿はともかく、ロベルトやグレイソンもほとんど口を開かず、それぞれに何かを考えている様子だった。

 エミリアには誰の気持ちも汲み取れない。ロベルトが居なくなったコーデリアについての情報を精査していることも、グレイソンが目的地と同じ土地にある山頂の刑務所を訪ねようとしていることも、わかりようがなかった。

 車は森に囲まれた田舎町へと進んでいった。変わらないとこだなと呟いたオリバーに、特に誰も返事はしなかった。

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