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「オリバーさん!」
エミリアの叫び声とほぼ同時に武器が振り下ろされた。オリバーは上段蹴りでそれを払い除け、側転をするように地面へと腕をつく。振り上がった足が相手の顎を容赦なく砕いた。飛び散った血液を、オリバーは見て避ける。
倒れた男の顔を一応覗いたが、まったく知らない男だった。車を降りたエミリアも確認のために呼び、知り合いかどうか問い掛けるが首は横に振られる。
オリバーは困った。トランクに詰めた標的は何かしらのグループの一員ではない単独犯であり、仲間が奪い返しに来たとは考えにくい。この裏路地自体は治安が悪いため、アウトローがわざわざ騒ぎに突っ込んで来たのだとしても、もっと奇襲らしい方が良いのではとオリバーは思う。だからこの男が、なんのために飛び出してきたのかわからない。
でも思い出したことはある。
「エミリア、車の屋根、乗ってもいいか」
「え、はい」
「乗ったら、そのまま移動して欲しい」
「え!」
「頼む」
エミリアは不安を現すように両手を上下させながら、
「……また、前の高速道路みたいなことを……?」
オリバーの思い出していることを当てた。オリバーは頷き、周辺をぐるりと見渡した。
「何人かいる。同じようなのかわからないけど、多分、襲ってくる」
「そ、そんな」
「おれ、なんとか交戦するから、エミリアはなんとか……」
「……止まらず運転、ですか?」
「うん、ごめん」
エミリアは半泣きの顔になるが、了解してからオリバーの目を真っ直ぐに見上げる。何も言わないまま、オリバーは頷いた。以前は然程身長が変わらなかったが、今ではすっかり見下ろしていた。
オリバーとエミリアは手短に帰還ルートについて話し合い、運転席と屋根にばらけた。オリバーは屋根に登る前に小石や空き缶などのゴミをいくつか拾い、安定した位置に乗ってから屋根をコンコンと叩く。車は安全に発車した。その瞬間に飛んできた銃弾を、オリバーは蹴り飛ばした空き缶で跳ね返した。同じことを小石でも行い、エミリアへの狙撃をどうにか防ぐ。
「ロベルトがいればな……」
つい呟く。安全圏にいるスナイパー相手は、やはり遠距離武器の方がいい。オリバーは溜め息をつきながら身を低くして天井に張り付く格好になる。車が路地裏を抜ける直前、廃墟から飛び降りた男が屋根へと落ちてきたが、即座に足払いをかけて転ばせた。そのまま下へ落とすつもりだったが、相手は手に持つ銃を投げ出して車の屋根に掴まった。
「エミリア!」
オリバーが叫ぶと車が急角度でカーブした。相手の体が不意の遠心力でぐらつく様子を確認して、回し蹴りを同時に入れて車の上から吹き飛ばした。落ちた、と声をかけると、生きてますように、と返ってきた。
大通りが近い。目立つ場所で派手な動きはないだろうとオリバーは思い、窓から助手席へと乗り込んだ。エミリアは横目を向けて、目立った怪我がないことを確認し、安全運転のためすぐに逸らす。オリバーは一息ついてから、フロントガラス越しに車の行き交う通りを見つめた。
「エミリア、おれはちょっと考えたんだけど」
「? なんでしょう」
「さっき襲ってきた何人か、おれだけじゃなくて、エミリアも狙ってる雰囲気でさ」
「えっ……」
エミリアは青くなりながら大通りへと車を進め、
「あっ、でも、殺し屋さんの足をなくさせるって理由で狙われることありますし……」
今までの仕事を思い出しつつハンドルを握り直す。オリバーは頷いてから、それもあるだろうけど、と眉根を寄せた。
「はじめは、トランクに積んでる標的の仲間とか、何かあったときに助けてくれって依頼してたとか、そういう理由で襲ってきたのかと思った」
「私もそう思いましたが……あ、でもそれならたしかに、変ですね」
「うん。おれとエミリア自体を狙うより、車のタイヤでも撃って、おれたちの動きを止めるほうがいいと思うんだ」
オリバーはトランクに放り込んだ男を脳裏に浮かべ、私見だが仲間がいるようには見えなかった、と考えを深める。しかしそこで止まる。仲間の奪還目的ではなく、自分たちを狙う理由が、オリバーには特別思い付かなかった。
エミリアは違った。
「……ドライバーの先輩が、何人か辞めたんですが……」
「そうなのか?」
「はい、それも、急な話で」
エミリアはステアリングを緩く傾け、組織のある方面へ車を向ける。
「辞めたというより、辞めさせられた、って雰囲気だなと思ったんです。おんなじように、殺し屋さんも何人か……辞めたかは不明なんですけど、顔を見なくなったなー、と思う人がいて。私はオリバーさんとロベルトさんの専用ドライバーみたいなものですが、お二人以外の送迎ももちろん請け負ってまして、……その時に乗せた方が仰っていたんです、今のボスは使えないと判断すれば直ぐに切るらしい、と」
車は勾配のない一本道を進む。オリバーは数分黙っていたが、今までの仕事や交戦を思い返し、最後に何故ロベルトがここにいないかを付け足して、納得する。
「……その、切られた殺し屋とかが、切られないおれやエミリアを逆恨みして襲ってきてる……って、ことなのか」
「確証はないんですが」
「一番、それっぽいな」
エミリアは頷き、
「殺されるくらいなら辞めるんですけどね!」
笑いながら本気のトーンで言った。オリバーも思わず笑い、それはそうだと同意した。
「でもおれは、ロベルトがいるなら、辞めたりはしない」
「お二人はコンビですもんね、息も合っていていつも凄いなあと」
「そんなんじゃ、ないよ」
オリバーは目を細め、フロントガラスの向こうを見つめる。おれはあいつの犬だから。そう呟いたオリバーの横顔に、エミリアはかける言葉が見当たらない。
組織のビルが、そう遠くない場所に見えている。
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