3
都市に辿り着いたエミリアとオリバーは、一旦郊外の脇道で車を止めた。作戦会議のためだった。エミリアは再度、入り組んだ裏路地に入る必要があると説明し、オリバーに地図を見せた。オリバーはすぐに覚えた。地図の読み方は、ロベルトに教え込まれていた。
作戦はあっさりまとまった。標的が身を隠していると予想される場所は三箇所あり、一つずつ潰していくという地道な方法を二人はとった。
理由は簡単だ。
「ロベルトなら、全部に弾を打ち込むと思う」
オリバーの言葉にエミリアは頷いた。
「それに私、運転はともかく、その、オリバーさんたちのお仕事に関しては完全に門外漢ですので……従います。一番やりやすいように、お願いします」
オリバーは感謝を伝え、とりあえず最も遠い、入り組んだ場所にある廃屋から行ってみようと言った。エミリアは了承し、車を発進させた。
都市の中心街は、以前に二人が来た時と変わらない賑やかさだった。聳えるビル群は真昼の光をガラス張りの全身で跳ね返している。ブランドショップの広告が巨大スクリーンに流れており、車道には車が、歩道には人が、蟻のように連なっていた。
エミリアは主要道路を外れ、裏町に続く細い路地に入った。進むにつれて路上駐車が増え、散乱するゴミも増えた。スラム街と評したくなる有様だ。
ジークの工房の近くを通る。オリバーは一度見た景色であるため、覚えていた。中にいるだろうかと思ったが寄っている暇はない。エミリアを横目で見ると、この前も来ましたね、と努めて明るい様子で言った。
工房は通り過ぎ、更に細い道へ入る。車が一台、やっと通れるほどの幅だ。エミリアは運転に集中して黙り、オリバーは地図に視線を落とした。
目的の廃屋には、二十分ほどで到着した。窓ガラスは全て割れており、出入り口の扉は外れて壁に立てかけられていた。外に取り付けられた鉄製の階段は赤茶の錆がびっしりと浮かんでいる。
エミリアはその悲惨な見た目に、うっかり引いた。
「……潜伏するにしても、ボロ過ぎる気がしますね……」
「そうか? 屋根があるだけ、かなりいいと思う」
オリバーの生い立ちは過酷で、路地はもちろん、森の中で眠ることも多かった。そのため住処に対してのハードルが恐ろしく低い。
「とりあえず、行ってくるよ、エミリア」
「あ、はい!」
「もしいたら、打合せ通りに、よろしく」
「がっ、頑張ります」
オリバーは頷き、車を降りた。錆だらけの階段をチラリと見るが、扉の取れた正面玄関から中へ入る。黴臭さと、正体のわからない腐臭がオリバーにまとわりついた。出そうになったくしゃみは我慢した。
随分と荒れていた。当然と言えば当然だ。オリバーが歩くと、数種類の虫が外側へ向かって素早く散った。
二階建ての建物だったが、中の階段はなかった。天井が一部抜けており、オリバーは一度屈んでから、勢いをつけて壁に向かい走った。スパイクの食い込んだ壁はひび割れたが、かまわずにそのまま駆け上がり、天井の穴に向かって飛んだ。
なんとか穴の縁を掴んだ。体を振って、遠心力で中へ滑り込む。二階は一階よりも綺麗だった。オリバーはいくつかある扉を一つずつ眺め、外観を思い出し、外階段の取り付けられていた側の部屋に入った。
その瞬間に発砲された。ギリギリで避けたのは、ロベルトによる調教の賜物だった。オリバーは自分に銃を向けている相手の顔を見て、標的だと確認してから、息を吸った。
「蹴り出すから、よろしく」
はい、と慎重な声が、装着しているイヤホン越しに聞こえた。普段はロベルトと使っているものだ。必要だと思い、エミリアに手渡していた。
標的は更に数回発砲したが、どれもオリバーには当たらなかった。というより、狙いがつけられていなかった。オリバーは体勢を低くし、まるで犬のように標的へと向かっていった。人間味のない動き方が照準を狂わせた。
オリバーは床に両手をつき、逆立ちになった。かと思えば動きを止めないまま片足を振り抜いた。標的はその行動も読めず、されるがまま勢いよく蹴られた。
揺らめいた標的の腹部をオリバーは更に蹴り付けた。床についた腕の位置を変えており、ほとんど飛び蹴りのような攻撃だった。標的の体は浮いて、飛んだ。背後にあった、窓ガラスがない四角の窓枠の中に、吸い込まれるように落ちた。
オリバーは体勢を戻して即座に追い掛け、同じところから飛んだ。
下にはエミリアの車があり、先に落ちた標的は、白目を剥きながら車の天井へと叩きつけられた。
「経費で落ちますかね!?」
ボンネットに着地したオリバーにエミリアは聞いた。
「多分、大丈夫」
根拠がないままオリバーは言って、天井にいる標的を引き摺り下ろす。
ロベルトとの任務の場合は、狙撃して殺した後の遺体は放置している。しかし今回は違った。オリバーにもエミリアにも理由はわからないが、仕留めた標的は組織の本部に持って帰れという指示だった。
オリバーは標的の意識がなく、息はあるのを確認し、躊躇った。致命傷を負わせたことはあっても、まともに殺したことはないと気が付いた。
視線を送ると不安そうなエミリアの表情が見えて、結局殺し切ることはせず、ぐるぐると拘束して手枷をはめて、口にも猿轡を噛ませてから、車のトランクへと押し込んだ。
「殺さなくて、大丈夫ですか……?」
「大丈夫じゃないかもしれない」
「……し、死んでると思ったって証言します」
「いや、……なんていうか」
組織に持って帰れという指示自体が、オリバーには不可解だった。
だから、殺さないほうがいいかもしれないと、一応考えてのことだった。
「まあ、捕まえはしたし、帰ろう」
オリバーは助手席に乗り込みながら言って、エミリアは了承して車を動かした。
目の前に人が飛び出してきたのは、その時だ。
エミリアは急ブレーキを踏み、オリバーは車の外へと即座に出た。
相手の両手に、大振りの刃物が握られていたからだった。
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