スケアクロウ

1

 ロベルトの寝室にオリバーが入ることはない。勝手に入ったら殺すと連れて来られた初日に言われたからで、万が一不測の事態が起きた場合は必ずノックしろと言い付けられ、守っていた。

 その寝室に呼び付けられた。多少恐ろしかったがロベルトの寝室にはアレスもいるため、即座に撃たれはしないと判断し、訪問した。

「入っていいよ」

 恐る恐る扉を開けた。ベッドの足元にうずくまるアレスがまず見えた。視線を動かすと、ワークデスク前に佇むロベルトがいた。デスクにはパソコンや本があり、真ん中によく見る鞄が置かれていて、ロベルトはその中に納められたローンウルフのメンテナンスを行っていた。

 オリバーはそろそろと入室した。ロベルトが片手を振り、こちらへ来いと合図する。黙って従った。伸びた手はアレスにするよう、オリバーの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。

「オリバー、明日の仕事の話だ」

「うん、今度はどんな仕事?」

「至って普通の、逃げた犯罪者を殺せって仕事だよ」

 ロベルトは組み立てたローンウルフにスリングを取り付け、解体はしないままワークデスクに立て掛けた。いつでも撃てる状態だ。オリバーは今から行くのだろうかと思ってから、いつもと形が少し違うと気付いた。

 オリバーの視線を追ったロベルトは面白そうに笑みを浮かべた。

「君は目だけじゃなくて、記憶力もいいね」

 ロベルトはローンウルフを見下ろして、

「普段は僕に合うようにジークが調整した形なんだ。今はコーデリア……あの人の残した形そのままに付け直してある。こっちのほうが、一人なら使い勝手がいい」

 一気に話してからオリバーに横目を送る。

「オリバー。明日の仕事は君が一人で、いや、エミリアと二人で行ってきて。僕は他にやることがある」

「え」

「エミリアにはもう連絡がいってるし、組織も了承した。君の選択肢はイエス以外にない」

 オリバーは困った。エミリアがいるとは言え、ロベルトなしでの仕事をどうこなせばいいかわからなかった。

 汲み取ったロベルトは、オリバーの肩を労うように何度か叩く。

「至って普通の仕事だって言っただろう? 僕の犬なんだ、主人がいなくても走り回れるよ」

「……、ロベルト」

「うん?」

「おれが仕事に行ってる間、ロベルトは何の仕事をするんだ?」

 オリバーにしては踏み込んだ質問だった。コーデリアの話を聞いたばかりだったし、ロベルトがなにか無理をしようとしているのではないかと、疑念があった。

 ロベルトは重たいまばたきを落とし、瞼を開いたあとには、すぐに笑った。

「気になるなら、一人で仕事をこなして帰ってくるんだね」

 オリバーはもう頷くしかなかった。いい子だ、オリバー。一緒に寝てあげようか。そう嘯くロベルトに、それは犬扱いじゃなくて子供扱いだと不満を覚えたが、口には出さなかった。

 僅かに下げた視界にローンウルフが映る。スリングも普段は付けられることが少ない。一人で、或いはアレスだけを伴い、何かをしようとしているのは明白だとオリバーは思う。

 それでも黙って部屋を出た。


 エミリアが乗ってきた車はいつもより小さかった。馬力は然程変わらないとエミリアは言い、気遣うようにオリバーを見上げた。ロベルトは家の中にいて、見送りには出て来ない。オリバーはつい溜め息を吐いた。

「あの……差し出がましいようですが……何かトラブルでも?」

「いや、そういうのじゃない。行こう、エミリア、よろしく」

「あ、はい!」

 オリバーは頷き、ちょっと悩んでから助手席に乗り込んだ。車が動き出し、ロベルトの家からはすぐに遠ざかる。小さくなっていく家をバックミラー越しに見てから、オリバーはスパイクブーツのベルトを締め直した。少し前にロックフェスティバルで仕事をした時は、何も関係ない一般の観客を巻き込まないよう、スニーカーを履いていた。

「ロベルトさんに頼まれているので、一応段取りをお話ししますね」

 エミリアは赤と黒のドライビンググローブでステアリングを握りながら、オリバーにちらりと横目を送る。

「刑務所を逃げ出した標的の始末がオリバーさんが今回一人でされる仕事なのですが、ここまではよろしいですか?」

「うん、ロベルトに聞いた」

「はい、それでですね……」

 エミリアが何故か溜め息をついた。息には明らかな疲れが乗っていて、オリバーはふっと隣を見た。エミリアはフロントガラスを見つめたまま、小さな車で来たのは理由があるんです、と重たく言った。

「以前、お二人を都市部まで送らせていただきましたが……あの都市にまた行きます。標的の潜伏先なんですよ……それで、建物の密集した裏町のようなところに身を隠しているらしく……かなり狭い路地裏を走らなきゃいけないんです……」

 オリバーは心底の同情が込み上げた。道理でロベルトが、エミリアと二人でという言い回しをしたわけだと、納得した。エミリアの横顔は疲れている。分岐を曲がって都市方向の主要道路に滑り込み、擦ったら給料から引かれちゃう……と嘆いている。

「エ、エミリア」

「はい……」

「一緒に、頑張ろう……」

「は、はい……」

 二人はどちらも苦労体質であり共感が芽生えている。無傷で帰りますと決意を口にするエミリアに、おれもちゃんとやるとオリバーは伝えた。

 それから、ロベルトは今何をしているんだろうと考えた。

 何をするのか知らないがロベルトも頑張れ、とひっそり思った。

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