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「──ここからは、君も知っている通りだよ」
ロベルトは隣へと横目を送り、神妙な顔のオリバーを見てふと笑う。手を伸ばして金髪をぐしゃぐしゃ撫でれば眉間に皺が寄った。乱れた髪を更に乱すよう頭を振る仕草は出会った頃からの癖で、何度も見たことがある。相変わらず、犬のような少年だ。
「その、師匠っていうコーデリア……さんは、どの辺りにいるかとかもわからないのか?」
オリバーの質問には頷いて、
「むしろ、殺されたって話があってね」
視線を湖へと転じながら幾分険しい声で言う。
「少し前に、組織のトップが変わった。その位置にいる男がコーデリアを既に始末した、という噂が流れているんだ」
「それは……本当の話?」
「いや、根拠はない。……本人に聞いてみないことにはわからないんだよ、でも接触できる機会は組織に属する人間ですらほとんどなくてね。若干、手詰まり気味ではある」
「ロベルトの癖にだらしねえなあ、おい!」
ロベルトとオリバーは同時に振り向いた。会話に割り込んだグレイソンはにやりと笑い、隣りにいるジークを見た。ジークの視線は、まだ眠っているオリビアへと注がれた。
「どうするのか決めたのかい」
ロベルトが聞く。ジークが頷き、グレイソンがオリビアへと歩み寄る。そのままさっと担ぎ上げたためオリバーは咄嗟に腕を伸ばすが、
「殺さねーよ、刑務所にブチ込み直すってことに決まった」
苦笑しながらグレイソンが言った。オリバーは腕を引っ込めて、大丈夫なのか、と言いたげな視線をロベルトへと向けた。
ロベルトは立ち上がり、グレイソンの正面に立つ。
「……、険しい山脈のど真ん中にあるっていう、脱獄不能の刑務所に連れて行くのかい、もしかして」
聞けば、グレイソンは頷いた。
「ま、本当はまだ俺がブチ殺してえんだけど、親父が嫌ならちょっとくらいは譲歩するって。あそこなら脱獄もクソもないだろうしな」
「その点は信用できる刑務所だと思うけど……ジークもそれでいいの?」
「ああ、構わん。世話をかけたな、ロベルト」
ジークは依頼料だと付け加えてから、ロベルトに封筒を差し出した。ロベルトは無言で受け取り、そのままジャケットの内側にしまい込む。
これで依頼は終わりだった。いつの間にかずいぶん日が落ち、遠くの特設会場がライトアップされている。ロベルトは光が跳ね返る湖面を何となく見てから、帰るよ、とアレスとオリバーの両方に告げた。一人と一匹は立ち上がりロベルトに従って、それを見たグレイソンが大きな声で笑った。
「ロベルト、お前の可愛い愛犬に傷付けちまったけど許せよ!」
「殺されると思ってたから御の字だよ。……君たちは帰らないのかい?」
「まさか、親父の車でさっさと帰るぜ」
グレイソンはオリビアを担ぎ上げたまま踵を返し、
「治療代がわりのモン入れといてやったから、後で見ろ。じゃーまたな」
後ろ姿のままひらひらと片手を振った。その隣でジークは肩を竦め、一礼を残して歩いて行った。
ロベルトは二人の立ち去る姿を見送ってから、今度こそオリバーを促しアレスの背を撫で、湖とロックフェスティバルに背を向けた。
離れた自宅に帰るまでも長かった。途中で宿を取りつつ、来た道をゆっくり戻って行った。
その間にオリバーは色々と考えた。ロベルトの過去、コーデリアという師匠、あまり進んでいない捜索。
自分の故郷のことも、久々に思い出した。山に囲まれた田舎町。オリビアが連れて行かれる刑務所は、オリバーの故郷からそう遠くない場所にあると、道中でふとロベルトが言う。オリバーはだから、生まれ育った排他的な田舎町を余計に思う。
今のオリバーはロベルトの犬だ。今までは漠然と、ただ使われて無闇に従っている状態だったが、もう違う。ずっとこのままロベルトと共にやっていきたいと、過去を聞いて強く感じた。
ならいつかは自分も向き合うしかない。
ロベルトに言われるまま逃げるように出た故郷を再訪する日は遠くないだろうと、オリバーは考える。
家に辿り着いた日は遠出の疲労で三者三様参っていた。
泥のように眠り、翌日にやっと、ロベルトはジークに渡された封筒を開封した。
中には依頼料と、リストのコピーが入っていた。グレイソンの言った「治療代がわりのモン」だとはすぐにわかったが、内容を見て目を丸くした。
「……重要殺害対象のリストか」
組織の、ほんの一握りにしか共有されないものだ。昔はグレイソンも載っていた、らしい。ロベルトは知らない。コーデリアは知っていた。
グレイソンがどうやって手に入れたのかはわからなかったが、オリビアの情報を抜くためのものだったとはわかった。オリビア・ギャリーの文字列は上の方にあり、その前後の名前には線が入って消されている。もう既に、誰かが殺した。
縦に並んだ人物名を追っていたロベルトは、下段に差し掛かったところで視線を止めた。用紙を折り畳み、家の中を歩き、オリバーの部屋を覗いた。オリバーはアレスと共にぐっすりと眠っていた。普段ならば特訓だと言って叩き起こしているが、ロベルトはリビングルームへと戻った。
リストを再び開く。下段に、同じ名字の男女二人の名前が並んでいる。
「……マッデン」
ロベルトは口に出してから、ソファーに深く凭れ掛かった。
恐らくオリバーの両親だ。グレイソンがわざわざ寄越した理由を鑑みれば、疑う余地のないことだった。
(ローンウルフ・終)
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