3

「ロベルト、お前犬好きだったよな?」

 任務帰りに会ったグレイソンに聞かれ、そうだと答えた。ならいい仕事があると続き、ロベルトは一つの仕事をグレイソンから譲られた。

 内容は取るに足らない暗殺だったが、報酬が子犬という妙な仕事だった。

「こんな変わった依頼、どこで?」

「久々に連絡してきた俺の親父が直接寄越した。だから組織通してねえんだよ、お前フリーだし、親父紹介するにもちょうどいいし」

「君のお父さんを紹介される筋合いはないんだけど」

「ちげーって、親父はあれだよ、武器屋っつーか……」

 グレイソンは珍しく迷ってから、

「コーデリアさんの銃、ちゃんと整備した方がいい」

 真剣さのある声で言った。

「……それは、そうだね」

「だろ?」

「で、報酬が犬の理由は?」

「あーそれは簡単。家の近くで拾ったけど飼えないんだと。だからって息子に押し付けようとすんの頭おかしくない?」

「君に言われたくはないだろうね」

 ロベルトは仕事を請けた。遠く離れた位置から撃ち抜き、簡単に終わった。グレイソンの父親であるジークは比較的良識のある人物で、武器類に関する技術や知識は本物だった。ロベルトは子犬を貰い受け、まだ一度も使ってはいなかったコーデリアの愛銃をジークに託した。

 黒い毛並みの子犬はアレスと名付けた。預けた愛銃の整備もすぐに終わり、ロベルトはジークの住処へ足を運んだ。

 ジークはいい銃だと褒め、名前はあるのかと聞いた。名前。銃に名前。考えたこともなかったが、あるべきだと感じた。

 ロベルトには指針が必要だった。すぐには見つからないと思われるコーデリアを探し出すまで、諦めないようにしたかった。

 名付けという行為はそれを補強してくれる気がした。

 アレスが自分に懐き、従い、甘える仕草を見るたびに、その考えは強まった。

 

 コーデリアは不思議な人だった。ロベルトにとっては急に湧いた相手で、どこかから勝手に生じたような、現象に近い存在だった。

 でもそんなコーデリアにも、師匠のような相手がいた。

 少しだけだが、話を聞いたことがあった。

「あたしの師匠なら、もっと上手く教えられたと思うんだけどね」

 ロベルトの射撃練習を見ながらコーデリアは呟いた。いつも通り煙草を咥え、腕組みをしながらやっと目視できる位置にある的を見つめていた。

 その時のロベルトは連れて来られて日が浅く、まだ長距離射撃に慣れていなかった。孤児院では短距離用の拳銃しか使っていなかったためだった。

 コーデリアはふっと煙を吐き、自分の銃を構えて遠くの的の真ん中を撃ち抜いた。それからうーんと唸り、苦笑気味にロベルトを見た。

「なんていうか……こう、バーン、じゃなくて、ストン、って風にすると当たるんだけど……これじゃわからないよな?」

「うん、わからない」

「だよなー!」

 コーデリアは自分の頭髪をぐしゃぐしゃと掻き、師匠生き返んないかなーとぼやいた。

「その人、死んだの」

「ん? ああ……ま、殺し屋なんてそんなもんだけどね」

「コーデリアの師匠も、コーデリアと同じくらい上手かった?」

「そりゃああたしの師匠だし。それで今はあたしが師匠だ。ロベルト、君もいつかは弟子を持つかもしれない」

 弟子、とロベルトは繰り返した。そんな日が来るのかどうか、この時にはわからなかったし、上手く人に物を教えられる気もしなかった。

 コーデリアは再び銃を構えた。教えるの難しいから見てて。そう言ってから、続け様に撃った。ロベルトは言われた通りに見続けて、真似をして、少しずつコツを掴んでいった。

 急に現れたように感じたコーデリアにも、師匠はいた。当然なのだが、ロベルトには新鮮な発見として感じられた。

「……本当は弟子より、スポッターを育てた方が良かったかもしれないんだけどな」

 姿を消す前に、コーデリアはふとそう漏らしていた。

「でもあたしはスポッターになり損なったから、スナイパーしか育てられない」

「どっちにしろ、僕はスナイパーの方ができるし、スポッターに向いてないと思うけど」

「君は基本の頭が良いしやろうと思えばやれるでしょ。でもそうだな、あー、もしスポッターが欲しいんなら、それこそ犬がいいかもね」

「犬?」

「そう、犬。君の言うことを忠実に聞いて、暗闇の中でも標的を探せて、射撃位置まで引っ張ってくる有能な犬をさ、君なら育てられるかもしれない。あたしには無理なことを、ロベルトならできるかもしれない」

 コーデリアの目は遠いところを捉えていて、それきりふつりと無言になり、話は立ち消えた。

 この時にはもう、どこかへ消えるつもりだったのだろうか。

 一人になって、アレスを飼い始めてから、時折そう考えるようになった。

 感傷だと呼べる物なのかはわからなかった。

 

 ある任務の日、ロベルトは初めてコーデリアの残した愛銃を持ち出した。

 使い心地は恐ろしく良かった。ジークの調整ももちろんだが、何よりもコーデリアが丁寧に、愛して使っていたことが、よくわかった。なら自分が下手な扱いをして壊すわけにはいかない。この銃に名前はないのか。ジークの言葉を思い出す。

 ローンウルフ。ロベルトは呟いて、銃床を撫でた。

 二十七歳で、任務の場所は山の深い田舎の町だった。

 アレスと共に訪れた田舎町の中で、ロベルトは一匹、いや一人の野良犬を拾った。

 オリバー・マッデンと名乗った少年は、ロベルトの言うことを忠実に聞いて、暗闇の中でも標的を探せて、射撃位置まで引っ張ってくる有能な犬だった。

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