2
ロベルトが二十歳の頃、コーデリアが何か欲しいものはないのかと聞いた。成人祝いだと付け加え、喫煙はやめた方がいいと締めた。ロベルトは考え、思い出したのは孤児院で飼われていた犬のことだった。
犬が欲しいと聞いたコーデリアは、露骨に顔を顰めて首を振った。
「悪いんだけど、ペットは飼わないことにしてる」
「動物は嫌い?」
「いや。寿命の問題」
犬や猫はすぐに死んでしまうとコーデリアは続ける。次の犬、次の犬と繰り返していくのは徒労に思うと、愛銃のメンテナンスをしながらロベルトに話す。
「どうしても欲しいんなら、あたしがいなくなった後にしな」
「コーデリアが死ぬところとか、全然想像できないけど」
「いつかは死ぬよ。殺しまくってるんだ、そのうち殺されるだろうし、それ以外にもいなくなることはあるかもしれない」
「僕に黙って?」
「さあ、君にだけは言うかもね」
コーデリアは含み笑いを残し、新しい銃でも買ってやるよ、と煙草を咥えながら言った。
与えられた銃は、一年ほどで壊した。この頃のロベルトは武器にも執着がなく、一切メンテナンスをしていなかった。
人間も銃もろくに愛せないのだなとロベルトはぼんやりと思った。
各地で犯罪組織を潰し回っていたという頭のおかしい男を紹介されたのは、二十二歳の頃だった。
男はジェイクだのカミーユだのガーベイジだのジェラルディだのと、聞くたびに名前が変わった。ロベルトは面倒になり、顔を合わせるたびに撃ち殺そうとした。相手も同じで、顔を合わせるたびに襲いかかってきた。
いつも引き分け、ロベルトは苛つきながら家に戻った。
その様子を見たり聞いたりしているコーデリアは大口を開けて笑っていた。
「笑い事じゃないよコーデリア。僕に協力して、あいつを撃ち殺してくれないか?」
「でも組織に入れちゃってるからなー! 同業での諍いは規約違反なんだって」
「じゃあ、あいつを組織から追い出せばいい」
「あたしにできることじゃないね、それは」
コーデリアはロベルトの作ったミネストローネを食べつつ目を細める。
「上層部が決める。まー殺し屋って名乗ってれば何でも入れちゃうようなとこだけど、その中でも上位に入る腕前のやつは、やっぱ優先的に使われるし簡単に追い出したりはしないわけよ」
「クソみたいな犯罪繰り返してた男でも?」
「それは同じ穴の狢ってやつ。あたしらだってクソみたいな犯罪繰り返してんだよ、でもそうしないと治安が悪化するだけだから容認されてるだけ」
「……でも堂々巡りだ。根本が腐ってれば腐り続ける。殺し屋だって増える一方なんじゃないの」
「まあね。だからそうだな……」
コーデリアは頬杖をつき、ロベルトをまっすぐに見て、誰にも言うなよと前置いた。
「もっと先鋭化すればいい。あたしとか、君とか、その元犯罪者くんとかみたいな、本当に殺し屋をやれるやつだけ残して、完全な抑止力にする。こんな業界元からふざけてるんだ、端数は切って一般に戻したほうがいいんだよ。一般社会に出てやっていけないからって、殺し屋の才能があるわけでもないんだからさ」
ロベルトは言葉を噛み砕き、色々と考えた。僕には判断できないと、この時は返した。コーデリアはふっと笑って、忘れていいよと言った後は、黙ってミネストローネを口へと運んだ。
コーデリアこそ、先鋭化の最先端にいるような殺し屋だろうとロベルトは思った。呼ばれ方でそれはわかった。
名前が売れて、畏怖を抱かれるような殺し屋になれば、妙な二つ名をつけられる。
コーデリアはナイトレイブンと呼ばれていた。夜に紛れてやってくる鳥。暗闇から飛んでくる銃弾に慈悲や容赦は見当たらない。軽やかな動きを指してそう呼ばれていたのだとも思う。
しかし、ロベルトからすると違った。コーデリアは組織にいながらバディもおらず、自分を連れていくわけでもない。任務は一人で行き、一人で帰ってくる。聞いてしまった彼女自身の考え方も、組織を太らせることに執心している上層部とは全く違う。
ロベルトには、こう見える。
一人で生きていける、孤高の殺し屋。
二十三歳の頃だ。いつものように殺し合っていた犯罪者の男に本名を聞き、一応和解してバディを組んだ。グレイソンと名乗った男はブラックシープというあだ名を以前からつけられていて、ロベルトも合わせてブラックミストと呼ばれた。相棒のグレイソンだけが由来ではなく、名字のブラックから取られたのだとも思い、中々に気に入らなかった。
仕事自体は順調だった。コーデリアとは共に暮らし続けていたが、師事されることはもうなかった。いつかはあたしよりいいスナイパーになるよ。コーデリアがそう言った理由をロベルトが理解するのは、彼女がいなくなった後の話だ。
コーデリアは唐突に姿を消した。直前に会っていたらしい、彼女とは日頃から交流のあったノア・スミスという男も、同じ日にいなくなった。
ノアは一ヶ月もしないうちに遺体で発見された。
的確に頭を撃ち抜かれており、組織はコーデリアを暫定的に犯人として、ロベルトに尋問を繰り返した。
何の心当たりもない。ロベルトは本心で繰り返したが、コーデリアの言った、組織を先鋭化するという話だけは口に出さなかった。
彼女を探し出すのは自分だ。生きていようが死んでいようが、自分が探す。
そう決意し、コーデリアの残した愛銃を持ち出し、組織を抜けた。それでも殺し屋を辞めるつもりはなかったし、組織も委託として定期的に仕事を寄越した。
有能なスナイパーであるロベルトを組織が完璧に手放しはしなかったことは幸いだった。
コーデリアの後釜としておさまって、これを見越して自分を連れて行かなかったのかもしれないなと考えたが、すぐに打ち消した。
彼女は一人で生きていける人間だ。だから、自分が必要なかっただけだ。
ロベルトは殺風景な部屋を一人で見つめながらそう思った。
二十五歳だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます