ローンウルフ

1

「君の名前は?」

「……ロベルト・ブラック」

 ロベルトがコーデリアと初めて交わした言葉はこれだった。十歳で、冬だった。ロベルトはコーデリアを、なんだこの女の人、と怪訝に思った。

 リングバード孤児院。ロベルトは物心ついた頃からここにいた。孤児は十人ほどいて、メンツは時折入れ替わった。養子として貰われてゆく。ロベルトにはあまり縁のない話だった。表情に乏しく、愛嬌がなく、無口なロベルトは子供として可愛らしくはなかった。

 そのため、わざわざ自分に話し掛けてきたコーデリアに何の意図があるのか分からなかった。

「ロベルトね、わかった」

 コーデリアはじっと佇むロベルトを見下ろして、

「さっきの、もう一回見せな」

 命令口調で言った。ロベルトはやはり、意図はわからないまま、拳銃を持ち上げた。

 本物ではなかった。ゴム弾の入った玩具だ。孤児たちの遊びの一つで、人には絶対に向けないと院長に厳命された上で一人一丁与えられた、将来を見据えた訓練のようなものだった。この国は、物騒だ。十歳のロベルトでももう理解していた。

 庭を囲む壁に設置された射的用の的をロベルトは撃った。ゴム弾は中心を少し外れたところに当たった。ロベルトはコーデリアを見上げた。もう一発、と命じられ、再び撃った。先程当てた場所の、右下辺りに着弾した。

「うまいね」

 コーデリアがぽつりと言った。ロベルトが見上げる前に、頭を雑にぐしゃぐしゃ撫でられた。

「なあ、ロベルト」

「なに……」

「君、あたしのところに来ないか?」

 煙草を咥えながら聞いたコーデリアに、ロベルトはまず、ここは禁煙だと言った。露骨にがっかりする様子は少しだけ面白かった。

 

 院長を交えて話し合いが行われ、ロベルトはコーデリアの養子として連れて行かれることになった。

 翌日にはもう孤児院を出ることになり、コーデリアの住む森の奥、山をこえた更に先にひっそり佇む家屋へとやってきた。今日からここが君の家だよ。そう煙草に火をつけながら言うコーデリアの横顔は冷めていた。

 養われる事となった理由はすぐにわかった。ロベルトは翌日から、コーデリアに厳しく仕込まれた。狙撃、狙撃、実戦想定の狙撃。基礎の体力作りもさせられた。ロベルトは特に抗わず、コーデリアに師事された。

 単純に、すごい人だと思った。

 コーデリアの狙撃は的確だった。ロベルトが森や山のどこにいようがペイント弾が飛んできた。目視の難しい位置から一撃で当てる銃の腕は、ロベルトにとって尊敬に値するものだった。

 コーデリアは多数の殺し屋を抱える組織に所属していた。トップクラスの実力がある人物なのだと、すぐに察した。コーデリアはよく出掛け、任務をこなして帰ってきた。

 ロベルトが初めて実戦に連れて行かれたのは、十三歳の頃だった。


「まー、流石に君に撃ち殺せとは言わないよ」

 コーデリアは迎えにきた組織の車に乗り込みながら煙草を咥えた。

「これだけみっちりしごいておきながら何だけど、あたしは別に君に殺し屋になれって言いたいわけでもない」

「なら、なんで僕を?」

「さあねえ……あたしみたいな奴がもう一人くらいいれば便利だろうと思ったのはあるけども」

 火の着いた煙草によって車内が煙い。運転手が無言で窓を少しだけ開けた。コーデリアは紫煙をふっと窓へと吐いた。

「でもねロベルト、君自体は殺し屋に向いてはいると思う」

「狙撃の才能があるから?」

「言うねえ〜、でも違うよ」

 コーデリアは備品の灰皿に灰を叩き落とす。

「あたしにしろ君にしろ、一人になっても平気だからさ」

 ロベルトは何も言わなかった。コーデリアもそれ以上口を開かず、しばらく走った後に運転手がつきましたと事務的に告げた。

 二人は車を降り、任務に向かった。コーデリアには造作もない狙撃の依頼で、要人は即座に撃ち殺された。周りの警備がスナイパーを探し始めた頃にはもう狙撃場所から離れており、任務はあっさり、予想通りに終わった。

 コーデリアの腕前が尋常ではないことを改めてロベルトは把握した。

 彼女の扱う名も無いスナイパーライフルは、長年の相棒のようだった。

 

 十五歳になり、ロベルトは初めて人を撃ち殺した。

 組織に所属し、殺し屋になったわけではなかった。コーデリアが不在の日だ。不在を知った他の殺し屋か、殺された誰かの家族や恋人か……ロベルトは深く知らなかったが、とにかく、自宅に誰かが侵入した。

 物音で気が付いた。一人で家にいたロベルトは、コーデリアの夕飯を作りかけているところだった。

 少し悩んだが、家にある予備のライフルを持ち出した。実弾専用のライフルで、ロベルトが何度も練習に使ったものだった。

 遠くから狙撃できれば良かったが、侵入者はすでに庭にいた。スナイパーの家に正面からやってくるのは間抜けだなとロベルトは呆れ、同時にともするとコーデリアの知人かもしれないと思った。

 ロベルトはライフルを携えて庭先に出た。侵入者は男で、拳銃を持っていた。現れた十五歳の少年を見て面食らい、自分が狙って来た女スナイパーは子持ちだったのかと口に出し、人質にできるとほくそ笑んだ。

 そして銃を構えたがロベルトの方が早かった。動きも、決断も、早かった。

 弾丸は侵入者の頭蓋を割り砕き、脳味噌を庭へと撒き散らした。後ろ向きに倒れた死体へとロベルトは歩み寄り、そばにしゃがみ込んで息をついた。特別、何の感慨も湧かなかった。人を一人自分の手で殺したという事実だけが脳みそと共に散らばっていた。

 

 帰宅したコーデリアは庭先の死体を見て、ロベルトの説明を聞き、

「ふっ……あはは! 片付けずに放ってあるのがいいね!」

 そう言ってから、ロベルトの頭をわしわしと掻き回して撫でた。

 育ての親で、腕前を尊敬する師匠に褒められ、ロベルトは腑に落ちた。

 コーデリアと共に殺し屋になろうと思った。向いていると感じたし、実際にロベルトは非情で優秀なスナイパーとして、殺し屋組織に雇われた。

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