7
切羽詰まった折り返し電話にオリバーは面食らった。問い直す前に切れてしまい更に面食らったが、言われた通りにアレスを連れてカフェを出た。
外は随分と暗く、いくつかの照明に照らされただけの駐車場は、あちこちに影が蹲っていた。その中の一つはロベルトだった。オリバー達に気がつくと、ローンウルフを肩にかけたまま足早に近づいた。
「ロベルト? 標的、逃したのか?」
「そんな失敗はしないよ、煙草を吸いに窓を開けたところを狙撃した」
「じゃあ、何があった?」
「後で話すよ、行こう」
ロベルトはオリバーとアレスを後部座席へ押し込んで、さっさと車を発進させた。
説明はモーテルまでの道中で行われた。グレイソンが現れたこと。オリビアがSLFに現れると知っていること。しかし恐らく、自分たちの依頼主がジークだとは気が付いていないこと。
「ちょっと面倒ではあるけれど、予想通りといえば予想通りの流れだね」
ロベルトは溜め息混じりに言って、バックミラー越しに後ろを見た。オリバーはずっと鏡でロベルトを見ていたため、視線はすぐに合わさった。
「ロベルト」
「なんだい」
「さっさとカフェを出ろって言ったのは、グレイソンの話をするためなのか?」
「うん、そうだよ」
ロベルトはさらりと返した。二人を殺すと脅してきた話は隠されたが、オリバーは疑うこともなく何度か頷いた。
アレスはどこか不安げに顔を上げ、しかし行動を起こすでもなく、オリバーの膝に頭を置いて瞼を下ろした。
荒野を走り抜けるレンタカーを闇に佇むナイフ使いが見送っていることには、ロベルトだけが気が付いていた。
モーテルについてから、ロベルトとオリバーは最後の標的であるオリビアとの戦闘の作戦を練り直した。グレイソンが来ると確定したため、細部の修正が必要だった。
基本的な作戦はオリバーが話した意見を元に作られている。ロベルトはいつものように狙撃位置を確保しての待機時間がほとんどで、重要なのはスポッターを担うオリバーだ。
「ロックフェスには行ったことがないんだったね」
「うん、ない」
「とりあえず雰囲気だけは見ておいて」
ロベルトはスマートフォンで検索し、広い会場で行われている、規模の大きなロックフェスの動画を再生した。オリバーは床に座り込みながら、差し出されたスマートフォンを受け取った。
画面を覗いた直後、うわ、と声に出た。横に広い特設ステージ。大きなスクリーン。知らないロックバンドの知らない定番曲。粒子のように密集している数万人の観客達。
ロベルトと言えど、この中からたった一人だけを撃ち殺す芸当はほとんど不可能だ。そのため、オリバーの索敵が必要不可欠だった。
「数人道連れにしてもいいなら、遠慮なく撃つけどね」
ロベルトは軽い調子で言ったあと、今度は鞄の中から五枚の写真を取り出した。
動画はつけたまま、オリバーは写真を受け取った。五枚全てに違う女性が映っている、と思ってから、
「これ、全部オリビア?」
違和感を覚えて問い掛けた。ロベルトはベッドに腰を下ろして頷いた。
「そう。言ったと思うけど、彼女は常に変装してるんだ。だから再生中のロックフェスのような密集具合じゃなくても……例えば一人目を撃った時の雑踏程度でも、難なく溶け込む。脱獄後も捕まらないのはその技術の賜物だね」
「やばい能力のやつってめちゃくちゃいるよな……」
「君の目も大概だよ、オリバー」
ロベルトの言葉にオリバーは顔を上げる。皮肉かと思ったが、意外にもロベルトの顔は真剣だった。
オリバーとしては、ロベルトこそ「やばい能力のやつ」の筆頭だった。オリバーは家の庭周りを散歩中、何度もロベルトに狙撃されたことがある。流石にゴム弾だったが非常に痛かったし、狙撃位置を探しては、毎回恐ろしくなる。オリバーですらやっと居場所が確認できるほど遠いところにロベルトはいつもいる。折り重なった木々の間、本当に少しだけ空いている空間を、ロベルトは幹に着弾させることもなく撃ち抜いている。
同時に、発泡に対して躊躇いがなさすぎる。実弾であれば百に近い回数死んでいるだろうなと、オリバーは脳内に自分の死体を積み上げる。
そのように人間離れしている相手でも、今回の狙撃は難しいのだと言う。
自分がいなければ今立てている作戦の完遂は不可能だろうとまで言ったロベルトに、なんとか応えようとオリバーは思う。
銃口を何度向けられても思い続ける。
「オリビアの動画、ある?」
オリバーの問いに、ロベルトは待ちかねていたような笑みを浮かべた。
「あるよ。ジーク秘蔵の、蜜月だった頃のホームビデオが」
「……、グレイソンも映ってる?」
「五歳くらいだけどね」
子供時代の愛らしい姿を勝手に見られるグレイソンに、オリバーは心底同情した。
でも必要なので、手を伸ばした。悪い顔で笑っているロベルトから、ジーク秘蔵のホームビデオの録画を受け取った。
SLFの開催日まで、オリバーは毎日ホームビデオを観た。特になんの問題もないように見える、普通で、普遍で、最も素晴らしいと思える家庭の日常がそこにはあった。
オリビアは勝ち気な表情の、自信に満ちた身振りをする女性だった。それでもグレイソンを抱き上げるほんの一瞬は瞳に慈愛がよぎったし、ジークに声をかけられた瞬間は口元の笑みが華やいだ。
この日常が壊れた日のことをオリバーは想像する。
二度と元には戻らないことを、壊れた家庭から抜け出したオリバーはよく知っている。
そしてSLFが始まった。
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