6

 ロベルトは町の中ではなく、道の途中に現れたモーテルに宿をとった。ペット可で、数日滞在可だったからだ。

 道中で話したロックフェスティバルまでは少し日にちがあり、その間の時間調整を加味した故の行程だった。

 二人目の標的はすぐに見つけた。あまり警戒もしておらず、いつでも撃ち殺せそうだとロベルトは思った。これなら本当にオリバーだけで行かせても良いなとまで考えたが、言わずにおいた。

 どちらにせよ、オリビア・ギャリーとの交戦ではオリバーに相当無理を強いる。疲れさせて使い物にならなくなれば、ロベルトといえど多少困る。スナイパーにはいい犬スポッターが必要だ。オリバーはロベルトの必要とする能力を大体備えており、特に目の良さを今ではかなり頼りにしていた。初めて出会った時に、連れ帰る選択をして正解だと思っている。

 そのため、これでも本当に大事には扱っていた。

 自分をよく知る人間であればその扱いの違いに気付くものなのだなと、ロベルトが思わざるを得ない出来事は、翌日にすぐ起きる。

 モーテルで休息を取り、朝昼はアレスを交えていつものように過ごし、陽の沈む時間帯を狙って標的を殺しに出掛けた後だった。アレスも連れて行き、町の中で食料などを見繕うつもりでいた。

 標的は家の中にずっといて、オリバーに位置を確認させる必要すらない楽な仕事だった。ロベルトは先に、オリバー達と買い物を済ませた。その後、町の裏側にある森へと入り、一人で標的を撃ち抜いた。オリバーとアレスは、ランチついでに立ち寄った町中のカフェで待たせていた。自分もすぐに戻るつもりでいた。

 予想外はスコールのように唐突だとロベルトは思う。

 師匠の蒸発もそうだったし、元相方の執念も、そうだった。

 

 黄昏がやってくる。森の中は殊更薄暗くなり、視界は悪いが、隠れての移動にはちょうどいい。ロベルトはローンウルフを肩にかけ、狙撃位置からは即座に離れた。

 しかし、森の中には留まった。

 見慣れた赤毛の男が、降って湧いたように現れたためだ。

「よう、ロベルト」

「……久しぶりだね、グレイソン」

 グレイソンは喉の奥で笑い、黒色のコートのポケットに手を押し込んだ。ロベルトはジャケットに忍ばせている拳銃を出しかけるが、やめた。音が響きすぎる場所にいた。

 見越してやって来たのだなとも思った。

「何か用かな? 急いでるんだ、これでも。あんまり君の相手をする暇がない」

 ロベルトはローンウルフを見せるようにし、念の為の牽制とした。グレイソンは怯まず、藪を蹴りながら近づいて来た。何をするのかはわからない。何が聞きたいのかだけは、当然わかっている。

「なあロベルト、お前、あのババアのいるとこ、知ってるらしいな?」

 グレイソンの声は低い。普段は陽気で明るさが押し出されているが今は違う。

 元相方ながら、こういう時のグレイソンは不気味だった。

「知ってるね。でもグレイソン、わざわざ聞くってことは君も知っているんじゃないのかい」

「それはそうだ、だから確認だよ」

「僕にも、話せないことと話せることはあるよ。例えば依頼人についてなんかは、流石に守秘義務があるからね」

「じゃあ俺も確認なんだけど、お前、アレスとオリバー、町の中に置いて来てるだろ?」

 ロベルトはほんの一瞬詰まった。グレイソンはその無言を逃さなかった。

「場所も把握してる。人質ってほどじゃあないけど、お前のいない状態だとさ、ブロンドボーイはアレスを庇うしかねえわけで、動きが読みやすいし殺しやすい」

「……何が聞きたいの?」

「話が早いから俺はお前が結構好きだぜ」

 僕は好きではないよ、とロベルトは溜め息混じりに返す。それとは別に、ある程度の信用はあった。

 母親をどうしても殺したいという強い願いも知っている。

「ロベルト、なんでこの仕事を請けたんだ?」

 明瞭な問い掛けだった。ロベルトは、しばらく黙った。どこまでを話し、どう説明し、どう隠すか悩んでの無言だった。

 森の中はいつの間にか真っ暗で、黒い羊と黒い霧は溶け込むように佇んでいた。

「……一言で言うなら」

 やがてロベルトが呟く。

「多分、君のためなんだろうね」

 そう言って、また黙る。グレイソンも口を開かず、時間が過ぎかけ、空気を切り裂くようにロベルトのスマートフォンが鳴り響いた。オリバーからだと、表示を見なくてもわかった。すぐに戻ると言ってから、二時間以上経っていた。

「お前って、マジでよくわかんねーやつだよな」

 グレイソンが幾分明るい声で言った。ロベルトが言葉を返す前にさっさと踵を返し、SLFで会おうぜ、と後ろ姿のまま続けた。着信音が消える前に、グレイソンの姿が闇の中に溶けた。

 ロベルトはただちに折り返し、

「オリバー、さっさとカフェを出て駐車場まで走れ」

 手短に命令して返事を聞かず切った。そして自分も森を抜け、レンタカーを置いている駐車場まで走った。

 グレイソンが二人のところへ行く可能性は低いとは思ったが、念の為だった。

 長く連れ添っているアレスは当然として、オリバーを失うわけにもいかない。

 必要なものが増えるのは重いと、ロベルトは走りながら自嘲した。

 

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