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 ホテルに戻った後にオリバーは、二人目の標的の顔と動きを覚えた。ロベルトはオリバーの様子を見つつアレスに餌をやり、ローンウルフのメンテナンスを済ませ、ベッドに座りながらテレビをつけて、ニュースを確認していた。撃ち殺した一人目についてのニュースは特になかった。近々開催されるロックフェスティバルの特集が流されており、よくある一般人の死亡程度では視聴率が伸びないのだろうなとロベルトは思った。

「ロベルト、返す」

 オリバーは画像と動画を見ていたスマートフォンを差し出した。覚えたのかと問われて頷き、寄ってきたアレスを両腕で抱きかかえた。犬たちが戯れ合う様子を横目に、ロベルトはテレビを消した

「今日はよく頑張ったね、オリバー。明日はまた二人目を探しに移動しなきゃいけないんだけど、その前に三人目……オリビアをどうするかについて、君の意見を聞かせてほしいな」

「おれの意見って、どう殺すか、の話か?」

「何でも。どうしたいか、そういえば聞かなかったなと思って」

 ロベルトらしくない言い分だとオリバーは思った。しかし、気持ちはわかるつもりでもあった。グレイソンとジークについて、ロベルトがどう感じているのかオリバーには深くわからない。それでも自分よりも長く関わりのあった人々で、息を吐くように殺す標的や、息を吸うように無体を働く他人とは、違う位置にいる相手だろうと思う。

 難しい話だった。オリバーには一つだけ脳裏を過ぎった考えがあったが、口に出すことは憚られた。

 でも今、何でも話せと、他でもないロベルトが言っていた。

「……おれは、殺すこと自体は、仕方ないかなと思う」

 うん、とロベルトが相槌を打つ。オリバーも頷き、

「グレイソンの思ってることとか、ジークの思ってることとか、おれにもわからないわけじゃないんだ。ロベルトの知ってるように、おれの両親もまともじゃなかったから。どっちもドラッグ中毒で、おれのことはほったらかしで、家の周りはゴミだらけで……おれは、今なら殺しにいけるなって、たまに思う。だからなんていうか、グレイソンが殺そうと思うのは、当たり前じゃねえかなって」

「それはそうかもしれないね」

「うん、でもジークがいるから、じゃあグレイソンに譲ろうって方にするのも、ダメなんだよな?」

「僕はそこをどうするか、決めかねて君の意見を聞いてみたんだ。……僕の師匠も、自分だけで決められないときは僕の意見をよく聞いた」

 ロベルトは腕組みをしつつ、真剣な目でオリバーを見る。

「だからオリバー、遠慮なく言ってみて。聞いてから僕も方向性を定めるよ」

 オリバーはロベルトの目をじっと見た。まともに対話してもらっている、と思い浮かべて、面映くなった。下手な意見を言えば撃たれる気はしたが、オリバーはロベルトに、自分の意見を正直に伝えた。

 ロベルトは口に手を当て、数分考えていた。その間にアレスは床に丸まって眠り始め、オリバーは黙って待った。窓の向こうから飛行機の音が聞こえた。都市部の夜は、信じられないほど明るい。

「……そうしようか。僕は僕で、予測自体はしてるから」

 やがてロベルトはそう言って、オリバーに予測内容を話した。オリバーは納得し、方針が決まった。

 二人は次の標的へと話題を変えて、こちらはあっさりと決まり、すぐに眠った。

 

 翌朝の出立は早かった。ヘリは流石に呼び出さず、ロベルトはレンタカーを借りた。次の街までは半日もあれば着く。

 そこから町を点々と辿っていけば、最終目的地のとある広野に辿り着く。

 オリバーはロベルトの運転を見るのは初めてだった。エミリアと比べて、少し荒い。助手席に座っていたが、アレスと共に後ろに座っても良かったなと今更思う。

「一番最後の仕事は、一番面倒なんだ」

 ハンドルを片手で転がしながらロベルトは言う。

「オリビアの動向はとにかく掴めないんだ。皮肉なことにグレイソンみたいなものでね、彼女の特技も変装らしいんだよ」

「……女の人だから、化粧とかで余計にわからない?」

「そうかもしれない。でも何とか、必ず現れる場所を割り出せたんだ。一日限定でね」

「それが、何だっけ」

「SLF。今年限りで一日限りの、ロックフェスだよ。この大陸の端まで行かなきゃならない、ジークの依頼じゃなかったら撃ち殺してるね」

 ロベルトの言動が物騒なことに、オリバーは妙な安堵を覚える。近頃考え事をしている日が多く、何となく元気がないように見えていた。

「オリビアはともかく、次の標的は簡単だよ。君を待機させておいても良いくらい」

「……おれだけで行っても良いくらい?」

 ロベルトはふっと息をついてから、

「狙撃と殴り合いはわけが違うよ」

 揶揄するように言った。

「別に、一人で行きたいってことじゃない」

「そうかい、行きたいなら止めもしないけど」

「……やめとく、おれはいつも通り、ロベルトの犬がやりやすい」

 オリバーは窓に額をつけ、外の景色を眺めた。遠くにぼんやり連なる山脈以外に特筆すべき点はない。

 大地の広さだけはいつ見ても好きだなとオリバーは呟き、死体を埋めやすいしねとロベルトは返した。アレスは二人の会話を聞きつつも、丸まって眠り始めている。

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