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 標的である三人は、各地に散っていた。まずは一番近いところとロベルトは言い、何食わぬ顔でヘリをチャーターした。アレスを乗せるためらしく、大丈夫かとオリバーは心配だったが、アレスは庭に降り立ったヘリを見て喜んでいた。

 ヘリに乗り込み、はじめの目的地に向かう途中、オリバーはロベルトに自分から頼みがあると話した。

 ロベルトは快く承諾し、自身のスマートフォンをオリバーに手渡した。

 まず表示されたのは、これから殺しに行く一人目の顔写真だ。名前は不必要だから覚えなくてもいいとロベルトは言い、オリバーは頷いた。

 次に、その標的の映った動画が再生された。これがオリバーの頼みだった。

 快適とは言えない空の旅の間中、オリバーは標的の画像を見続けた。


「僕の師匠はね、オリバー」

 目的の街までそう遠くない荒野に降り立ったところで、ロベルトは突然話し出した。

「孤児だった僕を引き取った変わり者で、まあ、慈善事業ってわけじゃあなくて、僕が孤児院の中で一番射撃が上手かったからなんだけど、僕を引き取り育ててくれたことに変わりはない」

 話しながら、歩き始めた。アレスが寄り添うようにロベルトの足元についていく。オリバーも、逆側の隣に立った。埃っぽい風が吹く。

「自分の後継者が欲しかったんだろうね、あの人は」

 ロベルトはうっすらと笑いながら言って、ローンウルフの入ったケースを軽く持ち上げる。

「でもどこかに消えちゃったから、真偽は定かじゃない。突然だったよ、前日まで、まったくいつも通りの態度で、僕にもグレイソンにも他の社員にも接していたから」

 オリバーは話の続きを促すように頷くが、ロベルトはそこで口を閉じた。荒野に通る一本道の方向を見て、乗せてもらおうか、と静かに言った。懐から取り出したサイレンサー付きの拳銃をオリバーは見ないふりをした。

 走行途中の荷台付き中型トラックのタイヤをロベルトは容赦なく撃った。よろよろと体勢を崩し、道路を外れて路肩に止まったところへ近付いて、何食わぬ顔でタイヤ交換を手伝った。ドライバーは感謝し、何か奢らせて欲しいと言ったが、ロベルトは遠慮した。その後に、弟と愛犬がバテているので、あそこの街まで乗せてもらえないかと頼んだ。

 オリバーたちは荷台に乗り、短時間で街の中心部に辿り着いた。トラックドライバーに向けて、良い旅をと笑顔で言うロベルトを見て、こいつ本当に鬼畜だなと思ったが、撃ち殺してトラックを奪うよりマシかとも思った。

 ロベルトはトラックを見送ってから、腕を伸ばしてオリバーの肩を抱き寄せた。

「オリバー」

 小声だった。オリバーは視線だけを隣に向けた。ロベルトは、含むように笑みを浮かべた。

「見つけ出せる?」

 問い掛けに、オリバーは多分と言いかけて、やめた。

「余裕」

 希望も込めてそう返すと、ロベルトはふっと笑ってから腕を離した。オリバーは息をつき、街の様子に視線を転じた。人々の行き交う交差点。大きな電光掲示板。階数の多いビルの連なり、渋滞を起こす主要道路。

 昼と夕暮れに挟まれた半端な時間だ。もう少し後の方がいいだろうとロベルトが言い、二人と一匹は予約済みのホテルへと歩いて行った。


 動画があったのは幸いだったとオリバーは思う。

 アレスを残してホテルを出て、ロベルトとはエントランスで別れ、陽が落ちてゆく街の中を一人で歩きながら、耳にイヤホンマイクを押し込んだ。向こう側からは、ロベルトの鼻歌が聞こえた。何の歌かオリバーは知らない。風の音も響いてくる。どこかのビルの最上階にいるのだろうと、薄暗い空を見上げつつオリバーは考える。

 それから、様々な人間が歩いている通りに視線を定めた。標的の出没時間帯ちょうどで、一番人の多い時間帯でもある。だからこそ、この時間に動く。木を隠すなら森とロベルトは言った。人を隠すなら人とも、続けて言った。標的の三人全員が、他人を盾に生活をしているのだと言ったのは、依頼主のジークだった。

 オリバーは適当な店の壁に寄りかかり、人波を眺めた。例えばアレスであれば、標的の所持品の匂いを覚えて、探し出す。オリバーには当然その技能は備わっていない。いくら犬のようだと人が言おうが、作り自体は人間でしかない。

 でも、目だけは良いと、自分でわかっている。

 だから動画を見続けた。

「……ロベルト、いた」

 オリバーは視界の中に現れた男で視線を留めた。大きな道路の反対側で、こちらに渡るために信号をじっと待っている。オリバーからの距離は一キロほどあった。

 深く被ったキャップ越しに頭を摩る癖と、踵を引き摺る歩き方を見て、あれだと確信を深めた。動画で繰り返し見た動きで、横断歩道を渡り始めていた。

 オリバーは見たまま伝え、店の壁から離れた。標的の方へと近づきかけるが、

『構わないよ、そこにいて』

 指示を受けて立ち止まった。思わず見上げかけて、留めて、周囲を確認するように歩く標的を見つめ続けた。横断歩道の真ん中を過ぎたところで、男はゆらりと体勢を崩し、うつ伏せに倒れた。

 ざわめきが人を通じて伝わってきた。続いて悲鳴が上がり、信号が変わった。車のクラクションが鳴る。人々はどよめいて立ち止まり、あるいは逃げるように立ち去って、車は通れずに連なった。

 オリバーは今度こそ壁から離れた。人が交差点で倒れたらしいとイヤホンマイクに向かって話しかけてみると、大きな笑い声が返ってきた。

『良い的だったよ、君のおかげで』

 オリバーは少し照れた。喧騒を背にして歩きながら、あと二人、と呟いた。

 辺りはすっかり、夜の中に沈んでいた。

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