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ロベルトがグレイソンと出会った頃、グレイソンは正式な殺し屋というわけではなかった。どれかと言えばただの無法者で、しかし悪名は界隈に既に広まっていた。
グレイソンはその頃から既に
しかし、強さのみを見れば欲しい人材でもあった。組織はようやく見つけ出したグレイソンを、結局使うことにした。
ロベルト自体は既に今委託を受けている組織の一員だった。一人での活動が多かったし、コンビ相手を特に必要としていなかった。
だがグレイソンを殺さずにおく場合、抑止力になる人材を常に監視として置くしかなく、ロベルトがその位置に収まった。
二人は気が合わなかった。ロベルトは何度も殺そうとしたし、グレイソンも何度も暗殺を試みた。
試行回数が合算して百を越えようとしたところで、グレイソン側がようやく白旗を上げた。
「ロベルト、俺がお前を殺せる可能性はめちゃくちゃに低い! 同時にお前が俺を殺せる可能性だってかなり低いだろ、ならやることはひとつだ」
「何?」
「停戦、そして和解」
「それならふたつだね」
「あ、マジだ」
グレイソンは大きな声を上げて笑った。ダメ押しのようにナイフを投げるが、ロベルトは当然の顔で撃ち落とした。
その応酬が互角であることの何よりもの証明だった。
二人は互いに武器を下ろし、話し合った。そもそもグレイソンは違う名前を名乗っており、ロベルトはこの時にやっとグレイソンという本名を知った。グレイソン・ギャリー。他はすべて偽名。グレイソンは自分で言って、まともに名乗ったのは初めてだと付け加えた。
「まあ、集団に潜り込んでの暗殺を繰り返していれば、名乗る必要も意味もないね」
「そうだろ? それに俺は名前……っていうか、名字が嫌いでね」
「ギャリー?」
「そう、母親の名字なんだ」
母親、とロベルトは繰り返す。グレイソンは目を細め、試すように笑みを深める。
「捕まってるよ。違法ドラッグ売買、使用を繰り返した挙げ句に隣人を殺した。オリビア・ギャリーで調べれば、当時の記事は見つかるだろうさ」
至って普通に事実が述べられた。ロベルトは検索するまでもなく、その記事を知っていたし、ある種の納得をした。
オリビア・ギャリーが元サーカス員の曲芸師だったという点がユニークで、やたらと強調されていたためだ。
グレイソンのナイフ使いは確かに曲芸の系譜に見えた。
「父親は?」
世間話ついでにロベルトは聞いた。いるにはいるが籍が入っていなかったし、しばらく会っていないとグレイソンは話した。
「でも俺や母親のナイフは父親が用立てた。普段投げてるのはつまんねえ量産品だけどね、まともな戦闘用のものは父親作だよ」
ロベルトは少し黙った。ロベルトはそもそも親がおらず、孤児院で育ったために、家族という概念が希薄に感じられていた。
育ててくれた人はいるが今は口にするべきではないと一旦飲み込んだ。
「……僕は親がはじめから居ないんだ。だから口を挟むのは悪趣味なんだけど」
「お?」
「中々刺激的な半生で面白いね」
グレイソンは大声を上げて笑った。腹まで抱えて、しばらくの間爆笑していた。ロベルトはその様子を眺めながらこいつは相当クレイジーだと思った。自身のことは完全に棚に上げていた。
「お前なら同情もクソしねえと思ってたよロベルト、話してスッキリしたぜ!」
笑い終わったグレイソンは本気で言った。その本音はロベルトにも伝わり、ともあれ停戦と和解は恙無く終えた。
そこからは、それなりに好き勝手任務をこなし、それなりに手を貸し合って組織にいた。ブラックシープに合わせてブラックミストと呼ばれた時はセンスのなさに激怒した。そう呼んだ組員の頭蓋を即座に撃ち抜いたロベルトを見て、グレイソンはゲラゲラと笑っていた。
ロベルトの銃はよく壊れた。現在の愛銃であるローンウルフのメンテナンスのためにと、グレイソンが紹介したのがジークだった。グレイソンとジークはあまり会っていないとは言え、傍から見れば特に問題なく交流をする父子だった。ジーク自体は腕のいい武器屋で、ロベルトはその点において彼のことを気に入った。
ブラックシープとブラックミスト。二人のコンビは上手くいっていた。
だが今は元コンビで、分水嶺はふたつある。ひとつはロベルトの組織離脱だが、もうひとつはグレイソンの事情だった。
ロベルトはよく覚えている。ひどく冷え込む冬の夜だ。組織提携のダイナーにロベルトを呼び出したグレイソンは普段の明るさや気安さが一切削ぎ落とされていて、こちらが本来の彼だったのかもしれないとロベルトは思った。
「ロベルト、俺はまた、どこかの集団に潜り込む仕事のやり方に戻そうと思う」
冷えたフライドポテトを弄びながらグレイソンは話した。ロベルトは対面に座りつつ、なぜなのか問いかけた。グレイソンは感情の乗せ方を忘れたような、歪な笑みを浮かべた。
「オリビア・ギャリー……母親が看守を殺して脱獄した。俺はあいつを探して殺そうと思う。そのために、情報がいるんだ。ひとつも手がかりのない捜索なのはわかっているが、俺は俺と父親を客以下にしか見なかったあの女をどうしても始末したい」
グレイソンの声は真剣で、目は恐ろしく冷えていた。
ロベルトにはグレイソンの決意に反対する理由がなかった。それから時間が経たないうちに、自分にも組織を離れるしかない理由ができた。
ロベルトの事実上の育ての親であり、銃の扱いのすべてを叩き込んだ師匠が組織を裏切り逃げ出したのだと、上層部に通告された。
責任を弟子が取る必要はなかったが、組織に所属したままでは探し出した後には粛清対象として殺すしかなかった。
ロベルトはそれを拒み、師匠の残した唯一の物品である愛銃──ローンウルフを奪い取って、組織を辞めた。
ただグレイソンとは秘密裏に情報のやり取りをしており、互いの目的のために協力関係を結んでいた。
互いに捜索がまともに進みはしなかった。年月だけが流れて行った。
そこに来たのがジークの依頼で、ロベルトは現在板挟みになっている。
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