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極普通の一軒家に見える、とオリバーは思った。入ってみて、勘違いだとわかった。現れたのはこじんまりとしたリビングだったが、火薬の匂いが立ち込めていた。
「ロベルト、ここは?」
「すぐにわかるよ、頑張ってね」
何を、と聞き返す前に体が動いた。目の端に光るものが映ったからで、それは真っ直ぐにオリバーへと向かってきた。銃弾だった。オリバーには見えていた。
飛び退いて弾を避けたオリバーの視界に、ローンウルフを素早く組み立てるロベルトの姿が映った。引き金は間髪入れずに引かれ、家の中に重い銃声が響いた。その時にオリバーは、先程の発砲は音がなかったと気がついた。
サイレンサー付きだ、と声に出さず呟く。オリバーは空中で身を捻り、床に着地してから即座に走り出した。窓からの光が音のない銃弾を浮かび上がらせる。斜めに飛んで避けながら、オリバーは銃弾の軌道を見て、狙撃手のいる方向を目指した。
そこには扉があった。木製の、年季のある普通の扉。しかし穴が空いていた。銃口はそこから突き出していた。オリバーが掴もうとすれば、カタツムリの頭のように引っ込んだ。
「いい犬だろう、自慢に来たんだ」
ローンウルフを肩に下げながらロベルトが言った。穏やかに笑い、オリバーへと歩み寄っていく。扉が開いた。オリバーが飛び退き、ロベルトは腕組みをした。
中から現れたのは老爺だった。白髪混じりの頭髪を掻き混ぜるように自分で撫でてから、片手に持っている細身のライフルを見せるように掲げた。ウィンチェスターM94に似た、使い込まれたボルトアクションライフルだった。
「ああ、犬なのか、その子は」
老人はゆったりと話した。
「久しぶり、ロベルト」
「ご無沙汰していて悪いね、ジーク」
二人は目を合わせて笑い合った。何が何だかよくわからないオリバーは、とりあえず黙って二人の様子を見つめていた。
扉の向こう側はリビングルームよりも広かった。暖炉があり、壁に銃やナイフや刀が無数に引っ掛かっていた。鞭や三節棍もあり、優雅な扇も開いた状態で飾られていた。
暖炉の前には机や椅子の他に、銃の部品が転がっていた。その隣には鍛治道具のハンマーとペンチが無造作に置かれていた。
「ジーク・エヴァンズだ、よろしくな」
老爺は武器の山を見上げていたオリバーに名乗り、ロベルトに向けて手を出した。ロベルトは迷いなく、ジークにローンウルフを手渡した。オリバーは驚きつつ、同時に納得もする。
ジークは武器屋なのだと、ローンウルフを的確に解体する手付きを見ながら、思い至る。
「相変わらず使い込んであるが、特に不調はないよ。前に見た時から何人撃った?」
「さあ、数えないからわからない」
「何回撃った?」
「百は超えてると思うけど」
ジークはわっはっは、と映画の中のような笑い声を上げる。
「メンテナンスも丁寧にやってある、寿命にはまだまだ遠いよ。だがロベルト、わざわざ来たからには、そろそろスペアのライフルでも用意する気になったのか?」
「いや、僕はいい」
ロベルトははっきりと言い切ってから、興味深そうにジークの手元を見ていたオリバーの腕を引く。
「この子に合いそうな武器が欲しいんだけれど、何がいいと思う?」
え、とオリバーは思わず口に出す。
「おれの武器って……」
困惑しつつ、いくつか思い浮かべる。はじめに浮かべたのはグレイソンの使っていた投げナイフだが、自分に合うとは感じない。今まで会った標的は銃を使っている場合が多く、ロベルトの足元にも及ばない腕前だったため、こちらも特に参考にはならない。
オリバーが考え込む間、ジークはじろじろとオリバーを眺めていた。背丈はロベルトより多少低いくらいだが、成長の余地はまだあるように思う。身のこなし自体は先程見た。銃弾を避ける動きは……おかしかった。
見えていないと出来ない避け方で、とにかく目が良いのだろうなと、ジークはオリバーの特性を把握した。
「見つからないうちに初撃で殺すか、一撃目を受け流してカウンターで殺すか、どちらが好みだ?」
ジークに問われて、オリバーは即答した。カウンター。返事を聞いて笑ったのはロベルトで、可愛がるようにオリバーの金髪をわしわしと撫でた。
「僕が見つからない長距離狙撃で殺すから、対抗してるのかい? かわいいね、オリバー」
「うるせえな……」
「じゃあジーク、この子の武器制作、任せてもいいかな?」
「いいよ、と言いたいところだが、見たところ打撃中心のスタイルのようだし、下手に武器があると邪魔かもしれんぞ」
「あ、おれ、武器かはわからないけど、欲しいと思ってるやつがある」
オリバーはジークに向き直り、自分の考えを口に出した。ジークは目を見開き、納得したように頷いてから、ロベルトに横目を送った。
「本当にいい犬だな、ロベルト」
「そうだろう?」
「人間だよ……」
げんなりしたオリバーの声にジークは笑い、壁にかけてある武器の群れへと歩み寄っていった。
その中の一つを外し、オリバーに渡した。サイズは合わなかったが、ジークが手早く調整し、すぐに使える状態になった。
オリバーが嬉しそうにする様子を見て、ロベルトは満足した。
連れてきた甲斐があって良かったと、口に出さないまま思った。
「お待たせ、エミリア」
一時間ほどで出てきたロベルトとオリバーに、エミリアはぺこりと頭を下げた。よく見るとオリバーは包みのようなものを抱えていた。普通の家に見えたけれど、何かの店だったのだろうか。エミリアは一軒家をちらりと見てから、二人が座席に落ち着くのを待ち、エンジンをかけた。
「次は、繁華街に向かって貰おうかな」
ロベルトはまた助手席に座っていた。エミリアは緊張しつつ頷き、来た道を戻って繁華街を目指し始めた。
「オリバー、服を買ってあげるよ」
ロベルトは機嫌よく言ってから、
「エミリア、君もついてきて。荷物持ちが欲しいんだ」
エミリアに容赦なく指示を出した。
「は、はい」
「大丈夫、重いものはないから」
「はい、わかりました」
「オリバーにも持たせるしね」
「それは別にいいけど、腹減った」
「ああ、じゃあ繁華街に着いたら、まずランチにしようか。エミリアも、今日の仕事代だから、一緒に食べよう」
「へっ!? あっ、はい……」
ここまで付き合うことになると思ってはいなかったが、ロベルトが言うのであれば従うし、内容はそうおかしなものでもない。雰囲気自体は、和やかだ。エミリアの緊張はゆるゆると解ける。
この先に起こることも知らず、いつもの殺しの送り迎えじゃなくて良かったー、と、完全に気を抜いていた。
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