3

 極普通の一軒家に見える、とオリバーは思った。入ってみて、勘違いだとわかった。現れたのはこじんまりとしたリビングだったが、火薬の匂いが立ち込めていた。

「ロベルト、ここは?」

「すぐにわかるよ、頑張ってね」

 何を、と聞き返す前に体が動いた。目の端に光るものが映ったからで、それは真っ直ぐにオリバーへと向かってきた。銃弾だった。オリバーには見えていた。

 飛び退いて弾を避けたオリバーの視界に、ローンウルフを素早く組み立てるロベルトの姿が映った。引き金は間髪入れずに引かれ、家の中に重い銃声が響いた。その時にオリバーは、先程の発砲は音がなかったと気がついた。

 サイレンサー付きだ、と声に出さず呟く。オリバーは空中で身を捻り、床に着地してから即座に走り出した。窓からの光が音のない銃弾を浮かび上がらせる。斜めに飛んで避けながら、オリバーは銃弾の軌道を見て、狙撃手のいる方向を目指した。

 そこには扉があった。木製の、年季のある普通の扉。しかし穴が空いていた。銃口はそこから突き出していた。オリバーが掴もうとすれば、カタツムリの頭のように引っ込んだ。

「いい犬だろう、自慢に来たんだ」

 ローンウルフを肩に下げながらロベルトが言った。穏やかに笑い、オリバーへと歩み寄っていく。扉が開いた。オリバーが飛び退き、ロベルトは腕組みをした。

 中から現れたのは老爺だった。白髪混じりの頭髪を掻き混ぜるように自分で撫でてから、片手に持っている細身のライフルを見せるように掲げた。ウィンチェスターM94に似た、使い込まれたボルトアクションライフルだった。

「ああ、犬なのか、その子は」

 老人はゆったりと話した。

「久しぶり、ロベルト」

「ご無沙汰していて悪いね、ジーク」

 二人は目を合わせて笑い合った。何が何だかよくわからないオリバーは、とりあえず黙って二人の様子を見つめていた。


 扉の向こう側はリビングルームよりも広かった。暖炉があり、壁に銃やナイフや刀が無数に引っ掛かっていた。鞭や三節棍もあり、優雅な扇も開いた状態で飾られていた。

 暖炉の前には机や椅子の他に、銃の部品が転がっていた。その隣には鍛治道具のハンマーとペンチが無造作に置かれていた。

「ジーク・エヴァンズだ、よろしくな」

 老爺は武器の山を見上げていたオリバーに名乗り、ロベルトに向けて手を出した。ロベルトは迷いなく、ジークにローンウルフを手渡した。オリバーは驚きつつ、同時に納得もする。

 ジークは武器屋なのだと、ローンウルフを的確に解体する手付きを見ながら、思い至る。

「相変わらず使い込んであるが、特に不調はないよ。前に見た時から何人撃った?」

「さあ、数えないからわからない」

「何回撃った?」

「百は超えてると思うけど」

 ジークはわっはっは、と映画の中のような笑い声を上げる。

「メンテナンスも丁寧にやってある、寿命にはまだまだ遠いよ。だがロベルト、わざわざ来たからには、そろそろスペアのライフルでも用意する気になったのか?」

「いや、僕はいい」

 ロベルトははっきりと言い切ってから、興味深そうにジークの手元を見ていたオリバーの腕を引く。

「この子に合いそうな武器が欲しいんだけれど、何がいいと思う?」

 え、とオリバーは思わず口に出す。

「おれの武器って……」

 困惑しつつ、いくつか思い浮かべる。はじめに浮かべたのはグレイソンの使っていた投げナイフだが、自分に合うとは感じない。今まで会った標的は銃を使っている場合が多く、ロベルトの足元にも及ばない腕前だったため、こちらも特に参考にはならない。

 オリバーが考え込む間、ジークはじろじろとオリバーを眺めていた。背丈はロベルトより多少低いくらいだが、成長の余地はまだあるように思う。身のこなし自体は先程見た。銃弾を避ける動きは……おかしかった。

 見えていないと出来ない避け方で、とにかく目が良いのだろうなと、ジークはオリバーの特性を把握した。

「見つからないうちに初撃で殺すか、一撃目を受け流してカウンターで殺すか、どちらが好みだ?」

 ジークに問われて、オリバーは即答した。カウンター。返事を聞いて笑ったのはロベルトで、可愛がるようにオリバーの金髪をわしわしと撫でた。

「僕が見つからない長距離狙撃で殺すから、対抗してるのかい? かわいいね、オリバー」

「うるせえな……」

「じゃあジーク、この子の武器制作、任せてもいいかな?」

「いいよ、と言いたいところだが、見たところ打撃中心のスタイルのようだし、下手に武器があると邪魔かもしれんぞ」

「あ、おれ、武器かはわからないけど、欲しいと思ってるやつがある」

 オリバーはジークに向き直り、自分の考えを口に出した。ジークは目を見開き、納得したように頷いてから、ロベルトに横目を送った。

「本当にいい犬だな、ロベルト」

「そうだろう?」

「人間だよ……」

 げんなりしたオリバーの声にジークは笑い、壁にかけてある武器の群れへと歩み寄っていった。

 その中の一つを外し、オリバーに渡した。サイズは合わなかったが、ジークが手早く調整し、すぐに使える状態になった。

 オリバーが嬉しそうにする様子を見て、ロベルトは満足した。

 連れてきた甲斐があって良かったと、口に出さないまま思った。


「お待たせ、エミリア」

 一時間ほどで出てきたロベルトとオリバーに、エミリアはぺこりと頭を下げた。よく見るとオリバーは包みのようなものを抱えていた。普通の家に見えたけれど、何かの店だったのだろうか。エミリアは一軒家をちらりと見てから、二人が座席に落ち着くのを待ち、エンジンをかけた。

「次は、繁華街に向かって貰おうかな」

 ロベルトはまた助手席に座っていた。エミリアは緊張しつつ頷き、来た道を戻って繁華街を目指し始めた。

「オリバー、服を買ってあげるよ」

 ロベルトは機嫌よく言ってから、

「エミリア、君もついてきて。荷物持ちが欲しいんだ」

 エミリアに容赦なく指示を出した。

「は、はい」

「大丈夫、重いものはないから」

「はい、わかりました」

「オリバーにも持たせるしね」

「それは別にいいけど、腹減った」

「ああ、じゃあ繁華街に着いたら、まずランチにしようか。エミリアも、今日の仕事代だから、一緒に食べよう」

「へっ!? あっ、はい……」

 ここまで付き合うことになると思ってはいなかったが、ロベルトが言うのであれば従うし、内容はそうおかしなものでもない。雰囲気自体は、和やかだ。エミリアの緊張はゆるゆると解ける。

 この先に起こることも知らず、いつもの殺しの送り迎えじゃなくて良かったー、と、完全に気を抜いていた。

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