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ランチにとロベルトが選んだ店はカレーが豊富だった。エミリアは初めてビリヤニというものを食べ、自分はあまり好みではないが弟は好きかもしれない、と料理名を頭に刻んだ。ロベルトはグリーンカレーを食べていた。オリバーはロベルトの分のナンを与えられ、喜んでいた。
「さて、じゃあ行こうか」
ランチ後に、三人は繁華街に繰り出した。規則的に並ぶ電灯、人の多い大通り、左右に敷き詰められた様々な店。エミリアは二人の半歩後ろを歩きつつ、賑やかな街並みを眺めた。子供の頃に両親に連れられ訪れた、アウトレットモールの喧騒を思い出していた。
ロベルトは車内での言葉通り、服屋に入ってオリバー用のシャツやジーンズを用立てた。オリバーはなんでも良さそうにしていたが、ちょっと照れているのだと、エミリアにはわかった。
支払いはカードで済まされ、ロベルトはシャツや上着の入った大きな袋をエミリアに手渡した。
汚せば大変なことになる。絶対に落とさないようにしようと大事に抱えるエミリアを見て、ロベルトはにこりと微笑んだ。
「エミリア、君も何かいるかい?」
「えっ」
突然すぎる言葉だった。まごついている間に、ロベルトはさっさと歩き出す。
「あいつ、なんか、機嫌いいな……」
エミリアの隣に残っていたオリバーがつぶやいた。同意を込めてこくこく頷く。二人は顔を見合わせ、不可解だ、と視線で会話をしてからロベルトを追いかけた。
繁華街を貫く大通りを、ロベルトは脇道へと逸れた。ずいぶん歩き慣れているなと、エミリアは思う。黒髪長髪の後ろ姿は路地裏の小さな店へと吸い込まれた。エミリアとオリバーは、黙って後に続いた。
アクセサリーショップのようだった。ようだった、とエミリアが思ったのは、いわゆるネックレスやピアスだけではなく、帽子やストールなどの服飾品全般が置かれていたためだ。
ロベルトは知り合いらしい店主と何かしら会話をしていた。エミリアは手持ち無沙汰に店内入り口で突っ立っていたが、オリバーは中まで入りわざとボロボロに作ってあるストールを眺めていた。
「エミリア」
ロベルトに呼ばれ、背筋を伸ばしながら寄って行った。いつの間にか買い物を済ませていたようで、店主がエミリアに袋を手渡した。
「あ、あの、これは」
「それつけて頑張ってね」
言葉にヒヤリとした。ロベルトに断りを入れてから、袋の中身を改めた。
出てきたのは黒と赤のドライビンググローブだった。
「あ、かっこいい」
いつの間にか隣に来ていたオリバーが言った。
エミリアも、かっこいいな、とは思った。
しかし同時に、もっとこき使うって意味かな、と内心で苦笑した。
その通りだったし、エミリアは中々に運が悪かった。
服屋をもう一軒回り、エミリアの両手とオリバーの両手が塞がったところで、ロベルトはそろそろ帰ろうと言った。時間は案外と過ぎていた。暗くなり始める手前のもの寂しさが、都会の空を覆っていた。
駐車スペースに戻り、トランクに荷物を詰め込んだ。ついでに食材も買っていたため、嵩張った。蓋はオリバーが無理矢理閉めた。中身をめちゃくちゃにしないよう頑張ろうとエミリアは決めた。
ロベルトとオリバーは、並んで後部座席に座った。もう道案内はないのだなと思ったが、覚えているので問題はない。
ただ、時間がそれなりに経ってしまった。まだ陽が落ちるには早いが、エミリアはできれば定時で帰りたかった。両親の様子が心配だし、弟もそろそろ帰宅する。持ち帰りで買ったカレー屋のナンを早くみんなで食べたかった。
「あの、思いのほか遅い時間になりましたし、高速に乗ってもいいでしょうか」
恐る恐る提案すると、ロベルトはにこやかに了承した。本当に機嫌が良さそうだ、エミリアは胸を撫で下ろし、車内上部に所謂ETCを取り付けた。
サイドブレーキを解き、クラッチを踏む。組織の車はクラシックなミッション車しかなく、そういえば面接は試験管を隣に乗せて何キロか走行する実技だったなとエミリアは思い出す。今は懐かしい。あの頃に戻れるのであればやめておけとエミリアは言いたい。
走り出す前に、ロベルトに渡されたグローブをつけようかと思うが、一旦サイドボードに片付けた。多少気恥ずかしかった。次回、いつも通りの送り迎えの際に、それとなくつけようと決める。
都市部を出るとすぐに高速道路の乗り場が見えた。分岐を進み、バックミラー越しに二人の様子をちらりと見る。オリバーは膝に置いた包みの中を覗いており、ロベルトは窓辺に肘を置いて頬杖をつきながら外の様子を眺めていた。髪の色も違えば目の色も違う二人はどこも似てはいないが、エミリアには兄弟に見える瞬間がある。主人と犬、というのが本人達の弁ではあるが、忠誠とはまた違う信頼があるように感じる。
でも結局は、ただのドライバーである自分に推し量れる部分ではない。
エミリアはバックミラーから視線を外し、視界には入れていたフロントガラスをしっかりと見る。
それで、気づいた。
前を走る乗用車の両側のサイドガラスから、片手銃を握った腕が突き出していた。
「ちょっ……!!」
エミリアの叫びに重なるような銃声が響いた。今度は本気の悲鳴が出るが、明らかにこちらを狙った銃弾はフロントガラスが弾き返した。防弾仕様だと上司に言われたことをエミリアは思い出した。ありがたいが、半泣きだった。
後ろで重い金属音がした。ミラー越しに確認すると、ローンウルフを構えるロベルトと目が合った。
「エミリア、そのまま普通に、僕たちの家に向かって運転してて」
「へっ!?」
「オリバーがもう行ったから」
ハッとしてバックミラーを見つめ直した。後部座席にオリバーの姿はない。
「ど、どこに行っ」
バコン! と大きな音が車内に響いた。エミリアは驚きつつ、車の天井、と音の発生元を把握した。
フロントガラスの向こう側に、前の車へと飛び移るオリバーの姿が見えていた。
エミリアは現実逃避のように、綺麗な飛び方だなー、と感心した。
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