7

 ロベルトの立てていたプランの詳細はこうだった。

 まず三日間、ハウスキーパー兼シッターとして家事や犬たちの世話を極普通に行う。標的は三日目の午後に帰ってくる。森の中の小道は車が通るには無理があり、標的は徒歩で歩かざるを得ないため、ガラ空きだ。そこを屋敷の中から狙撃する。任務は完了。報告し、帰宅する。

 オリバーはポメラニアンを腕に抱えながら、その段取りを思い返していた。突然響いた銃声に驚いたポメラニアンは尻尾を丸めてオリバーにしがみついている。

「……外から聞こえたな……」

 ロベルトは無事だろうか。買い物帰りを狙撃された、なんてことがあっては堪らない。

 オリバーはポメラニアンを抱えたまま、何もない部屋の窓へと歩み寄る。カーテンの隙間から覗くと庭が見下ろせた。人影はなく、森を縦断する小道の先端が見えている。

 再び銃声があった。オリバーの目の前で、大きな音を立てて弾が弾き返された。

 驚いた。弾き返された?

「防弾ガラス……?」

 この部屋だけだろうか。他の部屋もそうなのか。オリバーは半ば混乱しつつ考え、ひとまず窓からは離れたが、ハッとして身を翻し、走り出した。

「悪い、自分で走って!」

 ポメラニアンを途中で離し、滑るように階段を駆け降りる。ポメラニアンはついてきた。シーズーとダックスフンドが心配だったらしく、二匹の元へと一目散に駆けていく。

 オリバーも同じだ。銃声があり、銃弾も当たったが、スナイパーの姿はなかった。なら、森の中に隠れている。

 ロベルトが危ない。

「うわっ!?」

 玄関扉を開け放とうとした瞬間、勝手に勢いよく開いた。

 向こう側にはロベルトがいて、珍しく焦った顔をしていた。息まで切らしていて本当に珍しいとオリバーは思った。

「ロベルト、大丈夫か?」

 両側から腕を掴みつつ、オリバーは聞いた。ロベルトは目を丸くし、視線を動かして犬たちの様子を見てから、オリバーへと戻した。そして大きなため息をついた。

「君こそ、大丈夫かい。銃声は屋敷の方向から聞こえた。襲撃されたのかと、思った」

「ああ、うん、銃弾自体は、こっちに飛んで来てたけど……防弾ガラスだったから、大丈夫」

「なんだそりゃ、どうなってんだ?」

 グレイソンが割り込んだ。オリバーはロベルトから手を離し、いたことに気づかなかったと思いながらグレイソンを見上げた。

 説明しようとしたところで、ポメラニアンが歩いてきた。オリバーの足元に頭を擦り付けてから、ロベルトのスラックスの裾を遠慮がちに噛んで、引っ張った。

 三人は顔を見合わせ、一旦家の中へと入った。

 銃声はとりあえず聞こえなくなっていた。


 リビングのソファーに座って落ち着いてから、オリバーは二人に説明した。奥の部屋が防弾ガラスだったこと、銃弾は森の中から飛んできたこと。一発目も恐らく防弾ガラスが弾き返しており、どこに当たったか自体は不明であること。

 ロベルトは少し考え、横目を一瞬グレイソンに向けたが、オリバーへと直ぐに戻した。

「銃声は屋敷の方から聞こえたんだ。僕……と、グレイソンは、川辺にいた。位置関係としては屋敷を起点にすれば北北東の方向にある川だ」

「つまり、俺とロベルトが屋敷から聞こえたって思ったからには真ん中あたりがスナイパーの居所だな」

 グレイソンはコートの中をゴソゴソと探り、スマートフォンを取り出して机に置いた。画面には付近の地図が表示されている。

「ま、流石に移動しただろうけどなー」

 言いながら、グレイソンの指先は川と屋敷の間に広がる森林を指差した。オリバーは身を乗り出し、地図を眺める。指を伸ばして一点を指し、

「多分、ここ」

 グレイソンを見ながら、更に続ける。

「奥の部屋が、一番端だから、ここ。それで、防弾ガラスに当たった時、弾が左斜めだったから、こっち。森は犬たちにほとんど案内してもらったけど、この辺りは木が密集してたし、段差があったから、構えやすいと思う。なんで撃ったかは、わからない」

 オリバーは話し終わってから指を退けた。グレイソンは瞠目し、ロベルトの肩を気安く叩いた。

「お前の新しい男、すげーじゃん!」

「撃つよ、グレイソン」

「二人とも、犬がいるんだから、やめろって……」

 ため息をついたオリバーに向けてグレイソンは一声笑う。それから真剣な顔になる。

「恐らくだが防弾ガラスになっているのは奥の部屋だけだ。ここはな、この屋敷を買い取った標的が、唯一改装を加えた部屋らしい。理由は遡っても握りつぶされていたんだが……ま、握りつぶされてたってとこが重要でね。俺のいる組織のトップ連中がわざわざ手を出したんだ。何かしらあるには違いねーと俺は踏んだ」

「なるほどね……」

 説明を受けてロベルトが呟いた。オリバーにはあまりピンと来ない話だったが、聞く場面ではないと保留した。

 グレイソンはスマートフォンを片付けてから、足元に寝そべっているダックスフンドの頭を撫でた。

「まーそれで、狙撃されたってんなら、ちょっと話が変わってくるかも知れねえな」

「また、撃ってくる?」

 オリバーが聞くと、

「防弾には気付いただろうから、狙撃はないね」

 ロベルトが言った。グレイソンは手を打ち鳴らしてザッツライト! と楽しげに笑った。

「俺のオススメは任務を投げての逃亡ないし、不測の事態の説明をして本部の連絡待ちなんだけど、」

「出迎えて撃ち殺す方が早いのに?」

「……って、お前は言うよな〜〜!」

 グレイソンは笑い声を上げて、ダックスフンドを抱き上げ膝へと乗せる。ダックスフンドは鼻を鳴らし、グレイソンの下腹部に頭を擦り付ける。案外と懐かれていて、オリバーはアレスを撫でていた姿を思い出す。

 ロベルトの昔の相方だと聞いた今では、犬に慣れている理由としては充分だと思う。

「つい一緒に来ちまったからには、協力するぜ」

 グレイソンは犬を撫でながら口角を釣り上げて笑う。普段の人好きする笑い方とは全く違った、悪辣な笑みだった。

 オリバーはぞくりとしたが、ロベルトは小さく笑った。頼もしいよ。そう皮肉のように返したが、本当に思っているのだろうなと、オリバーは感じた。

 ほんの少しだけ寂しかったが、何も言わず、グレイソンに頭を下げた。

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