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 家の主人は三日で戻る。自分たちはその間、ハウスキーパーとして家の維持と犬の世話をする。三日後に戻る主人は戻り次第射殺する。ロベルトは改めてオリバーに説明してから、犬たちの餌を用意した。

 ダックスフンドとポメラニアンとシーズーは全員味の好みが違ったが、ロベルトはすでに全てを覚えていた。皿の色は赤、黄、青で分けられており、犬たちは自分の皿に缶詰やドックフードが盛られると一斉にかぶりつき尻尾を振った。ポメラニアンがふと顔を上げ、お前は食わないのかという目をオリバーに向けた。オリバーは気まずさを覚えつつ、笑顔で犬たちを眺めているロベルトを見た。

「なんだい、オリバー」

「いや……おれって、そんなに犬に似てるか……?」

「似てるよ、だから君にも餌をあげよう」

 ロベルトはオリバーを連れ、屋敷のキッチンへと向かう。調理場は広かった。ダイニングが併設されており、四人掛けのテーブルの上には何も生けられていない花瓶があった。テーブルクロスはシミもなく真っ白だ。

 促され、オリバーは食卓についた。ロベルトは時間がないからね、と言いながら、ハムサンドとミックスサンドを手早く作った。湯を注ぐだけのコーンスープも二人分並んだ。

 二人は向き合って食事を始めた。いつも通りロベルトの料理は美味く、オリバーは喜んで食べた。その様子を眺めているロベルトは、やっぱり犬のようだと口にした。

「……犬みたいなやつが好きなのか?」

 オリバーが聞くと、

「まあ、人間の中なら……そうかもしれないね」

 ロベルトは煮え切らない口調で一応肯定した。だからオリバーは、思い切ることにした。

「ロベルト」

「うん?」

「あいつ、……グレイソンさんも、犬っぽい?」

 ロベルトはぴくりと眉を動かしたが、銃を取り出しはしなかった。考え事をするような重たい瞬きを落としてから、犬ではないよ、とまず言った。

「あれはどれかと言えば羊だね」

「へ?」

 予想外の返答だった。困惑するオリバーに向けて、ロベルトは反応を予想していたような、意地悪げな笑みを浮かべた。

「オリバー。僕がブラックミストって呼ばれて嫌がる理由はね、グレイソンのせいもあるんだよ」

「え、あいつが言い出したのか?」

「違う違う、そもそもあいつが先にブラックシープって呼ばれてたのさ。コードネームというわけでもない、噂だけが一人歩きする無駄な呼び名だけどね。だから近くにいた僕にも、あいつのせいで似たようなあだ名がついたんだ」

 近くにいた、という部分でオリバーは頷き、

「元カレって聞いた」

 正直に話すと銃弾……ではなく、フォークが鋭く飛んできた。オリバーは間一髪で避けた。動揺しつつロベルトを見ると、指にナイフを持っていたため即座に謝った。

「その与太は、グレイソンが言ったのかい?」

 ロベルトは明らかに怒っていた。オリバーは何度も頷き、

「でも、近くには、いたのか?」

 恐る恐る聞いてみた。ロベルトは珍しく迷うように視線を揺らしたが、そうだよ、と短く言った。

「恋人だったというクソみたいな冗談はともかく、コンビ相手ではあった。僕が……まともに組織に所属していた頃の話だよ」

「組織……」

 オリバーは詳細を知らないが、ロベルトに殺しの仕事を斡旋しているところがあるとはわかっていた。昔は直属だったのだと、ロベルトはナイフを置きながら説明を加える。グレイソンはその時代の相方で、今もまだ組織の中にいる。

「だから今回、彼がわざわざ僕に依頼を横流ししに来たのは、普段なら有り得ないことだし、組織に知られるとわりとまずいんじゃないかな」

「じゃあ……、なんでロベルトのところに来たんだ?」

「どうかな、オリバー。本当に知りたい?」

 オリバーは言葉に詰まった。何か、触れると無造作に引き込まれるだけの、渦のようなものが待っている気がした。

 何も消せないでいる間に、ロベルトは笑みを一つ残して立ち上がった。空になっていた互いの皿を持ち、流しに持っていって手早く洗った。

 その間にオリバーはじっと考えていた。知りたいかどうか、知ってもいいのかどうか、悩んでいると三匹の犬たちがやってきて、オリバーの足元にまとわりつき始めた。

「オリバー、三匹を散歩に連れて行ってくれるかい」

「あ、うん」

「周囲の森はすべて敷地だから、森から出なければどこを歩いてきても構わないし、リードも必要ないよ」

「逃げないのか?」

「君から離れたくなさそうだからね」

 オリバーの代わりに犬たちが返事をした。相変わらずまとわりついており、早く遊べと言いたげだった。

 歩き出すと本当についてきた。オリバーは苦笑しつつ玄関に向かい、ロベルトは見送りに出た。

「万が一変なもの、少しでもおかしいと感じるものを見たら、すぐに連絡して。撃つから」

 物騒な台詞を背中に受けながら、オリバーは犬たちの散歩に出掛けた。

 昼下がりの森は明るく、緑が綺麗で、長閑だった。鳥の静かな鳴き声が、一人と三匹を送り出すよう響いた。


 オリバーの姿が家の窓から見えなくなってから、ロベルトは一息ついた。本来の目的は、ここからだった。

 ハンドガンを懐に差し、家の中を見回した。広い割には簡素で、調度品が少ない。衣類も見当たらなく、ダイニングのテーブルクロスは真新しかった。

 最近買い取ったか、別荘か。ロベルトは考えつつ二階に登った。部屋の数は然程ない。真っ直ぐに、奥の部屋へと向かって歩く。

 本来はグレイソン、厄介者ブラックシープと呼ばれた男が得意な潜入暗殺の任務であり、掃除夫としての仕事も割り振られている。主な仕事は屋敷内の掃除だ。だが、奥の部屋の清掃だけは、依頼内容に含まれていなかった。

 ならばそこにロベルトの用事がある。屋敷の本来の持ち主が誰であるかは知り得なかったが、わざわざグレイソンが持ってきたのだから、その点だけは信用している。

「何かあると、いいけどねえ……」

 ロベルトは呟き、施錠されている扉のドアノブに銃口を押し当てた。犬たちを怯えさせる心配もないため、遠慮なく弾を撃ち込み、無理矢理開けた。

 

 とある人物の行方を、ロベルトはずっと追っている。

 それは組織が隠し続ける機密事項で、新しく着任した上司が殺したと噂されている、ロベルトの親代わりだった相手のことだ。

 入り組んできたなとロベルトは思う。オリバーが知りたがるかどうか、自分が話したいかどうか、判断がつかないと続けて思う。

 何にせよ、賽は投げられている。

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