2
「いやー相変わらずおっかねえなロベルト、元気そうで良かった良かった、そっちのボクはロベルトのペット? こいつの相手大変だろ〜すぐ撃ってくるし人の話聞きやしねえし犬以外のことゴミだと思ってるしなあ!」
グレイソンと呼ばれた男はとにかくしゃべった。若干引いているオリバーは、横目でロベルトの様子を確認した。笑顔だったが、かなり怒っていた。オリバーは勘弁してくれよと心の中で嘆いた。
先程まで殺し合っていたロベルトとグレイソンだが、そのうちにグレイソンが一応遊びに来たわけではないと言い始め、ロベルトは一旦攻撃の手を止めた。仕事の話だと続いたところでロベルトは納得し、応接間を兼ねているリビングルームにグレイソンを通した。
オリバーはそろそろと逃げようとしたが、ロベルトに捕まった。無言の笑顔を向けられ、ついでのように銃口を脇腹に押し当てられ、従ってリビングへ移動した。
テーブルを挟んで、三人は向かい合った。ソファーにはアレスが寝そべっていたが、空気を読んで飛び降りた。オリバーはアレスの寝ていたところへ腰を下ろし、ロベルトがその隣に座った。グレイソンは二人の正面にある一人がけのソファーの上であぐらをかいた。
冒頭に戻る。グレイソンはにこにこと笑いながら話し続けていた。大体はロベルトに関する思い出で、共に行った仕事で置き去りにされ死にかけたエピソードをオリバーに聞かせていた。オリバーには頷けるところがあった。変な男だとは思ったし、今も変な男だなと思っているが、共感は芽生えて警戒心は僅かに薄れた。
「グレイソン、そろそろ仕事の話を聞かせてくれるかな」
苛立ちの滲む声でロベルトが言った。グレイソンはわははと笑い、短く刈り込んだ赤毛を掌で掻いた。
「本当は俺に来た案件なんだけどさあ、ちょっと手が回らなくてなー」
「余り仕事を押し付けるような身分だったかな、君は」
「おっかねーな許せよロベルト、出来そうな奴がお前ぐらいしかいねーんだよ」
ロベルトは片眉を引き上げ、
「長距離狙撃程度なら僕じゃなくてもいいだろう?」
断る前提で聞き返すが、グレイソンはにやりと笑った。
「狙撃じゃないとこが必要なんだよ」
「? 僕に出来ることは撃ち殺すことか犬を可愛がることぐらいだけど」
「そうそれだ!」
グレイソンは思い切り腕を突き出してロベルトを指差した。その指は横にずれて、呆気に取られているオリバーを指し示す。オリバーは少し身を引き、隣のロベルトに視線を送った。ロベルトは不愉快そうに眉を寄せていた。
「まさかとは思うけど犬を殺す仕事なのかい、グレイソン」
冷ややかな声だった。また殺し合いに勃発するかもしれないと、オリバーは焦った。
しかしグレイソンは大袈裟に首を振った。
「んなわけないだろ! どっちかといえば犬の世話する仕事だよ!」
「……犬の世話する仕事?」
つい聞いたのはオリバーだ。グレイソンはオリバーを見ながら頷き、懐からスマートフォンを取り出した。
「まあとにかく、仕事内容を見てから決めてくれりゃあいいよ。無理なら断るまでの話だしな!」
オリバーとロベルトのちょうど真ん中にスマートフォンが置かれた。二人して画面に表示された内容を覗き込む。映し出されているのは木々に囲まれた屋敷の写真だ。ロベルトは指を伸ばし、スクロールして他の画像を確認する。標的の男のあと、三匹の愛らしい子犬の姿が映し出された。屋敷で飼われている犬だった。
二人してしばらく無言になった。グレイソンだけはずっと笑顔だった。
やがてロベルトが大きな溜め息をついた。腕組みをしつつグレイソンを睨み付け、
「請けるよ」
と静かに言ってから、
「断れないと思って僕のところに来た?」
と付け加えた。
笑顔で親指を立てたグレイソンはロベルトに一発撃たれたが、ナイフで素早く弾いて避けた。
二人のやり合いがあまりにも現実離れしているので、オリバーはコメディアンのショーでも見ている気分になっていた。
グレイソンはそれなりに腕の立つ殺し屋で、仕事がまだ残っているらしい。
そう自分で説明するグレイソンを、オリバーは一応玄関まで見送りに出た。ロベルトは来なかった。アレスはオリバーの足元についてきたが、グレイソンにも案外と好意的で、頭を撫でられると尻尾を振って喜んだ。出会い頭は唸っていたが、グレイソンとわかればすっかり警戒が解けていた。
「グレイソン……さんも、犬は、好きなのか」
オリバーが聞くと、グレイソンは目を見開いた後に、ブハッと噴き出して笑った。
「そりゃあなあ、ロベルトと付き合いがあった人間は、大体犬に慣れちまってるし」
「あいつの昔の仲間とか、友達とか?」
「うはは、お前あいつに何も教えてもらってねえんだなあ」
明らかに揶揄されて、オリバーはムッとする。だっておれはあいつの犬みたいなもんだし。そう答えようとしたが、やめた。
グレイソンがニヤニヤと笑いながら、
「元カレだよ元カレ! 後で聞いてみりゃあいいさ」
と言ったからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます