5
道に出てしばらく待つと、程なく迎えの車が現れた。ロベルトは片手を上げて迎え入れたあと、そばに止まった車の運転席側へ回った。ローン・ウルフを構えられた運転手は悲鳴を上げた。若い女だった。半泣きで両方の掌を見せる仕草を見てから、ロベルトは銃口を下ろした。
「やあ、すまないね。行きは偽装した殺し屋が乗っていたものだから」
ロベルトが爽やかに謝罪すると、運転手はちらとオリバーを見た。詳細を求めるような瞳だった。
「ロベルトが撃ち殺して、道に捨てた」
「えっ……」
「元々の運転手がどうなったのかは、おれも、ロベルトも、知らねえ」
「そ、そうなんですか……」
「あんたも、殺し屋?」
「とんでもないです!」
ロベルトとオリバーは視線をあわせてから、後部座席に並んで乗り込んだ。女は保身のために、さっと免許証を見せ、続いて社員証も見せた。エミリア・ミラー、送迎用ドライバー。そこまでの情報を見てから、ロベルトはやっとローン・ウルフを解体し始めた。
「あの」
エミリアは発進しながら、ちらりとバックミラーを見る。
「これからは、その、わたしが送り迎えを担当することになりますので……」
「おや、何故かな?」
「えっと、命令というか……本部がちょっとごたついたので、上司が変わったと言いますか」
「ああ、方針が変わったのか」
それはけっこう、とロベルトは言うが、
「僕は所属しているわけでもない委託業者なんだから、VIP待遇は止して欲しいんだけど」
そう、珍しく苛ついた口調で続ける。エミリアはまた半泣きになり反射で謝った。オリバーはびっくりして、目を丸くしながらロベルトの横顔を見つめた。
ロベルトはそれ以上何も話さなかった。エミリアもしっかりと口を閉じ、安全運転で真っ直ぐにロベルトの住処まで走った。ロベルトの家は山の中を進み、木々の合間を抜けた先にある。ふっと幽霊のように現れた建物は、夜のせいか家主が不在のためか、人の気配が感じられず不気味だった。
エミリアは玄関先まで行こうとしたがロベルトが止めた。庭の手前で車は停車し、ロベルトはさっさと降りて行ってしまった。
オリバーはロベルトの背中と、この仕事無理……と呟いたエミリアを交互に見てから、運転席の窓に近付いた。
「あのさ」
「はいっ!」
「あいつ、あの、いつもはもっと機嫌いいから……」
なんとなくフォローしたが、オリバーは言葉があまりうまくないため、エミリアはきょとんとしただけだった。急に撃ったりも、多分自分以外にはしないと思うし、あんたが何もしなきゃ何もしないっていうか……と更に言葉を重ねてから、オリバーは溜め息をついて家の方向を見た。ロベルトはもういなかった。
「……、まあとにかく」
「はい」
「次も、よろしく、エミリア」
「あっ、は、はい!」
エミリアはぺこぺこと頭を下げてから、オリバーが見送る中、走り去っていった。
玄関を開けるとロベルトが腕組みをしたまま待っていた。足元に座っていたアレスは、オリバーを見ると鼻を鳴らして擦り寄っていった。オリバーはちょっと困りながら膝をつき、頭を押し付けてくるアレスの体を両手で撫でた。
「オリバー」
呼ばれて顔を上げた。ロベルトは腕組みを解いていたが、表情には少しだけ、影が差していた。
エミリアとの立ち話はいけなかっただろうか。オリバーはそう考えるが、
「新しい上司の名前、聞いたかい?」
予想外の問い掛けに、戸惑った。
「聞いてない……けど、聞いた方がいいなら、次、聞いとく」
「いや……それなら別に、構わないよ」
「……、ロベルト?」
「うん?」
「誰か、知り合いなのか?」
ロベルトはまばたきをしてから、薄く笑った。
「秘密」
そう言って家の奥に歩いて行ったロベルトを追い掛けようとしたが、アレスにじゃれつかれて床に倒れた。アレスは大型犬で力も強い。丸一日放置したため遊んで欲しいようだった。
アレスの相手をしつつ、オリバーはほとんど初めて、ロベルトの過去について考えた。
(モンキービジネス・終)
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