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 廃工場の裏手に回ったオリバーは、警備らしき男が二人いるのを見つけて溜め息を吐きかけ、堪えた。避けることは難しかった。片方は腰に拳銃を吊るしており、もう片方は長剣をぶら下げていた。オリバーは少し考えてから、プルオーバーパーカーのフードを被った。彼の金髪は、夜の中では目立つ。

 後ろ髪を入れ込んでから、近くの木の幹に手をついた。窪みに足を引っ掛けて、登った。物音は立ったが小動物程度で、警備二人の目はオリバーの方向を見たものの暗がりではよく見えず、大した警戒はしなかった。

 オリバーは上まで進み、枝伝いに警備のそばにある木まで移動した。枝に座って見下ろすと、拳銃の方の真上辺りだった。二人は何かを話していたが大して聞こえなかった。ブラックミストという単語だけは聞き取れて、オリバーはちょっと、おかしくなった。

 滑り落ちるように枝から降りた。拳銃警備の頭上へと、落下の勢いのまま落ちていき、肩車のような体勢で肩に着地した。降り立たれた本人が叫ぶ前に頭を掴み、あらぬ方向に勢いよく捻った。拳銃警備は何が起こったのかわかっていないまま意識を飛ばした。骨の折れる音を拾った長剣警備は驚いて隣を向いたが、見えたのはちょうど、仲間の身体が崩れ落ちたところだった。

「誰だ!」

「あ、アニメで見たことある、その場面」

「なっ、なんだこのクソガキ……!」

「あ、映画で聞いたことある、その台詞」

 オリバーは拳銃警備の体を踏み台に飛び、太い枝に腕を引っ掛けて留まった。長剣が抜かれる。通信機で応援も呼ばれる。オリバーは足を振って反動をつけ、逆上がりして枝の上に足を折り曲げ座り込む。

 枝に向かって長剣が振られた時には、もうそこにオリバーはいなかった。

 打撃音が響いた。オリバーの回し蹴りは長剣警備の側頭部を的確に打ち据えた。脳震盪を起こして倒れた相手を見下ろすこともなく、オリバーは耳につけられているイヤホンマイクを外し、出来るだけ平らなところに置いた。

 壊すとロベルトに発砲されるからだった。

「でも、避けれると思って、撃ってくるんだよな……」

 オリバーはぼやいてから、やってきた増援三人の足音を聞く。木々の影に揺らぐ人影は目立っていた。

 黒は目立つんだ、ロベルト以外。オリバーは胸の内で呟きながら走った。真ん中の相手に体当たりをしたあとに、素早く体を捻って上体を低くする。振り回されたナイフが空を切る。増援達は一瞬、されど致命の一瞬、オリバーの姿を見失う。

 オリバーは両手を地面につき、腕の力だけで逆立ちした。さっさと殺せ! 増援のどちらかが暗闇の中で叫ぶ。オリバーは息を止めた。力を込めて腕の位置を入れ替え、足を開きながら回る。プロペラに似た動きだった。本人としては生まれつきの勘とロベルトによる訓練という名前のパワハラと、路上で暮らしていた頃の立ち回りで覚えた動作ばかりだったが、形としてはブレイクダンスに酷似していた。

 オリバーは相手の手の甲を蹴りつけて拳銃を落とさせた。腐葉土の上に落ちたそれを一瞥してから、手を抑えている顎へと片足を振り抜いた。ごつ、と鈍い音が響いた。顎の砕ける音だった。

 一人だけ残された増援はそこでやっとライトをつけた。遅すぎる判断だった。照らされたオリバーは背中側を下にしながら体を反らし、片足ずつ地面に下ろした。逆立ちをやめて普通に立ったオリバーは、増援から見ればただの未成年だった。だが、噂は知っていた。

 気配を微塵も感じさせないまま的確に飛んでくる銃弾を指して、ブラックミスト漆黒の霧と呼ばれている殺し屋がいる。それが最近、近接用の相方を雇い始めたと、殺し屋の間で囁かれている。

 まさかこのクソガキが? 一人残された警備の男は眉を顰める。あまり見慣れない動きをする、暗闇の中でもこちらをよく見ている、犬のようにちょこまか動く──。

 ライトの丸い光の中に、一人の少年はじっと佇んでいる。警備の男はついに聞く。おまえ、あのブラックミストのバディなのか。

 オリバーはふっと息をついて、パーカーのフードを片手で剥いだ。

 それから言った。

「あいつ、その名前嫌いらしいよ」

 警備が拳銃を抜くより、オリバーが足元を振り抜く方が早かった。パン、と軽い音がして、警備は撃たれたと思ったが、違っていた。額に強い衝撃を感じた瞬間には目眩を起こして倒れていた。

 オリバーは歩き、ついたままのライトを拾い上げて消した。辺りには暗闇が訪れる。目を閉じ、一息ついてから開けば、もう見えた。オリバーは警備の額に当てた拳銃を拾う。一応全員撃とうかと思うが、ロベルトと同じ武器は嫌だった。どうしても見劣りするため、癪だった。

 オリバーは拳銃を放り出してから、置いていたイヤホンマイクをつけ直した。声をかけると直ぐに応援があった。ロベルトの笑い声は愉しそうだった。

「初期位置、ついた」

 ぶっきらぼうに告げた。廃工場の方向を見て、取り付けられた窓の中を確認してから、

「警備のやつら、ロベルトのこと、ブラックミストって呼んでた」

 茶化してみるとイヤホン越しに小さな破裂音が聞こえた。オリバーは慌てて飛び退いた。間一髪だった。立っていたところに、銃弾がひとつめり込んだ。

『オリバー、悪口はよくないな』

「……悪かったよ……」

『わかってくれたならいいんだ。さあ、早く仕事を終わらせてしまおう』

 うん、それは、そうだ。オリバーは再び廃工場に目を向ける。闇の中に浮かぶ輪郭も、窓の灯りと切り取られた中の様子も、駐車場の車の数も警備の数もオリバーにはよく見えた。双眼鏡も暗視スコープも必要ないほどに。

 警備の男はオリバーに、ロベルトのバディかと聞いたがそうではない。

 オリバーはどこまでも犬だった。周辺の掃除を任される従僕で、長距離スナイパー用に訓練された、恐ろしく目のいいスポッターだ。

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