2
ロベルトはゆったりと座っていた。腕と足を組み、遠くで聴こえた銃声に目を細めるが、それ以上動きはしなかった。
彼が動く必要がなかったからだ。
「オリバー、君に運転を教えておけばよかったな」
急ブレーキが踏まれた。運転手は振り向きざまに小型銃を後部座席へと向けたが、発砲出来なかった。ロベルトの隣で金髪の犬が動き、手を振り上げ、銃から指を離させた。その一連の動作は運転手には見えなかった。むしろ、そちらだと思わなかった。
オリバーは手元を離れた銃を即座に空中で受け止める。運転手の視線が上向いている間に銃口側に持ち替えて、すばやく隣へと差し出した。訓練された動きだと見ればわかったが、運転手にその余裕はなかった。ロベルトは薄く笑ったまま、銃を受け取った。乾いた発砲音が二発響いた。
「あ、汚した」
オリバーが言った。運転手の額と左目を貫いた弾丸は、血飛沫と銃痕を車のフロントガラスにばら蒔いていた。ロベルトはわずかに眉をひそめた。溜め息をひとつつき、手にした銃を座席にぽんと投げ出した。
「整備がなってないよ、撃ちにくい」
「ロベルトのくせに、銃に文句、つけるなよ」
「性能はともかく手入れは必要だよ。銃も、犬もね」
ロベルトは腕を伸ばし、オリバーの金髪をわしわしと撫でる。
「いい子だったね、オリバー。さてじゃあ、気を取り直して遊びに行こう」
腕が離れたあと、オリバーは首を振って乱れた髪を更に乱した。本当に犬みたいだなとロベルトは言い、後部座席を降りて運転席側へと回った。
扉を開き、左目の潰れた死体を外へと放り出してから、運転席に座った。サイドボードにあったタオルでフロントガラスを吹いたが、血の汚れはともかく、弾丸が突き抜けていった穴はどうにもならなかった。
オリバーは不安だったが、ロベルトはまあいいかと穏やかに言ってから発進した。走り去る車を見送るひとつの死体の上には日暮れが落ちた。閑散とした山の中の道路に、通りがかる車はいない。
郊外の町に辿り着いた時にはすっかり夜だった。民家の灯りが暗闇の中にぽつぽつと浮かび、それを反射したような星が夜空に散っていた。
町のそばの森の中に、用済みの車は乗り捨てられた。ロベルトとオリバーは森の中を進んでいき、町を見下ろせる高さの位置で一旦止まった。
「さてオリバー」
「うん」
「君の初期位置はあそこ」
ロベルトは町の方向を指してから、小型の双眼鏡をオリバーに手渡した。オリバーは黙って覗く。町の外れ、左右に木々の生い茂る細道を抜けた先にある廃工場を見ていると、北北西、と指示が飛んだ。
双眼鏡の位置をずらした。廃工場の更に奥、闇に包まれた深い森が映り込む。今いる森と繋がっていた。このまま進めば回り込める。
「標的は廃工場にいるよ」
「うん、わかる」
「でも見張りが多いし、奥の森にも警備してる殺し屋がいる」
「……、そこにおれ一人で行くのか?」
「そうだよ、行っておいで」
「正気かよ……」
「大丈夫さ、オリバー。失敗したら、死ぬだけだからね」
何も大丈夫ではないとオリバーは思う。しかし逆らうとこの場で撃ち殺されるだけなので、頷いた。最早習性のようなイエスだった。
ロベルトは微笑み、オリバーの左耳にイヤホンマイクを押し込んだ。
「よろしく頼むよ、マイドッグ」
「……うん、まあ、がんばるよ……」
ひらひらと手を振るロベルトを不満気に見てから、オリバーは身を屈めて森の奥へと進んで行った。
それを見送ってから、ロベルトはしゃがみ込んで鈍色のアタッシュケースを開いた。中にはパーツごとに銃器が収納されている。ロベルトの愛銃だ。現代で言えばドラグノフ狙撃銃に姿形が似ているが、ロベルトが自身で改良したため銃身が長く、持ち手も本人に合わせて最適化されている。
ロベルトは愛銃を「
少し経てば、打撃音に変わった。ロベルトの言った通りに待ち伏せていた殺し屋と応戦しているようだった。
戦闘の音は続く。クソガキ、さっさと殺せ、どこに逃げた、畜生! 様々な罵声がイヤホンマイクを通して聞こえてくる。オリバーは息遣いこそ荒いが一言も発しない。また罵声がある。それから打撃音。呼吸。悲鳴。……。
ロベルトはふっと息をついて笑い、
「君はずいぶん頼りになるねえ、オリバー」
小さく呟いてから、銃口を廃工場の方角へと真っ直ぐに向けた。
敵はそれなりに多いが標的自体は一人だ。廃工場の中で、震えながら待っている。ロベルトはそれさえ撃ち抜けば任務完了の報告が入れられる。だから行け、オリバー。今日も僕の役に立て。
ロベルトは身動き一つしないまま木の狭間に伏せ、廃工場を薄く微笑んだまま見つめている。
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