霊々冥土バスターズ

@chun795

【第1話】残映

「写真が動く」

鮫島は首を傾げながら、目の前の男が言った言葉を反復した。写真が動くとな。動画でもないのに?鮫島がその言葉を吐くより前に、白群が遮るように「他にもありますか?」と重ねた。

「いえ…」

「ふむ、では現段階では写真が動くという現象のみなのですね?」

「えぇ、ですが気になってしまうと不安で…」

そう言った依頼人である男性は、神経質そうに親指のさかむけを触る。白群が「お気持ち大変分かります」と優し気に目を細めた。

「この写真の人に見覚えは?」

「おい、霞。失礼だろうが」

単刀直入に切り込んできた霞の言動を諫める白群を無視して、霞は依頼人へと目を向けた。(厳密には依頼人の置いた写真に、だが)

「………彼女でした」

「でした?死んだのか?」

「鮫島」

「あぁ、すまない。この女はもういないのか?」

白群に名前を呼ばれた鮫島は謝罪して、言葉を入れ替えるもその言葉は高圧的で、白群は依頼人に頭を軽く下げてすみません、と謝った。男は目を鮫島と白群、霞へと向けた後、机に置かれた写真へと視線を動かしながら「気にしないで下さい」と暗く沈んだ声で吐いた。

「…仰られたように、彼女はもう既に他界しております。この写真が動くようになったのも、彼女が亡くなった翌年からでした」

「…では、この写真への思い辺りはありますか?」

ありません、と今度は食い込むように声が返ってくる。白群はその返事に、「成程」と返し、鮫島は飽きたのか、はたまた自分の専門ではないと思ったのだろう、興味深く写真を持ち上げて眺める霞の隣で習うように写真を見ていた。そんなマイペースな二人を無視して白群は依頼人に「写真はこちらで処理いたします。もし、何かありましたらご連絡を下さい」と言った。

依頼人が事務所から去った途端、白群は霞と鮫島の頭を掴むと、鈍い音と共にぶつけた。

「いたい!」

「ム。ぶつけるのなら先に言ってくれないか」

「お前ら、いい加減、体裁を覚えてくれないか⁉」

その言葉に霞は唇を前に突き出して、白群に言い聞かせるように「もー、前から言ってるじゃない。商売担当は白群で、僕は道具担当」と返した。

「オレは?」

「居候かな」

「お前もだよ」

鮫島の質問にしたり顔で返した霞を、今度は軽く小突いた白群に霞は「あー!また暴力!一体いつからエレガントヤンキーになっちゃったの?」と口を動かす。白群は「知るか」と答えながら、霞の手から写真を取り上げるとぐっ、と握りこんだ。すると写真は青い炎で焼かれて消えた。

「確認しなくてよかったのか?」

鮫島がそう聞くと白群は手袋から煤を落としながら答えた。

「いいんだ。こういう記憶に残るモノ・・・残穢は視界を通じて此方に干渉してくるモノが多い。だから、此方は決して見ずに処理しなければならない」

「その代わり、処理はこの通り簡単だから対処法さえ分かれば、サメくんでも出来るよ」

霞が人差し指を上げて、白群の言葉に付け加えた。鮫島がそうなのか、と返すと白群は何かを思い出したのか、馬鹿にするように笑った。

「ふん、そんなこと言ったってお前は好奇心に負けて数日間、怪異に悩まされていたじゃないか」

霞は口をパクパク、と魚の様に開閉するも上手く言い返せないのだろう。ぐっ、と喉を鳴らして「ああいうじっとりした怪異はコリゴリだね」とだけ言った。

「そうだな。お前や鮫島もだが、好奇心は猫も殺すんだ。生半可に手を出すなよ」

「あぁ、オレはスライムだからな。そういう人間側の問題はそちらに任せる」

「そういうことじゃないんだがな…」

呆れたように息を吐いた白群に鮫島は首を傾げる。「わぁ、あざとーい」と霞が口に手を当てて笑った。鮫島は何があざといのかが分からなかったが、とかくにこの男は軽薄で言葉に深い意味がないことは分かっていたので「そうか」とだけ返した。

「…ところで不思議に思っていたのだが、写真に残っていたのは幽霊だったのか?」

「いや、幽霊ではなく、残り滓に近いのかもしれない。依頼人は思い辺りが無いと言っていたが、あれは強い未練か、何か伝えたいことがあるから生じたんだろうな」

顎に手を当てて鮫島の疑問に答えた白群は「その未練自体は見えないから俺には分からないが」と言葉を続けた。

「それ、わかっちゃったかも」

いつの間にか、スマホを弄っていた霞が自慢げにそう言った。それに対して白群は「また、お前なぁ」と眉を吊り上げるも鮫島が「ほう」と興味深い声を上げたからか、「…話を続けろ」と言葉を変えた。

「ふふん、とりあえず見せたいものがあるからこっち来て」と霞はデスクトップパソコンを起動して手招きする。椅子に座って何やらサイトを検索する霞を後ろから覗くように、白群と鮫島が立つ。目的のものが見つかったのか、霞はサイトをクリックして立ち上げた。それはブログであった。

四月二十五日

ブログを書き始めました(^^♪

何を書けばいいのかは分かりませんが、アイドルオタクとして推しについてや同士が見つかれば・・・!と思っております(笑)

五月十二日

今日は推しの京香ちゃんの写真集発売日!

十七歳のころよりも大人ぽくて、照れてしまいました(笑)


「ただのアイドルが好きな男のブログじゃないか」

白群が腕を組んで言うと、鮫島も同意するように首を振った。霞は二人の反応を見通していたのか「まぁ、ここから変わってくるからさ」とカーソルを動かしていった。


六月三日

最近、オタク仲間のS氏から京香ちゃんの撮影場所を教えてもらいました。

良くないことかもしれませんが、見に行こうと思います。ここから車で二十分ぐらいのようなので・・・。遠くから見るだけで良いので、少しでも京香ちゃんと同じ空間にいたい!

七月二十日

京香ちゃんを頑張って遠くから写真で撮りました!

ブレブレ(笑)もう少し綺麗に撮りたかったのですが、技術力も低く無理でした・・・。


ブログには画像が添付されており、霞は二人が見えやすいように横にずれた。写真は画質が悪いものの、麦わら帽子を被った白いワンピースの少女が映っていた。ブログ主が言うように遠くから撮影したのだろう、目線はこちらを向いておらず、別の場所を見ているようだった。

白群はその写真を見ると、驚いたように目を見開いて「これは…」と漏らすと、鮫島が「男が持ち込んできた写真の女だな」とはっきりとした声で言った。

「そうなんだよね。つまりあの依頼人が持ってきた写真はアイドルの京香って子の写真なんだよ」

「だが、それがどう未練になるんだ?」

それは今から分かるよ、と霞は言いながら今度は別のサイトを立ち上げる。そのサイトは先ほどのブログとは異なり、黒い画面に何やら英語で書かれた掲示板サイトの様であった。

「なんだこれは」

鮫島がそう霞に聞くと、霞はあっけらかんとしながらもどこか不快そうに眼を細めながら「女性の強姦写真とか、死体の写真とかそういう犯罪すれすれというか、もはや犯罪レベルの写真や動画が出回ってる悪趣味な掲示板サイトだね」と答えた。

「なんでお前がソレを知ってるんだ」

「親戚に詳しい子がいるの。僕はオカルトが好きなだけでこういうのは好きじゃない」

普段、はっきりと好き嫌いを言わない霞が言うということは余程なんだろうな、と白群は感じた。鮫島が「じゃあ、それと京香というアイドル、どう関わるんだ?」と質問を重ねると霞は手慣れたように数多の掲示板から、一つの掲示板を表示した。

「…死にゆく女性?」

不穏な単語だな、と書かれていた英文を読んだ白群が呟く。「インターネットというものは世界が広いな」と鮫島が言うと「知らなくてもいいことではあるけどね」と霞はぴしゃり、と言い放った。「それでさ、」と言葉を続けた霞は掲示板をマウスカーソルで下へ、下へと移動していく。

「この京香って女の子は、実際に死んでいるんだよね。去年の夏ぐらいだったかな。撮影途中だったのに、気づいたらいなくなっていて」

「…」

「そして同時期に、この掲示板に五枚の写真が投稿されたの。写真の中身は森林の中で腐っていく女性の写真。時期といい、場所と言い、一部のネットユーザーからはこの死体が行方不明のアイドルなんじゃないか・・・なんて根も葉もない噂が立ったんだ」

「根も葉もない噂?」

「そのアイドルの死体は別の場所で発見されたの」

カチカチと腐敗して顔が分からない、元々は白だったのであろうワンピースは黄色く変色していることから、女性であると考えられる死体の写真を霞はブラウザから消すと、もう一つのブラウザを開く。そこには「人気アイドルの突然の別れ 原因は連日の気候変動か?」と大きく書かれた下世話なネットニュースだった。

「だから誰もが、死体はネットから適当に拾われたか、加工されたものでこの写真は実在しないと思われていたの」

「だが、依頼人が持っている写真の女と同じ服で、行方不明になった時期とも重なるじゃないか」

鮫島がパソコンの画面に映る掲示板に掲載された死体の写真を指で差して言うと、霞は「そうなんだよ」と肯定した。

「だから、これは僕の予想なんだけれども、もしかしたらこの死体は京香っていうアイドルの子で、殺した場所がバレないように依頼人が死体を海に運んで捨てたのかなって」

霞はそう言いながら、悪趣味なサイトを閉じた。白群は顎に手をやりながら「もし、お前の予想があっているなら」と口を開く。

「どうして、そんなめんどくさいことをするんだ?死体を別の場所に捨てるぐらいのことをするということはバレたくないはず。なのに、一人で抱え込まずにサイトに晒す理由がわからない」

鮫島も同意見なのだろう。小さく頷いて霞を見る。霞は三つ編みを人差し指でくるり、と巻き付けながら「・・・うーん」と声を漏らしながら続けた。

「残したかったからじゃないかな」

「残したい?」

「うん。さっき見せたブログの人はさ、多分だけど京香って女の子が腐っていく過程を綺麗に撮って皆に共有している気持ちなんじゃないかな」

霞の考えに白群と鮫島は閉口する。誰だって理解のできない行動には思考を止めてしまう。正直なところ、霞の考えは突拍子のない、半ばこじつけにも近い妄想に近いものではあったが、妙な現実差がひんやりとしたモノを感じさせる。静かな事務所に響く、誰かが唾を飲んだ音が響く。切り出す言葉を白群が模索していると、霞の中性的な声が「なーんてね」と重たい空気を散らした。

「ただの探偵ごっこだよ。悪質な人たちが実際の死亡事故をこじつけて、事件性を持たせただけ」

「・・・そうだな。もし本当に依頼人が犯人なら、いくら他人の俺たちだからって写真を見せるはずがない」

白群が肯定の言葉を続けて言うと、霞は「そうだよね」と笑って言った。これ以上は触れてはいけない境界線のような気がしたのだ。鮫島だけは二人の空気に置いていかれているような顔をしていたが、触れても誤魔化されるだけだと判断したのか、机に置かれていたスナック菓子を開けて食べていた。

「今、食べたら白群に怒られるよ」

「ム。そうか。だがオレは食べれる」

「サメくんなら食べれそうなんだよなぁ」

鮫島がパクパクと食べていく様を横目で見た白群が「食べても良いが、客に出す分には手を出すなよ」と注意すると、スナック菓子へと伸ばしていた手を引っ込める。その鮫島の様子に霞は呆れた声で「怖い謎を垣間見たばかりだっていうのに、呑気だねぇ」と呟く。

「…ウム、だがそれは貴様ら人間側の問題だろう?」と鮫島が鋭い目をほんの少し、まろくさせて返した。霞は肩透かしを食らったように「そうなんだけどさぁ…」と曖昧に笑う。

「まぁ、どの道、警察でもない俺らにはどうにもできないからな。・・・それに、依頼人はまた来るだろうからな」

「どういうこと?白群、写真は焼き払ったんでしょう?」

霞が白群の言葉にそう聞くと、白群は「勿論だ」と返し、そして「だが」と言葉を続ける。

「アレは写真自体に憑いている訳じゃない。いわば、破片のようなものだな。本体というか、濃く存在する写真、もしくは動画はまだ依頼主の家にあるはずだ」

「あぁ、だから僕やサメくんが写真を見ていても何も言わなかったんだね」

納得したように霞が言うと、白群は「注意しても無駄だからっていうのもあるが…。そういうこともある」と返した。


数日後、白群の言っていた通り、依頼人から連絡がきた。電話先での依頼人は憔悴しきった声で、白群は「すぐに向かいます」と言って電話を切ると、鮫島がチョコスティックパンを口に含みながら「以来か?」と聞いた。

「あぁ、先日の男だ」

「先日と言うことは…、あの写真の男か」

「そうだ。鮫島、霞を呼んで来い。準備ができたらすぐに向かう」

わかった、と鮫島はチョコスティックパンの袋を抱えて霞がいる、一階のガレージへと向かっていく。白群が呼ぶよりも、手の掛かる弟の様に見ている鮫島に呼ばれた方が幾分か早く準備するであろう。まぁ、怪異関係であれば普段の動きとは想像もつかない速さで動くものだからどちらでも構わないのだろうが。

「…手遅れじゃないといいのだがな」

白群は重たい息を吐きながら、依頼人が電話先で語った話を思い出す。「女がいる」と依頼人は要領を得ない口で話していた。女というのは、きっと写真に写っていた女なのだろう、と白群には容易に想像ついた。依頼人が実際に罪を犯したのかは不明だが、何かしらの未練を、恨みを依頼人に持っているのは確かである。どうであれ出来るなら依頼人の不安を取り除いてやりたい。今できることはそれしかないだろう、と白群は結論付けていると準備が出来たのだろう、霞と鮫島が二階へと上がっていた。

「白群~。準備できたよ」

「分かった。今回は早かったな」

「サメくん、パンくずを機械に落としそうだったからさぁ。早く外に出さないと危ないなって…」

霞が目を閉じて呆れたように言うと、鮫島が「申し訳ない」と先ほどよりも大分、萎れたチョコスティックパンの袋を抱えている。マイペースな奴らだなと白群は思いながらも依頼人の家へと向かうために霞の方へと車の鍵を投げた。

「わっ、僕に運転しろってこと?」

「お前しか免許がないんだからしょうがないだろ。早く車を出せ」

「足ってことじゃん…」

いいけどさ、とブツブツ言いながらも霞はガレージに停められている車を出すと、後方座席に鮫島を、助手席に白群を乗せて車を動かしていく。

依頼人の場所は車で移動すること二十分の距離にあった。年季の入ったアパートの錆びた鉄階段からはカンカン、と音が鳴る。白群は依頼人の部屋の前に着くと、霞が「あれ、」と声を出した。

「ドアが開いてるね」

「本当だな。そういう文化なのか?」

「うーん、田舎ならあり得るけど、ここは都会だからねぇ。サメくん、覚えときなよ。こういうときの不用心なドアはね、大体何かあったってことさ」

「おい、勝手な憶測で不安を煽るな」

「あはは、妄想かどうか試してみたら?答えは部屋を見ればあるんだからさ」

霞は笑うと白群に部屋の中に入る様に指示した。白群は眉を潜めながらも、冷たいドアノブをゆっくりと回す。ドアは何の抵抗も受けずに開いた。部屋の中は薄暗く、そして鼻を突き刺す腐敗臭が広がっていく。咄嗟に鼻を抑えて進んでいくと廊下はざらざらとしており、それが何なのかは暗くて分からない。だが、何かがあったことだけが頭に届く。ピリピリとした痺れが親指に響く。白群がゆっくりと歩く度に、背後の二人が抱える緊張感が大きくなるのを感じる。部屋へと繋がるドアを開けると、更に酷い鼻に張り付くような腐った匂いが、死の匂いが強まった。そして、白群は部屋の真ん中に倒れているソレを見ると目を大きく開いた。

ソレは、依頼人だった。身体は風船のように膨れ上がっており、暗赤褐色に染まっている。部屋は散乱しており、何かから逃げようとしていたようにも見える。顔に散らばる水泡が破裂したのだろう、床には腐敗した汁が漏れ出ていた。部屋中に充満する匂いはこの液体なのだろう、と白群は思惑しながら霞に「警察に電話しろ」と言った。

部屋を見回すと、テレビや鏡、窓はガムテープで閉め切られており、依頼人が追い詰められていたことが伺える。白群に並んで部屋を見回していた鮫島が口を開く。

「これは怪異の仕業か?」

「…そうだろうな」

「人間の恨みとは恐ろしいものだ」

鮫島の言葉に肯定するように目を伏せると、警察を呼ぶために一足先に外へと出ていた霞が「おーい」と間延びした声で話しかけてくる。

「警察、すぐに来るってさ」

「そうか、俺たちは外で待機しておいた方がいいな」

白群は玄関の外で待っている霞へと向かうため、靴を履こうとすると靴下の裏が湿った土を踏んだように汚れていることに気づいた。白群が「土?」と呟くと鮫島が廊下に指を撫でつける。確認するように親指と人差し指をこすり合わせると、白群に向かって「そのようだな」と肯定した。

「まるで森の中で死んだ死体みたいだよね」

「霞」

「白群も分かってるだろ、これは依頼人の彼が殺したアイドルの怨念だって。死体はどう見ても数十分前のモノじゃなかった。まるで、数日間も放置されたみたいだった。そうだな、もっと言えばサイトに載っていた人の腐乱死体みたいだったね」

「物言いに気をつけろ。死を冒涜していると思われるだろ」

「人を自分の勝手で殺したんだから、因果応報じゃない?」

「だとしてもだ」

いい子ちゃんだね、と霞が鼻を鳴らして目を細める。白群は吊り上がった眉頭を押さえてため息を吐くと、先ほどとは異なる、少し拗れた空気が白群たちを包む。しかし、それは長くも続かなかった。ぐぅぅぅぅぅと何かが収縮する音が響いたからである。音の出所は鮫島だった。鮫島は腹を摩ると、口を開けて呆然としている霞と目を見開く白群に向かって少し申し訳なさそうにお願いした。

「…小田」

「なぁに、サメくん」

「腹が減ったからこの後、焼肉屋に行きたい」

「そこまで運転してってこと?」

「ウム」

「…よくもまぁ、死体見た後に食べれるね。僕はアイスとかだけにしとこうかな。白群は?」

「コーヒー」

「ふへ、焼肉じゃなくてもいいじゃんね」

口角を上げた霞がそう笑う。白群はほんの少し重かった肩が軽くなるのを感じた。鮫島はもう行く気でいるのだろう、ソワソワと車を気にしている。白群はそんな鮫島を諫めるように「警察に説明するからちょっと待て。終わったら食べに行こう」と口を開いた。

甘辛いタレが絡みついたカルビ、分厚く切り分けられたロース、薄いが歯ごたえのあるネギ塩タン、塩で味付けされたハラミ。網の上はそれらで埋め尽くされており、鮫島は焼けたことを確認するとまとめて箸で取り、白米と一緒にかきこんでいく。口の端についたソースを舌で舐めとると、皿に置かれた肉を網の上に乗せていく。だが、均等に火加減が通すことを考えていないのだろう、肉が積み重なっている箇所があった。

白群はソレを箸で移動させ、均等に肉へと火が通る様にするとつまみを食べていた霞が「鍋奉行…いや、肉奉行?」と笑った。

「スライムでも生肉に当たるかもしれないだろ」

「そういうことじゃないけどさ、世話好きだよなぁって思っただけだよ」

霞はそうビールの代わりにコーラを煽って飲んだ。白群は網の上から特に油の乗った肉を取ると、霞の綺麗な皿に乗せた。鮫島は「ム」と声を上げるも、特に反応せずにまた白米と肉を口の中に放り込んでいく。

「ねー、やめてよぉ!油っこいのは胃もたれするんだよ?」

「ソースまみれの飯を食うバカ舌が何を言う。鮫島を見習ってお前も食えばいい。せっかくの焼肉だぞ?」

「えぇ…、死体見てから焼肉食べる気なんか起きないよ…」

そう文句を垂れながらも霞は肉にタレを漬ける(ほんの少しではなく、肉がタレに浸っているのだ!白群的には健康被害の塊だと思っている)て咀嚼すると美味しいのか、頬が緩んだのがわかった。現金な奴だな、と思いながら白群はネギ塩タンを口に含んだ。程よい塩分とネギの甘さがタンに絡んで美味しい。白群は特に、ネギといった薬味を好むので、この店のネギが多い点は非常に好ましく感じる。

「追加注文して良いか」

「いいが、あまり高いものは頼むなよ」

鮫島は頷くとタブレットを操作し、肉を注文していく。霞が「コーラ!」と言うと、鮫島は「分かった」といい、それも注文していく。鮫島の食べっぷりは気持ちが良く、見てるだけでも白群の腹までも満たされていくようだった。

「そういえば、気になったことというか確認したいことがあるんだけど」

「なんだ、霞。食事中だから死体の話はするなよ」

「わかってるって!僕が気になったのは、彼の部屋で至る所にガムテープが貼られていたことだよ」

チーズちくわを食べながら霞は白群に目を向けた。白群は「貼られていたな。それで確認したいこととは?」と話を促すと、箸の先端をくるくると少しだけ回しながら霞は話を続ける。

「あれってさ、霊自体が画面に、というか映り込むものを通じて干渉してくるから塞いでたってこと?」

「どうだろうな、追い詰められた人間が被害妄想で塞ぐということも考えられる」

「そう言うってことは、残穢は残ってなかったの?」

「あぁ、少なくとも俺が見た限りでは」

タレの絡んだカルビをトングでひっくり返しながら白群は答えた。何かが引っ掛かるのだろうか、はたまた何かあってほしいという願望からか霞は納得がいかない顔をするも、焼肉のタレが染み付いた肉を頬張った。

「つまんないの」

答えは後者の様だった。白群が「不謹慎だ」と言うと、拗ねたのか白群が大事に育てていたネギ塩タンを箸で取り、鮫島の取り皿に置いた。

「おい」

「サメくん、食べな」

「ム、助かる」

鮫島は白群に確認を取ることもなく、レモン汁をかけて白米と共に含んだ。白群は霞を睨みつけると、霞の取り皿に野菜を盛りつけた。「白群!」と鋭い声が聞こえてくるも、知ったことではない。例え、犯罪者だったとしても怪異の餌食になった人間を蔑ろにして、怪異のみに関心を向ける態度は悪癖でしかない。言っても分からないのだから、このぐらいのやり返しぐらい許されるだろう。なのに白群の態度を霞は「またイライラしてんだから」とケロリとしているものだから、霞の耳を思いっきり抓ったのは仕方がないことだと思う。

「っ!サメくん!見た⁉今の⁉暴力だよ⁉」

「今のは小田が良くないと思う」

「反省しろ」

「サメくんの裏切り者!極悪スライム!いたいいたい!」

暗い部屋を青白い光が差し込む。猫背の男、狗丸は趣味のネットサーフィンに勤しんでいた。マウスを動かしながら、表には出回らない死体の写真や動画がまとめられた記事を眺める。このサイトの存在をオカルト趣味の従兄に教えたことがあるが、男の趣味に一切理解が出来ない、と言いたげな顔をしていた。だが、狗丸には分かる。あの男は、同じ人種であることを。倫理観や道徳よりも、己の知識を優先し、そのためなら他者の死すら利用する。そんな病的なまでの知的好奇心。狗丸はそんな自分を恥じていないし、あの男も恥じていない。単に狗丸に共感することが嫌なのだろう。

「…あれ」

動かしていたマウスを止める。それは丁度、従兄に教えた掲示板だった。「死にゆく女性」と書かれたソレに添付された写真は死体が腐敗していく様子を順番に並べたモノで、同時期にアイドルの行方不明が報道され、「同一人物ではないか」と騒がれたものである。狗丸もその騒ぎを見ていたし、センセーショナルな写真は記憶に濃く刻みついていた。だから写真の違和感に気づいた。

「写真が変わってる…?」

写真は森の中で女が腐敗していく様子だったはずなのに、狗丸が見ている写真は薄汚い部屋で顔が膨らんで、原形を留めていない男に変わっていた。投稿日を確認するも、日付は変わっておらず、まるで中身だけが変わったようにも見えた。

「誰かが写真だけ入れ替えた…?でも、この写真は見たことない」

狗丸と同じ考えの人がいたのだろう、静まり返っていた掲示板が少しずつレスで埋まっていく。「誰?」「オレのズリネタが・・・」「別の場所でうpしろ」など、下世話で正直なレス。それが狗丸のうっすらとした恐怖心を和らいでいく。最新のレスまで見るために下までホイールを動かす。すると異質な雰囲気のレスが出てきた。

「女がいる…?なんでそんなこと書くんだよ」

写真が変わっているだとか、女がいるだとか妙にオカルトじみた現象は、従兄なら喜んでいただろうが狗丸はそんなもの信じない。人間の怖さを幽霊のせいにするなんて馬鹿げているからだ。だから、きっと送信主は悪戯でレスをしているし、写真だってかまってもらいたいから変えたに違いない。座っていた椅子を動かすと、床に散らばっていた缶が転がっていく。舌打ちをつきながら、転がり落ちた缶を拾い上げた。その瞬間、腐った卵のような、強烈な腐敗臭が鼻腔を貫く。顔を上げても何もいない。ただ暗く閉め切られた部屋があるだけだった。


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