16 異世界スローライフ
「平和だなぁ。」
温暖な気候で、どこまでも続く草原を眺めての一言。
庭に備え付けたハンモックに乗る1人の男性がそこにいた。
彼はここで生まれ育った者でない。
日本から来た転移者である。
日本ではシステムエンジニアをしていて多忙な毎日を送っていた。
それはもう尋常でない忙しさで、日中は打合せや報告等の資料作りで終わり、
夕方からようやく本業の開発作業するといったルーティンをこなす日々。
職場で寝泊りするのは当たり前で、自宅へ帰ることなどほとんどない。
ただでさえ、ストレスと疲労が蓄積する中、
転移直前では大きなプロジェクトを任され、プッシャーと重圧が更にのしかかっていた。
作業中、頭の片隅には「逃げ出したい」「どこか遠くへ行きたい」「平穏に暮らしたい」だ。
疲労がピークに達し、ついにその時が来てしまった。
深夜3時だっただろうか。暗いオフィスの中、1人で作業していた時。
デスクに座ったまま彼は意識を失ってしまったのである。
そして次の瞬間、気付いたら見知らぬ土地で仰向けに倒れていた。
ここは草原の広がるのどかな場所。
人口が少なく、家屋が300mおきに点々としている集落であった。
救いだったのが、住民がみな良い人であるところ。
食べ物を分けてくれたり、空き家を与えてくれたりと彼を支援してくれたのだ。
有難いことである。
転移してから半年が過ぎ。元の場所へ戻れる兆しが見えない。
この地に居座ることを決意し、今や近所の畑を手伝ったりしてスローライフを満喫している。
生活には困らないし。人間関係も良好。なんの不自由もない。
不満があるとすれば娯楽が無いことぐらいだろう。贅沢な悩みである。
時間に追われ、やってもやってもなくならない仕事から解放された今。
あの時の『逃げ出したい』という夢が叶ったわけだ。
彼には趣味がなく、手伝いも1日に1時間程度。
1日が長く感じ、時間が止まったかのような錯覚に陥る。
「刺激が欲しい。」
ーーー 完 ーーー
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