第2話 魔族

 視界が真っ白に染まり、浮遊感が起こる。 魔力の流れを感じるに転移魔術の一種だと分かった。 それでも、俺が知っている転移魔術のどれにも当てはまらなかった。

 つまるところ、これは別の世界で生み出された魔術であり、前回とは違う世界だということだ。

 俺はいつでも魔術を使えるように魔力を活性化させていた。


「うおおお!! 成功した! 成功したぞ!」

「やった! これで、奴らと戦える!」


 視界が回復してきて、見えてきたのは異形の存在だった。 つい、温もりを感じている右手に力が入る。 ルリとは違い、獣の特徴というより、神話といった伝承などで出てくる悪魔に近い姿をしていた。 姿に関しては、完全に山羊が二足歩行している人?だったり、山羊の角を持つ浅黒い肌を持つ人がいたりする。


「痛いです、海都様」

「すまん」


 手を離し、謝罪をする。  ルリは、俺が握っていた手を数回ほど握っては開いてを繰り返していた。 ルリさんや、手を見て頬を赤らめるのやめてもらっていいですか? 非常自体なんすよ。

 ふと、気になり周りを見回すと一緒にきたはずのもう二人がいなかった。

 地面に描かれていた魔法陣の上にいるのは俺とルリの二人しかいない。 あの二人がいないということは別の場所に召喚されたと考えるのが一番可能性として高い。

 問題は、俺とルリかあの二人かどちらが召喚時に割り込まれたか、十中八九、俺とルリの召喚が割り込みだろうけど向こうの二人は大丈夫だろうか……。


「俺たちはどんな理由で呼ばれたんだ?」


 俺は近くにいた悪魔に聞いた。

 話しかけられると思っていなかったようで(というより、言葉が通じると思っていなかったようだった)驚いていた。

 

「は、はい! お二人は現在戦争中のブライド王国の勇者に対抗すべく召喚魔術で呼びました」

「そうか」


 つまり、今回の召喚はたまたま俺たちは別れて召喚されたということだろう。

 それと、勇者に対抗するべく召喚したと言った。 つまるところ、もうすでにブライト王国というところには勇者がいるということになる。 一体、あの二人はどこに召喚されたのかがわかっていない。


「海斗様、ついてきてくださいとのことです」

「ん? あぁ、すまんすまん」


 考え事に更けていた俺を現実に戻すようにルリに声をかけられた。

 俺は一旦考え事をやめて、部屋から出ようとしている人たちの後ろを二人でついていった。

 大扉を潜りぬけると庭に出た。 一つの大きな小屋のような場所が召喚場になっているようだった。

 外は日本の冬のような気候で、今日の朝のように少し暖かい気候とは真逆の気候だから風邪をひいてしまいそうだ。 衣替えがまだでよかった。


「寒い」

「確かに寒いな。 魔術はいるか?」

「大丈夫です。 自分でできます」


 俺はそっかと呟いて、目の前に見える見上げるほど大きい城を見る。 黒曜石のような質を感じる漆黒の城だった。


「これ魔王城だな」


 思わずそう呟いてしまうほどに禍々しい雰囲気を放っている。 空が曇天に包まれていることもあるだろう。

 庭は花が植えられていて城の雰囲気とは少し合っていない。

 庭を通り抜けて城の中に入る。 城の中も表の雰囲気とは違い、赤いカーペットが敷かれてシャンデリアがぶら下がっていて黒曜石に光が吸い込まれているように感じ暖かみを感じた。

 廊下を歩いていき、大きな扉にたどり着いた。


「これから、魔王様に会ってもらいます」

「魔王ね」


 魔王という言葉にいやでも初めて召喚された世界のことを思い出してしまう。

 あいつに何度苦汁をなめさせられたかわからない。 それほどに、厄介な奴だったと記憶に残っている。

 

「それでは、ご武運を」


 ここまで連れてきてくれた人とはここでお別れの様で、扉を開けるとその場で敬礼した。

 俺とルリは扉を潜りぬけ、赤いカーペットの端っこまで歩いた。

 そして、目の前の玉座に座っている黒山羊のような異形の姿を持つ魔王の眼をまっすぐ見つめ返した。

 魔王の眼には好奇の色が浮かんでいた。


「ふむ、存外驚いていないものだな」

「まぁ、二度目だからな」


 俺がそう言うと周りにいた貴族っぽい悪魔たちがザワザワと騒ぎ始めた。 

 それの声を制止するかのように、魔王は片手をあげた。

 声が聞こえなくなると、「ふむ」と呟いて思案するように両目を閉じた。

 

「貴様たちには、我ら魔族を守護してほしい」


 両目を開き俺とルリを交互に見ながら魔王はそう言った。

 

「聞いていると思うが、現在我が国アントニウスはブライト王国と交戦状態にある。 

間者の報告によれば、ブライト王国の目的は我が国を殲滅することが目的の様だ。 その対抗策のために貴様らを召喚したわけだ」


 俺は「なるほど」と小さく呟いて顎に手を当てる。

 つまるところ、この国は今攻め込まれていて、ブライト王国が勇者を召喚したからこちらも召喚したということか。

 ルリのほうをチラリと見る。 ルリは俺のほうを見て俺の答えを待っていた。 それを見て俺は笑み浮かべてルリの頭をなでる。


「わかった。 その依頼を受けよう」

「それは助かる」


 それからは隣に控えていた宰相らしき魔族がしゃべり始めた。

 要約すると、俺とルリは勇者が出てきた戦場に向かい、勇者の相手をする特別遊撃部隊という扱いになった。 今は俺とルリの二人だけだが、俺とルリが勝手にスカウトして部隊の人数を増やしてもよいということだった。

 それを聞いた後は解散となり、俺とルリは先ほど魔王のところに案内してくれた魔族がもう一度案内してくれるようだった。


「それでは、お二方を部屋のほうに案内させてもらいます」


 案内された部屋は居間と部屋が二つ付いていた。 

 早速、俺とルリは備え付けてあったソファーに体を預けてリラックスモードに入った。


「とりあえず、帰るための魔方陣を作らないといけないな」

「必要なものは空間魔術で収納してはいるものの最低限しか持ってきてませんですからね」

「そうだな、俺は武器と一月ほど暮らせる物資しかないからな」


 お互い空間魔術を使い中に入っているものを確認した。 一度、城から出て街で買い物したほうがいいかもしれない。

 一度、戦場に出ることになると一月分の食料だけだと足りない。 空間魔術で持ち物は少ないとはいえ、空間内の時間が止まっているわけでないため生鮮食品などは現地で買ったりしないといけない。


「街に行けるか聞いてみるか。 街の様子も見たいし」

「そうですが、この世界の通貨を私たちは持っていませんよ?」


 そう言われて俺は立ち上がろうとしていた身体の力を脱力して、ボフンと音をたててまたソファーに身体を預けた。


「一度、先ほどの人に聞いてみるといいかもしれません。 もしかしたら、今私たちが持っているものと通貨を交換してもらえるかもしれません」

「そうだな」


 先に立ち上がったルリに引っ張られるように立ち上がり、部屋から出た。

 部屋の入り口には甲冑に身を包んだ魔族の兵士が左右に立っていた。 腰には剣をぶら下げていた。

 俺とルリが出てきたことに気が付き、俺とルリに向けて敬礼をしてきた。


「そこまで、かしこまらなくても大丈夫ですよ」

「そういうわけにもいきませんので」


 ルリが珍しく苦笑をしていた。


「私たちは今から街に行きたいのですが、街まで案内してもらってもよろしいでしょうか?」

「私が案内いたしましょう」


 俺から見て左側の兵士がそう言ってきた。 ルリは「ぜひ」と言って、その兵士の後ろを歩いてついていった。 俺はその二人の後をついていく。

 


 案内された場所は馬車があった。


「お二方を街まで案内する」

「了解しました」


 馬車の近くで見張りをしていた兵士に話しかけた後、俺とルリは馬車の中に案内された。

 馬車の中は案外広く長椅子が対面するようにあった。 その長椅子もお尻が痛くならないようにふかふかだった。


「それでは発車します」


 兵士の一人が扉を閉める前にそう言い、扉を閉めてすぐに馬車が動き始めた。

 カラカラと車輪の回る音が室内に響くのを聞きながら隣に座っているルリの手を握る。 俺にとって誰かの手を触れるということが大切であるためだ。


「緊張しますね」

「誰だって初めての場所は緊張するに決まってんだろ。 だから、そこまで緊張しなくてもいいよ」


 そうルリにやさしく言って、握っている手とは反対の手で頭をなでる。


「いっつも頭撫でますよね。 好きなんですか?」

「まぁ、撫でやすいからな」


 そう言って少し乱暴に頭をなでるとルリは起こって思いっきり頭突きをしてきた。

 その頭突きはゴッという音をたてて俺の顎にクリーンヒットした。

 

「痛ってー」

「乱暴に撫でた罰です。 優しくなでてください」


 はいはいと言ってやさしくなでる。 しばらく撫でていると、目を細めてゴロゴロと喉のなる音が聞こえてくる。 その音に口元が緩む。 

 俺はその音を聞きながら馬車の外を見る。 馬車は城門をくぐっていた。


「もう外だな」


 口の中でそう呟くと自分の心臓の鼓動が速くなるのがわかった。 

 新しい街というものはどうしてこんなにもワクワクしてしまうのだろうか。


 


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