132.ドラグーンさん、焦る

 仙女の釣竿といっても入れ食いというわけでもないようだ。


 仙女の釣竿といっても入れ食いではない。


 入れ食いではない……というか……


 おかしい……全然、釣れない……!


 三人が釣りを始めてから二時間程の時が経過していた。


 これまでの釣果……


 ジサン:ゼロ

 サラ:ゼロ

 そしてシゲサト:ゼロ


 三人合わせると……当然、ゼロ!


 ゼロから始める……いや、全然、始まる気配がないんだが……!


 ドラグーンのシゲサトは流石にこの想定外の事態に焦り始める。


 サラは既に飽き始め、ジサンに出してもらったパンダ型のモンスター”ドミク”を枕にしてウトウトしている。


 一体、どうなってるんだ……? もしかして、このダンジョン島は釣れるモンスターが全く配置されていないのだろうか? だとしたら、今日の釣り場として、ここを選んでしまった自分の責任は軽くない……!


 変に責任感の強いシゲサトは、自責の念に駆られてしまう。

 そして、居てもたってもいられなくなり、サラとドミクの向こう側で黙々と海を見つめているおじさんに声を掛ける。


「ご、ごめんなさい……オーナー……」


「はい……?」


 シゲサトの焦りとは裏腹に、ジサンはキョトンとした顔で聞き返す。


「その……全然……釣れなくて……」


「……? あれ……確かに気づいたら結構、時間経ってますね」


 ジサンは時間を確認し、言われてみればというような返答をする。


「えーと、それはそうとして、どうしてシゲサトくんが謝るんでしたっけ?」


 ジサンは純粋に分からなかった。元々、ジサンは省略された相手の気持ちを察したり、汲み取ったりすることがあまり得意な方ではない。


「あ、あの……ここの場所、選んだの俺なんで……」


「……! あ、そういうことでしたか……気にしないでください……私は釣り場に宛てがなくて、シゲサトくんに選んでいただいたのですから」


「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……」


 シゲサトはそれでも申し訳なさそうに口ごもる。


「……こんなモノですよ」


「え……?」


 と、気落ちするシゲサトに向けて、ジサンはそんなことを言う。


「釣りなんてうまくいかない日もありますよ……」


「……」


 語り出すおじさんをシゲサトは目を細めじっと見つめる。

 見つめられたジサンは考えていなかったその後の補足を慌てて付け足す。


「あ、えーと、その……私の人生なんて、うまくいっていない時の方がずっと長かったですから……うまくいかないことに関してはベテランというか、なんというか……この程度、うまくいかないの部類に入らないというか……」


 何もかもが、うまくいかな過ぎて安楽死を選んだものの、それすらもうまくいかずに今に至るのが、このおじさんである。


 釣りの話が人生のレベルまで飛躍してしまったその話を聞いたシゲサトは


 …………深いなぁ。


 と、少々、過大評価をするのであった。


「そうですね! すぐに成果を求めてしまうのは現代人の悪いくせです。もう少し気長に続けてみましょう!」


「はい、そうしましょう」


 シゲサトの前向きになると意気込む発言をジサンは受け入れる。


 しかし、二人が再び、水面に視線を送ろうとしたその時、ウトウトしていた大魔王さまがパチリと目を開ける。


 そして、仰向けに横たえた身体の首だけを自身の左側にいたシゲサトの方に向ける。


「ん……?」


 シゲサトはサラの挙動に気付く。しかし、サラはなぜか自分シゲサトの方ではなく、もっと向こう側に視線を向けており、シゲサトも無意識にサラの視線の先を追う。


「!?」


 その先には、いつからそこに居たのか……

 鮮やかな橙色地オレンジに白いまだら模様というややアバンギャルドなパーカーを着た中性的な青年がアンニュイな表情を浮かべ、海の方を見つめながら腰かけていた。


 そして、その青年は呟くように言う。


「今日は海が妙に静かだ……」


「「……」」


 その青年を視認したサラは…………再びウトウトし始める。


 シゲサトは……釣りを再開する。


 ジサンは……そもそも気付いていない。


「いやいやいやいや、ちょっと待て!」


「「……?」」


 シゲサトとジサンは急に騒ぎ出したオレンジパーカーの青年に視線を送る。


「ちょっと不思議な青年がそれっぽい雰囲気出して、それっぽい佇まいで突如現れ、それっぽい台詞を呟いていたら、これはもう普通、なんらかのアクションを起こさないとだろ!」


 青年は何やら憤っているようであった。


 ジサンは同事象に対し、若干の既視感を覚える。


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