131.おじさん、のんびり

 水上バスは物の15分程度で目的地であるモンキーアイランドダンジョンに到着する。

 モンキーアイランドダンジョンはそれほど本島から離れてはいなかった。


 なお、水上バスを利用せずにモンキーアイランドダンジョンに到る方法が実は存在する。それは自力で泳ぐことだ。

 本島から1.5キロメートル程しか離れていないため、泳ぎが得意であれば、それほど到達が大変というわけではない。


 リアル・ファンタジーは戦闘において、プレイヤー自身の本来の体力はあまり意味を為さない。ステータスの多寡により補正が入るためである。例えば、バトル中の移動の速度に関しては、敏捷性のステータスが大きく影響する。


 このことにより、バトルにおいては年齢や体力は肉体的な有利・不利を生み出さない。ただし、判断力についてはプレイヤーの思考に依存するため、その点については多少のプレイヤースキルによる能力差が発生する。


 有利・不利を極力生み出さないためなのか、老いの抑制アンチエイジングアイテムについてはかなり発展しており、使用していれば、それなりの若さを維持することができた。

 ちなみにジサンはほとんど使用していなかったため、見た目はまんまおじさんである。


 一方でマップ間の長距離移動については、ステータスによる補正があまり入らず、元の体力で行う必要があるのだ。


 自力で泳いで移動することができる一方で、目的外の魔法やスキルの使用、使役モンスターによる移動も制限されている。それらを使用した長距離移動の意図が検知されると、抑止力が発生し、移動できなくなってしまう。


 そのため、移動には唯一使用できる移動手段であるバスを使用するのが、一般的というわけだ。


 バスの速度はかつてのそれと変わりはなく、遠くへ行くにはそれなりの時間を要する。しかも開始当初はそのバスですら、ほとんど開通されておらず、ボスの討伐により開通されていく仕組みであった。

 善良なプレイヤー達のおかげで、現在では、かなりの路線が使用できるようになったが、依然として、ゲーム開始前よりは利便性がかなり劣化した状態である。


 ただ、ゲーム開始前、まともに旅行などをしたことがなかったジサンにとっては、車窓から見える風景がとても新鮮で、それを何とはなしに眺めていることはそれほど苦ではなかった。何より、ゲーム開始前のように、常に何かの義務感や社会的圧力に追われることがなくなったことで、移動時間そのものを”旅”と捉える余裕ができたのかもしれない。


「うわぁ、マスター! なんだかいい雰囲気のダンジョン島ですね」


 陸地に降り立つと、サラがワクワクするように言う。


「そうだな」


 水上バスが着岸した桟橋から島の全体像を望むことができた。


 モンキーアイランドダンジョンは島全体がダンジョンになっている。

 島の中央は要塞のような建造物がそびえ立ち、その要塞を取り囲うように森が広がっている。


 ダンジョン内であるため、下船時に、三人は私服から装備にチェンジした。これにより多方面でシゲサトの防御力が上昇した。


「あの要塞にはボスモンスターがいるんですかね?」


 島の中央を眺めながら、シゲサトがそんなことを言う。


「うーん、そうかもしれないですね」


 巨大な要塞はいかにも強敵が待ち受けていそうな佇まいをしていた。


 が、今日はその要塞に用はない。



 ◇



 バスが着岸した桟橋付近には森になっていない釣りに適したポイントがあった。


 三人は森に足を踏み入れることもなく、釣り場へ直行する。


 水面みなもに初夏の柔らかな陽が反射し、水影がゆらゆらと揺れている。

 岸の近くは浅瀬になっており、水中の様子も窺うことができる。

 30~40センチくらいの魚影が確認でき、それだけで気持ちがたかぶってくる。


 そして、第一投の時だ、


 せっかくなので竿を振り、なるべく陸から遠くの方へ投げる。


 ポチャンというおもりの着水音が聞こえる。


 あとは待つだけだ。


 ジサンの期待感は最高潮に達する。


 と……隣で同じように釣りを始めたシゲサトがジサンに語りかける。


「オーナー、仙女の釣竿ってやっぱりすごいんですか?」


「え……?」


「実は俺、あれ以来、釣りしてなくて、まだ試してなかったんですよね」


 シゲサトは眉を八の字にし、目を細めるようにして言う。


「すみません、それはわかりません」


「そ、そうですよね! そういうことは、まず自分で試せってことですよね!」


「いえ、そうではなく……実は、私も初めてですから」


「え……!? 本当ですか?」


「……はい」


 それはシゲサトにとって意外であった。ジサンがあれだけ欲していた釣竿だ。すぐに試したくなるものだろうと思うのは当然である。


「そうですよね、忙しかったんですよね……」


「……あ、いえ、忙しくはなかったです。ただ、何となく……仙女の釣竿は、シゲサトくんと一緒に使うまでは使っちゃいけないような気がしてまして……」


「……!」


 それなりに苦労をして、三人で旅をして、命懸けで手に入れた釣竿である。それ故、ジサンの中で義理のようなものがあり、最初の釣りは共にそれを獲得したシゲサトを含めた三人が集まるまでは何となくだが使い難かったのである。


「そ、そうなんですか……」


 そう言うと、シゲサトは海の方を見てしまい、ジサンからは顔が見えなくなってしまう。


 このように、ジサンは仙女の釣竿での最初の釣りを”シゲサトと”と決めていたことを考えると、ツキハに対して無碍に断らなくて済んだという意味で、ディクロの幻覚コールは良い仕事グッジョブだったのかもしれない。


「お、オーナー……あ、有難うございます……」


(……?)


 シゲサトは海の方を向いたまま、呟くように言う。


 ジサンは一瞬、お礼を言われた理由が分からなかったが、少し考えることで、自身が通した何となくの義理が間違っていなかったのだと気づくことができた。


「いえ……とんでもないですよ」


 ジサンはぼそりと返事する。


(……)


 仙女の釣竿といっても入れ食いというわけでもないようだ。


 三人は波に揺られ、ぷかぷかと上下する浮きを静かに見つめる。


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