129.おじさん、お出かけ
「マスター……なんだかソワソワしていますね……」
「えっ? そうか?」
「そうですよ……楽しみなのはわかりますが……」
朝が昼の準備を始める昼前の時間帯。天候にも恵まれた絶好のお出かけ日和。
目的地へと向かうバスに揺られる中で、サラは普段より何となく愛想のいい主人の姿をじとっとした半眼で見つめつつ指摘する。
当の本人もその指摘に心当たりがあり、まるで子供のようだなと幾分、恥ずかしくなる。
ジサンは事実、今日という日を楽しみにしていた。
と同時に、少々、緊張していたりもした。
ジサンはサラと共にカナガワはミウラ半島に位置するヨコスカを目指していた。
◇
ジサンとサラはバスから降りる。そこから徒歩で10分くらい歩いた先に、少し変わったバス停があり、二人はそのバス停に辿り着く。
海の近くにあるそのバス停は潮の香りがする。
そんなバス停はあまり利用者がいないのか、先客は一人のみであった。
「お久しぶり……ってほどでもないですかね……?」
その先客もジサンの知る人物であった。
スポーティなスタジアム・ジャンパー……通称、スタジャンを羽織り、短めのデニムでお出迎えしてくれたその人物はニコリと微笑む。
その人物に対して、早速、サラが食いつく。
「お、おい、お主!」
「えっ? 何!?」
「お、お主、何だ、その攻撃的な格好は!?」
「は、はい? あはは、ちょっとサラちゃんは何を言っているのかなー?」
サラの突然の不躾な質問に対し、その人物は少年のような耳あたりの良い声でいなす。
(……)
しかし、ジサンにはサラの言いたいことが分からなくもなかった。
スタジャンという男性が着ることが多い、やや重めのアイテムを羽織りながらも、アンバランスな短めのデニムにより、すらっとした綺麗な脚が際立っていた。
ジサンが見てきたそれまでのその人物の印象は”中性寄りの男子”という雰囲気だったのだが、今のその人を見れば、十人に八人くらいは”ボーイッシュな少女”と思うことだろう。
「こんにちは! オーナー……!」
「こんにちは……シゲサト……くん」
その人物とは、少し前まで魔帝:リバドを巡るホンシュウ三湖の旅を共にしたドラグーンのシゲサトであった。
◇
ジサン、サラ、そしてシゲサトはバスに乗り込む。
「うわぁ……マスター! 何ですか、このバスは……!」
「俺も実は初めてなんですよ」
「私もです」
三人が乗り込んだバスはいわゆる水上バスであった。
水上バスが発進すると、サラがすぐに
「すごい……! すごいっ! バスが水の上を走っているっ!」
「ちょっ……!」
ジサンを窓側の座席に座らせて、自身はジサンとシゲサトの間に座ったサラであったが、座席のシートに膝で立ちながら、ジサンの目の前を乗り越えて横断するように窓のサッシの部分に両手を掛ける。
(……っ)
幸い、三人以外に乗客はいなかったため、他人の迷惑になることはなかったが、そんな姿勢をすると、上背の割に成長しているサラの胸が目の前に現れ、小心者のジサンはちょっとした罪悪感を覚える羽目になる。
しかし、上背と言えば、当初、130センチほどであったサラは最初の一年で140センチほどになり、それから更に半年が経過した今、150センチに迫る速度で成長していた。
20代の女性の平均身長が158センチ程度であることを考えると、すでに平均より若干、小さいかなという程度にまで成長しており、外見だけで言うと、ただの子供とは言えなくなるレベルに到達していた。
この速度で成長したら、いずれ2メートル近くの見上げる様な大魔王様になってしまうのでは……とジサンは思うことがあった。
そんなことを思いながらもジサンはサラの胸部から目を逸らす。それは相手の同意を得ずに凝視する類のものではない。
(っ……!)
と、今度は逸らした先で、シゲサトと視線がぶつかってしまう。
シゲサトは一瞬、ハッとしたような表情を見せつつも、すぐにニコリと微笑む。
(……よかった……シゲサトくんは前とあまり変わってないな)
シゲサトの余裕すら感じるその笑顔を見て、ジサンはホッとする。
真剣に告白されるという人生最初の体験を提供されたジサンは、そのことを全く意識していないかというと嘘になるだろう。
今日という日を楽しみにしながらも、どこか落ち着かずソワソワしていたのはそのためだ。
「オーナー! た、楽しみですね!」
「は、はい」
あんなことがあってから初めて顔を突き合わせるというのに、シゲサトの堂々たる態度を見て、ジサンは自身の子供っぽさを少し恥ずかしく思う。
そんなジサンの思いなどつゆ知らず、水上バスは順調に運行する。
三人は現在、ヨコスカからの水上バスにより、トウキョウ湾に浮かぶ孤島”モンキーアイランドダンジョン”に向かっていた。
ビワコは当然ながら、淡水湖であった。だから、せっかくなので海に行こう……ということになったのだ。
今日は、仙女の釣竿を手に入れてからの初めての釣りの日であった。
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